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      *


 あらゆる意味で、しばらくは調整期間が続いた。


 パーツそのものを換えることはできないけれど、アジャストすることはできる。


 人格は宿命っていうぐらいで、そうそう換えられるもんじゃないけど、成長させるとか、あるいは行き過ぎた感情を抑制するってことはできるはず。つまりそれは、精神的に居住まいを正すってこと。わたしは生まれて初めてのひとり暮らしで、少し舞い上がっていたのかもしれない。


 というわけで、わたしは学生の本分である学業にいそしむことにした。アルバイトにもきちんと通い、さらに自分を磨くために、図書館から週一冊のペースで本を借り読むってことも始めた。


 ギャツビーみたいに、「毎週一冊、良書(雑誌にても可)を読むこと」なんて誓いの言葉を書いて壁に貼ろうかとも思ったんだけど、あんまり気が乗らないので、それはやめておいた。それにわたしは「入り江の向こうの緑色の灯」みたいな大それたものを望んでいるわけではないし。分相応な相手と、分相応な恋が出来ればそれでいいのだから。まあ、もちろん相手にも言い分はあるだろうけど。


 こうやって落ち着いてみると、佐伯くんのプライベートを覗き見たことは、やっぱりいけないことだったんだって、そう思うようになった。急に罪の意識が強くなって、例のシンメトリーじゃないけど、償いがしたくなった。覗いていたことを打ち明けるのは、彼をつらくするばかりだろうから、それは償いとは言えない気がする。何か道はないのか? って、考えるんだけど、もともとろくに口もきいたことがない相手なので、いいアイデアが浮かばない。なんか引け目だけが大きくなって、アパートの近くで彼とすれ違っても、ついつい目を伏せて身を除けてしまう。へんな女だと佐伯くんは思っているだろう。


 気配をうかがう限り、奈留枝さんはあの日以来、隣の部屋を訪れていない。


 カワタくんとの別離は決定的だったらしく、彼はもうあのグループに近付くこともない。奈留枝さんによく似た1年生女の子を最近は連れて歩いている。


 校内で見かける佐伯くんと奈留枝さんの関係は、わたしが初めて彼らを見たときの状態に戻っている。ぎこちなさはなく、かといって過剰な親密さも感じられない。聞こえてくる会話も以前のまま。当たり障りのないクラスメート同士の会話だ。どういうことなんだろう? ロータリー式のクラッチみたいに、トップからもうひとつ前に進むと、またローに戻ってしまうとか? よくわからない。


 それに今日気付いたんだけど、ここ二日、奈留枝さんのそばから佐伯くんの姿が見えない。大学に来ていないんだろうか? 


 真面目な彼にしてはすごく珍しいことだ。昨日の朝はたしか隣から生活の音が聞こえてた。でも、夜はどうだっただろう? 


 それから今朝は? あらためて思い起こしてみると、ずいぶんと静かだったような気がする。

 

気になり始めると、そのことばかり考えてしまう。何かあったんだろうか? 

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