村を焼かれたエルフの少女アリシアは、ワケありのダークエルフと旅に出るようです。~陰謀に巻き込まれたり人助けをしたりと大忙しですが、いつかはスローライフを謳歌したい!~
ヤマタ
第1話 エルフの少女アリシア
村が焼かれていく。
地獄から噴き出したような真紅の業火に包まれて焼かれていく……
ここは大自然に囲まれたエルフ族の住まう村で、昨日までは平和で穏やかな時間が流れていた。
しかし、突如としてゴブリンやオークといった魔物の軍勢が攻撃を仕掛けてきて、瞬く間に戦火が広がり次々とエルフ達の命が奪われてしまったのだ。
「どうして…何故こんな事に……」
そんな中、一人のエルフ族の少女が地面に倒れて嘆いていた。
彼女はアリシア・パーシヴァル、十八歳。麗しい金髪と、愛嬌のある可愛らしい笑顔が特徴のエルフである。
だが、今は灰を被って金髪はくすんだ色となり、目の前の絶望的な景色を映す瞳には悲しみの感情だけが浮かんでいた。
「私も死んじゃうんだ……」
アリシアは魔物との戦いで傷を負い、もはや立ち上がるだけの力さえ無い。このまま仲間達のように炎に身を焼かれて死ぬのだろうと、まるで他人事のような思考で自らの運命を受け入れている。
やがてアリシアは瞼を閉じ、遠のく意識は暗闇へと落ちていった……
「あれ、ここはドコ?」
眩しい光に目を細めながらアリシアは目を覚ます。記憶にある限りでは月の無い夜に死にかけたハズなのだが、今は夜が明けて大地を太陽の光が照らしている。
しかも周囲に広がるのは木々や花々によって構成された森で、火炎の匂いなど一切しなかった。
アリシアは自分の体がハンモックのような吊るしに横たえられていることに気がつき、上体を起こしてキョロキョロと見渡す。
「目が覚めたのね。案外早い復活で良かった」
「あ、あなたは?」
近くから声が聞こえてアリシアの長い耳がピクリと反応し、そちらに首を回すと一人のエルフが立っていた。タンクトップとホットパンツという軽装に身を包む女性で、まさに美人という言葉が似合う整った顔立ちにアリシアはドキッとする。
「アタシはミューア・イェーガー。あんたと同じエルフ族だよ」
「私はアリシア・パーシヴァルと申します。ミューアさんが私を助けてくれたんですね?」
「そうだよ。アタシが村に駆け付けた時に倒れているアリシアを発見したんだ。でも他に生存者はいなかった」
「そうですか……あの、失礼なのですがミューアさんは村にお住まいの方ですか? 私と同じような年齢だと思うのですが、お見かけしたことがないような……」
エルフの村の人口は数百人程度なので、大抵の村人とは顔見知りであるのだ。同年代であれば学業などで交流も持つことから知らないなど有り得ないのである。
「あの村はアタシの故郷ではあるけど住人じゃない。追放処分となった、いわゆるダークエルフだから」
「一族の掟を破ったり、罪を犯したエルフの蔑称ですね……私はその呼び方は嫌いですが……」
エルフ族には様々な掟があって、それを破ると追放処分とされてしまい、ならず者のダークエルフという汚名を着せられてしまう。
つまり、ミューアは何かしら良からぬ事をしてしまった人物ということだが、アリシアは彼女が悪人だとは思えなかった。
「ふっ、いいんだよ別に気にしていないから。それにダークエルフってのはカッコイイと思うから自ら名乗ってるんだ。ハッタリも効いて相手をビビらせることもあるしね」
ミューアは口角を上げて笑みを浮かべ、それにつられてアリシアもフフッと小さく笑う。
しかし、昨晩の事が気になって目を伏せる。アリシアはミューアに助けられて無事であったが、村はどうなってしまったのだろうかと気がかりだった。もしかしたら少しでも残っている地区があるかもという願望を抱いており、生存者はいないと聞かされても直接確認がしたいのだ。
「村の事が気になってんだ?」
「そりゃ勿論です。この目で現状を知りたいのですよ」
「戻ったところで何もないと思うけどね。まあアタシも付き合うよ」
「いいんですか?」
「一人で行くのは危険だから。まだ魔物達がいるかもだし」
ミューアはキャンプ道具をまとめて縦長のバッグに仕舞う。そして武器と共に背負って準備を完了し、とある方角を指さす。
「あっちが村のある方向だよ。ここから結構歩くことになるけど体調は大丈夫?」
「はい、問題ありません」
ミューアの手当てのおかげで傷も完全に治っており、痛みもない。
しかし、アリシアの纏う衣服は血のせいで汚れていて、とても外歩きできる格好ではなかった。
そのアリシアの心情を察したミューアは、バッグに仕舞ってあったシンプルな白い服を渡す。薄着でヒラヒラとしているが、動きやすそうではある。
「アタシが寝る時に使っていた服だけど、その血まみれの物よりはいいでしょ。サイズも問題なさそうだしさ」
