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最初のショック状態から抜け出すと、真帆はまず茜(とその恋人)に連絡を取ろうとした。けれど、手紙にあった病院はすでに引き払ったあとだった。どうやら治療費も不払いのまま勝手に出て行ってしまったらしい。ジャーナリストの男があちらこちらで詐欺まがいのことをしてたという話も聞いた。あるいは、康生を呼びつけたのもお金が目的だったのかもしれない。彼は何も言わなかったけど、あとになって通帳を見たら、かなりの金額が旅立ちの前日におろされていた。
充生ひとりが家に取り残されることになった。母親は出て行き、父親は帰らぬひととなった。康生に兄弟はなく、彼の従兄弟がもっとも近い親戚で、それは充生にとっては他人とほとんど変わらない存在だった。
真帆は充生を放っておくことができなかった。表面的にはそれまでと変わらない生活を送っていたが、彼が深い悲しみの中にいることは確かだった。
真帆はひと月ほど通いながら彼の身の回りの世話をしていた。けれど、寝に帰るだけならといっそ、と決心して、完全に伊田家に移り住むことにした。
彼女の母親は反対した。
「十四も年上の男性と付き合っていたかと思ったら、今度は七つ年下の男の子と同棲? あなた自分が何やっているか分かってるの?」
返そうと思えば言葉はいくらでもあったが、彼女はそれを飲み込み、ひたすら受け身に回った。それが母親に対する唯一の正しい振る舞い方だった。油を注ぐような真似をしなければ、火はやがて痩せていく。
父親は容認し、四つ下の妹は積極的に応援してくれた。彼女はすでに姉の部屋に自分の私物を移動し始めていた。ふた部屋を自分ひとりで使うつもりらしい。
「まあ、事情が事情だからね。仕方ないだろう。充生くんをひとりにさせておくわけにもいかない」
父親が言った。充生はすでに家族に紹介済みだった。
「そう、人道的支援っていうの? お姉ちゃん偉いよ。彼、ひとりきりにしちゃったら病気になっちゃうかもしれない。すごくナイーブじゃない? 結構わたしの好みかも」
そこで、妹は母親に小突かれた。
「でも、ご近所の目だってあるし……」
母親のトーンはすでに下り調子になっていた。
「みんな事情は知っているんだ。分かってくれるよ。彼のところの自治会長さんからも頼まれたんだ。うちがこの辺では一番の知り合いだからね。気を掛けてやってくれって」
父親が言って、それが極まり手となった。
真帆はとりあえず小さなバッグひとつ持って家を出た。ものの五分で終わる引っ越しだった。
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