第2話 ツレテッテ

 コオリノさんの話によれば、彼女が先に飲んでいたバーに俺達三人が現れ、たまたま俺が彼女と話題が合って盛り上がってしまい、それが面白くなかったのか、二人が酔い潰れた俺を置いて先に帰ってしまったということだった。(あいつらー)

 で、目を覚ました俺は、朦朧としながら悪態をつきつつ会計を済まし、通りの夜風に当たって正気を取り戻した……←イマココ状態だと言うことらしい。

 うわー、みっともない。

 あまりに格好悪くて、コオリノさんと目を合わすことすら出来ない。


「ども、ご迷惑をおかけしました」


 俺は頭を掻きながらそう言って、踵を返し「じゃ、これで」と言いその場を去ろうとした。


「あれ?」


 後ろから、涼やかなコオリノさんの声がする。


「秘密基地に連れてってくれるんじゃ無いんですか?」


「はぁ?」


 秘密基地?俺は振り向くと、再びコオリノさんと向かい合った。

 意味がわからない。


「秘密基地ですよ。カウンターでお酒飲みながら二人で盛り上がったじゃ無いですか」


 盛り上がってた話題ってそれ?


「一緒に来た人達と、昔、この近くの日和山に秘密基地を作って遊んでたって。『私も、女のくせに男の子達に交じって秘密基地遊びをしてた事がある』って言ったら、『じゃあ、これから俺達の秘密基地に行こう』って、誘ってくれたじゃ無いですか」


 あ~。

 なんとなく思い出した。

 そういえば、誰かと秘密基地に行こうって盛り上がった記憶が微かにある。


「私も、勢いでOKしちゃった手前、帰るに帰れずイマココに」


 コオリノさんはそう言ってチョロりと舌を出してはにかんだ。

 記憶が少しずつ繋がりだした。


「中止ですか?」


 心なしか、コオリノさんの目が寂しそうだ。

 えっ、コオリノさん。行きたいの?


「歩いて行ける距離じゃ無いよ?」


 俺がそう言うと彼女が明るくわらった。


「お山の登山口までタクシーですよね。大丈夫です。聞いてます。タクシー代、私が出します。さっきのお店で奢ってもらったし」


 あ、俺、コオリノさんの分も払ってたのね。

 多分、当分モヤシ炒めが主食の生活の案件だわこれ。

 じゃあ、まあ、そこまで期待してくれてたんなら。

 色々面倒かけてたみたいだし、お詫びのなんちゃらだし、コオリノさん美人だし。


「じゃ、行こうか」


 俺がそう言うと、コオリノさんは「タクシー呼びますね」と行ってスマホのアプリを起動させた。

 


 そんなこんなで、俺達は今、タクシーに揺られていた。

 しっかし、よりにもよって秘密基地とは。

 俺達の秘密基地は、世間でよく言われる、穴を掘ったり、廃材を組み合わせて数人の仲間達で作った掘っ立て小屋といったものとは違った。

 普通に、多分作業場として建てられた小さなプレハブ小屋だ。

 もともとは何の作業所だったかは知らないが、建物の中は一軒家のリビングほどの広さがあり、基礎はあったが床は無く、一面が土間で、そこに、作業台であったであろう、ベッド位の大きさがある木の机が2台ほったらかされている。

 建物の壁はあちこちに風通しの良い穴が空き、窓のガラスはすべて割れ果てていた。

 だから、いつでも誰でも出入りし放題なのだが、じつはその建物は、もともと頭のおかしい殺人鬼のオヤジが住んでおり、警察に捕まり病院に入院していたが、最近退院し、その家に戻って来て住んでいて、普段は山の中を歩き回っているので建物には居ないが、たまに帰ってきて家の中に人が居ると採って食う。

 という、ありきたりだが根も葉もない噂があって、近づく人は限られた。

 限られてはいたが、一組、二組という数では無く、全部を把握している訳では無かったが、結構なグループの、いわば共同多目的集会場となっていた。

 まあ、何が秘密なのかと言えば、親はやはりそこで遊ぶことを良くは思っておらず、行ってはいけないとよく言われていたので、そこで遊んでいるという行為が親に対して秘密な基地という事だった。


 先ほどより、コオリノさんはタクシー運転席の後ろ、俺の隣のシートに座り、特段何か話しかけてくるでも無く車窓の外を見ていた。

 こちらから話しかけようにも、バーの中でいかに盛り上がっていたとはいえ、記憶に無い以上、俺にとって彼女は今出会ったばかりの見知らぬ女性。

 そしてまた、おいそれと話が出来ないほどのべっぴんさん、なのであった。


「この辺でいいですかね」


 運転手が声をかけてくる。

 見れば、ちょうど、見覚えのある山道への入り口が見えていた。


「ここ、ここ、ちょうどいい感じ」


 俺が言うと、コオリノさんも「じゃここでお願いします」と運転手に伝える。

 そして、ゆっくりとタクシーは停車した。

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