「ありがとうございます。お借りさせていただきますね」
着替えたアリシアはペコリと頭を下げて感謝を示し、二人は歩き出したのだが、
「っ! 魔物の気配がする!」
ハッとしてミューアは身をかがめ、背負った剣を引き抜いた。どうやら魔物が付近に潜んでいるようで、アリシアは感知できなかったがミューアの後ろでしゃがんで様子を窺う。
「あそこだ! あの岩の向こうにいる!」
少し先の前方には約三メートルほどの大きな岩塊が転がっていて、その近くでいくつかの影が動くのをアリシアも目にして緊張する。
「チッ、アイツらはゴブリンだ。村を襲ったヤツの仲間かもしれない」
「どうしますか、ミューアさん」
「叩き潰すだけだよ。どうせアッチもアタシ達を奇襲するつもりだろうから、どっちみち戦闘は避けられない」
バッグを降ろしたミューアは剣を構えて飛び出そうとしているが、彼女一人に負担を強いるわけにはいかないとアリシアも参戦を決意した。
「私も戦います。見ているだけなんて出来ません」
「頼もしいよ。ならコレを使って援護して」
アリシアが手渡されたのは折りたたまれた弓だ。といっても普通の弓ではなく魔弓と呼ばれる魔力を用いて運用する装備で、実物の矢をセットする必要がない。
「弦の部分に手を当てて魔力を充填するんだよ。すると、その魔力が矢を形成して飛ばすことができる」
「わ、分かりました。任せてください」
弓のロックを解除して展開し、アリシアは自身の魔力を流し込む。
彼女達エルフは高濃度の魔力を精製することが可能で、魔力を使う装備の性能を限界まで引き出せるのだ。
「よし、じゃあいくよ!」
一気に駆け出すミューア。その足音に反応したゴブリン達は発見されたことを察し、岩塊から飛び出して棍棒を振りかざしながら雄叫びを上げている。
「敵は五体…数では負けているけど、やってやるです!」
村を襲ったゴブリンを想起し、アリシアは怒りを覚えずにはいられない。別に望んで敵対するわけではないのだが、脅威として現れたのなら容赦をするアリシアではないのだ。
「ミューアさんが頑張っているのだから!」
素早い剣捌きでゴブリン一体をミューアが倒す。ミューアは戦い慣れしているようで、ゴブリンの動きを見極めて直撃を与えていた。
その勇士に奮い立たされたアリシアは魔力の矢を引いて狙いをつける。多少手元がブレているのは魔弓に慣れていないせいだが、深呼吸して集中度を高めていく。
「直撃させます!」
パッと指を放し、矢が音速並みのスピードで放たれた。青白い残光を描き、一直線に飛翔する魔力の矢は的確にゴブリンの頭部を貫いて撃破する。
「やるじゃん。その調子で頼むよ」
まだ出会ったばかりの相手に命を預けるというのはリスクがあるが、ミューアはアリシアを信頼できる相手だと見込んだのだろう。それは理屈ではなく直感で、アリシアが善性の心を持ったエルフだと思えたのだ。
「もう一体!」
更に魔力を弓に注いで次射の用意をする。ミューアを後ろから襲おうとしている個体をロックオンし、強烈な一撃がゴブリンの胴体を射抜く。
「へぇ、ただの可愛いエルフちゃんじゃないってか……」
童顔で可愛らしいアリシアの顔は昨晩の治療の際によく見せてもらったが、それに似合わぬ勇敢さを持っているようだ。
ミューアはアリシアの援護を受けて勢いづき、残る二体へと斬りかかった。
「これで終わりだ!」
ゴブリンの棍棒による攻撃を弾き、剣を振り抜く。回転斬りの要領で振るわれた刃はゴブリン二体の体を裂き、断末魔を上げることもなく即死して後ろに倒れた。
「なんとか乗り切りましたね。こんな殺生をしたくはないですが……」
「生きるためには戦わなくてはいけない。コチラを殺そうとしてくる相手には武器で応えるしかないんだよ。でなけりゃ死か、死よりもおぞましい最悪な結末を迎えることになるから」
剣を背負い、汗を拭いながらミューアは呟く。彼女の言う通り、殺意を宿しながら襲ってくる敵にはコチラの事情など関係なく、我が身を守るためにも戦うしかないのだ。そうしなければエルフの村のように残酷な最期を迎えることになる。
「さっきは助かったよ。一人だと五体相手にするのはキツかったからね」
「いえ、先に命を助けられたのは私ですから、せめてもの恩返しです」
「その義理堅さは無くさないでほしいね。じゃ、行こうか」
戦闘を終えて、二人は再び歩き出す。
まるで長年の戦友のような距離感が既に二人にはあり、互いに安心感すら感じていた。
こうしてエルフのアリシアと、ダークエルフと呼ばれるミューアの物語が始まる。
いくつもの困難が待ち受ける先、二人の運命の終着点はいかに……
-続く-
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