殿下、私のことを悪女と呼んでいますが、私の正体は聖女ですよ?
下柳
第1話
「シャロン、貴様との婚約は、破棄することにした」
「……はい?」
侯爵令嬢である私、シャロン・カーディナーは、婚約者であるデイヴィス殿下の突然の言葉に驚いていた。
仕事で忙しいのに王宮に呼び出されたから、いったい何かと思えば、婚約破棄ですって?
あ、どうも、ありがとうございます。
嬉しい限りでございます。
まあ、もちろん、そんなことは口が裂けても言えない。
しかし、それが私の本心だった。
デイヴィス殿下との婚約は、政略結婚のためのものだ。
私は彼に対する愛情など少しも持ち合わせていない。
いや、もちろん最初の頃は仲良くしようとしたのだけれど、まあ、お察しというか、お世辞にも殿下は素晴らしい人柄とは言えませんからね。
というか、勝手に婚約破棄なんてして、陛下が黙っていないと思いますけれど。
あ、でも陛下はお歳で寝込みがちだから、最近は政治的なことには口出しせず、デイヴィス殿下に任せきりなのだった。
まあ、殿下に婚約破棄と言われても、どうぞお好きにされたらどうですか、という感じである。
しかし、そんなことは口が裂けても言えない。
「どうぞお好きに……」
おっとっと、思わず本音を言ってしまうところだった。
私はあわてて言い直す。
「あの、どうして婚約破棄なんて決断をされたのですか?」
「わからないのか? まったく、馬鹿な女だ」
ああ!
今、馬鹿って言った!
今、私のことを馬鹿って言いましたよね!?
私は思わず殿下に殴りかかりそうになった。
沸点の高いこんな温厚な私を、暴力を振るおうと思うほど怒らせるとは……。
しかし、私はぎりぎりのところで思いとどまった。
ここで怒りに任せてもどうしようもない。
婚約破棄というのは、私にとって悪くない話なのだ。
これで殿下の顔を見ずに済むというのなら、今日くらいは殿下の失礼な態度にも目を瞑ろう。
「それで殿下、婚約破棄の理由をお聞かせ願えないでしょうか?」
「ふん、いいか? お前は、自分が何と呼ばれているか知っているか?」
「シャロンって呼ばれていますけれど……」
「違う! そういう話をしているんじゃない! 悪女だ! お前は皆から、悪女と呼ばれているんだ! そう呼ばれる理由は、もちろんわかっているな?」
「……え、なぜなのでしょうか?」
「自覚もないとは! まったく、悪女らしいな! いいか? 貴様は、先代の聖女によって、この国の新たな聖女に選ばれた。しかし、私はそんな眉唾なことは信じていない! 聖女だか何だか知らないが、お前はこの国にとってお荷物なんだ! 結界を維持するために莫大なエネルギーが必要だとか言って、お前は常人の百倍ほど飯を食らう。しかし本当は、結界を維持するためにエネルギーが必要だというのは、嘘なのだろう!? お前はただ、聖女という肩書があるだけの、卑しい女だ! ただ飯を食らい、何もせず王宮に居座るだけの女だ! お前が毎日飯を食い過ぎるせいで、私がどれほどの心配をしているかわかるか!?」
「いえ、私、食べても太らない体質なんです。結界を維持するために莫大なカロリーを消費しているので」
「誰もお前の体型など心配していない! この国が食糧難に陥らないか心配しているのだ!」
「それなら、私が結界を張れなくなる方が、食糧難になる可能性が高まりますよ。私が国の周りに結界を張っているおかげで、魔物が作物や人を襲わないのですからね」
「だから、そんな眉唾が、私は信じられないのだ! 魔物だと? 誰もそんなもの、見たことはないぞ! それが、お前が嘘をついている悪女だという証拠だ!」
まあ、代々受け継いできた結界は百年以上も張られているので、魔物はこの国に近づくことができないのである。
だから、魔物を見たことがないのだろう。
まあ、そんなことを言ったところでどうせ、悪女の戯言だとか言って信じてもらえないのでしょうね。
「いいか? お前はそうやって、結界がなくなれば魔物に襲われると言って、周りの者たちに危機をあおって騙している悪女だ! 結界だとか聖女だとか、そんな悪女の戯言を私は信じない!」
「ですが、殿下が信じるか信じないかとは無関係に、魔獣は実際に存在します。もちろん、私の結界も透明ですが、存在します。殿下は、わざわざこの国を危険に晒そうとしているのですよ。そのことを理解していますか?」
「なんだと!? なんだ、その口の利き方は! 悪女の戯言だけならいざ知らず、この私を侮辱するなど絶対に許さん! よって、お前をこの国から追放する!」
「え……」
私は驚いた。
婚約破棄なんかよりも、何倍も驚いた。
だって、私を追放なんてしたら結界が消えてしまって、この国は滅びてしまうだから。
私はそのことを殿下に説明した。
しかし、返ってきた答えは……。
「くだらん! 私はそんな悪女の戯言には騙されないぞ! 私が追放と言ったら追放だ。貴様に、この決定に逆らう権利はない!」
あらら……、追放ですか。
私の言っていることは、全部本当のことなのに。
私は悪女ではなく、聖女なのですよ。
まあ、時が来れば、殿下もそのことに気付くでしょう。
その時が来て後悔しても、もう遅いのですけれどね……。
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