第6話
部屋に入ってきた人物は、いったい誰なのだろう。
鍋の中に隠れている私は、そんなことを考えていた。
いや、確かに誰なのかは気になるけれど、まずは見つからないかが心配だ。
私は息をひそめてじっとしていた。
すると、私が隠れている鍋が、いきなり揺れ始めた。
びっくりして、私は思わず声を出しそうになったが、ぎりぎりで我慢した。
最初は小さな揺れだったけれど、次は少し大きな振動だった。
おそらく、私の入っている鍋を持ち上げた時に一度揺れた。
そして、それをドスンと置くときに、大きな振動が伝わってきたのだろう。
えっと、ということは、私はこれからどうなるの?
そんなことを思っていると、私の入っている鍋に、小さな振動は小刻みに伝わってきた。
これはもしかして、私の入っている鍋は、台車に乗せられたのかしら?
おそらく、そうだ。
小刻みに小さな振動が伝わってくるのは、そのせいだろう。
横方向への加速度も、わずかだけれど感じる。
えっと、つまり、私はどこかへ運ばれているの?
え、ちょっと、まずいんじゃない?
えっと、どうしよう……。
鍋から抜け出す?
いや、そんなことしたら、この台車を運んでいる人物に確実に見つかってしまう。
今は、おとなしくしているしかない。
しばらく台車で運ばれたあと、また私が入っている鍋を、何かに乗せる音がした。
いったい、なんだろう。
あ、すぐ近くで馬の鳴き声が聞こえる。
えっと、もしかして、馬車に乗せられた?
私をいったい、どこへ運ぶつもりなのだろう。
いや、そもそも、この鍋を運んだ人物は、私が鍋に入っていることを把握しているのだろうか。
わからない。
わかっているのは、私はこれから、王宮からどこかへ運ばれるということだ。
まずは、その場所を把握することが先決である。
私は処刑台に運ばれている可能性だってあるのだ。
どこに向かっているのか把握するのは、何より重要なのである。
もし処刑台に向かっているとしたら、なんとしてでも逃げなければならない。
今なら、鍋のふたを開けても大丈夫だろうか?
私を運んだ人物の気配は、近くにはない。
おそらく、馬車を運転しているのだろう。
でも、それも勘違いで、もし近くにいたら、どうしよう。
鍋から出てきた私が見つかるとどうなるのか、そんなことは、想像するまでもなかった。
私は勇気を振り絞って、鍋のふたを開けてみた。
つもりだったのだけれど、鍋のふたはびくともしなかった。
あ、そうか、馬車で運んでいるから、しっかりと梱包されているのか。
しかし、外の様子が見えなくても、どこに連れて行かれているか把握する方法はある。
それは、音だ。
今は、王宮近くの市場を通っている。
客を呼び込む声や、セールを宣伝している声が聞こえてくるから、間違いない。
このことから、馬車がどれくらいの時速で移動しているのかも、予測することができる。
王宮で馬車に乗せられて、そこから進み始めてこの市場まで来るのに、約百秒だった。
そして、王宮からこの市場までの距離は、約五百メートルだ。
このことから、馬のだいたいの移動速度を計算することができる。
道を曲がった場合は、横方向への加速度を感じるので、どこに向かっているか、大体の予測はできる。
えっと、まずは、えっと……。
私がいる鍋の中は、当然だが真っ暗である。
それに加えて、馬車に乗っているせいで、適度に心地よい揺れが伝わってくる。
そのせいで、急に眠気に襲われてきた。
けっして、計算問題の拒否反応として、眠くなったのではない。
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