【140万PV感謝】エンディング後の過ごし方

未知広かなん

序章・聖女邂逅編

第1話 救世の勇者の前と今

『異世界召喚』



それが5年も昔に俺、神藤彼方ジンドウ カナタに襲い掛かった災害の名前だ


その時は僅か12歳、小学6年生という幼さにしてこの地球とは異なる世界…『アルスガルド』へと召喚された


まだランドセルを背負っていた頃、ちょうど登校の為のバスに乗ろうと1歩踏み出した足はバスの床を捉えること無く空を踏み…浮遊感と共に落下した


歩道とバスの間に足を滑らせた訳では無い


文字通り…したのだ


そこは周囲全てが極彩色の目に悪い色と光に塗り潰された空間となっており、そこをパラシュートでも着けているかのように…いや、水の中を重しをつけて沈んでいくように緩やかな落下でふわふわと降りていき…


ある瞬間、突然目の前が白一色に埋め尽くされ、思わず瞳を焼く光に目を強く閉じ…次に瞼を開いた時には既に、そこは異世界アルスガルドのとある国の王宮だったのだ


当時の俺も当然だが、世間的常識や大人との交渉なんかしたこともない…父と母に困ったら助けを求めるのが普通な子供だった


いきなり訳の分からない場所に連れてこられたのだ


家に帰りたいと、泣き、恐れ、絶望し…それでも帰る唯一の希望は、自分を喚び出したという王宮の者達が言った『この世界を破壊しようとする魔神を倒さなければ帰れない』という…今にして思っても意味不明な根拠なしの言葉のみだった


目的が分かった俺は、その幼さ故にその目的に必要な事を…必死に戦うための術を習得した


そうでなければ帰れない…という情報しか与えられていなかったのだから当然だった


王宮の中の空気も最悪だ…役人同士が怒鳴り合い、非常事態とドタバタ走り回り、まだ幼い俺でもその空気を感じてしまった程に壊れていた




幸いにも魔法も強さも、才能があった


この世界に入る時に、恐らくあの極彩色の空間で俺の体は地球基準からアルスガルド基準に変化していたという


地球では何の才能もなかったがアルスガルドから見れば魔法や強さの才能があった、というわけだ


お陰でなんとかなった  


戦いが運良く起こらず…そんなことは無く


敵が運良く逃げていった…そんな事もなく


殺さずに解決できた…そんな事は起こらない


人とは言わないが、地球であれば普通に中小国家の人数を皆殺しに出来る数の命をこの手で奪い去った


もはやこの時、地球へ帰れる、という希望だけが体を突き動かし、その為ならば障害となる存在は問答無用で血祭りにあげた


喚び出した国とも、大きな一悶着おこして喧嘩別れをしたし、所々で騒ぎを起こしたりした


しかし…鮮血と屍の創り上げた道の先で、どうにか魔神の元まで辿り着いた


何度、死を幻視したか…幾度、理不尽な強さに心が潰されたか…どれ程の苦痛と絶望の果てに、さらなる恐怖と狂気にこの身と心を漬け込んだか…


しかし……だがしかし、その全てを踏み越えてこれの討伐を達成した


この時、俺は14歳…アルスガルドに来て既に2年の歳月が優に過ぎ去っていた頃だった


魔神の正体はどのような存在だったのか、自分が戦っていた裏側の動き、過去に何があったのか…知りたいことも知りたくないことも、知ってしまったが…何にせよ、これで全てが終わった




最後の目標である魔神を打ち倒したのだから!








そう思えるほど、この世界で呑気な過ごし方はしていなかった


王宮の思惑、不穏な動き、各国の情勢…魔神の元に至るまでの様々な要因…それは魔神とそれに付き従う存在とは別の、自分を喚び出した者達を原因とする不穏と不信によって俺は殆どこの世界へ愛想を尽かしていた


それこそ、帰れる可能性がなければこの世界などどうなってもいいと、そう思っていたほどに


12歳という幼少から戦いに身を置いてしまった俺は魔物と自分の命を狙う人々から身を守るために…殺して回ったのだ


地球の日本で、呑気に小学校に行き、その日の宿題に一喜一憂し、友人と校庭で遊び回る事を全力で考えていた…ただの小学6年生が、だ


感情が死に絶えていくのが、自分でも分かった


何も感じなくなっていき、命を奪うことに抵抗もなくなり、動じることもなくなり…


殺戮マシーンのように目につく害意を抹殺し続けた


目に映るのは外敵と血と屍の山、目にしたくもない敵意と悪意と強欲と傲慢、それが自分に向けられる…


何もかもが、汚い、穢れている


俺にはこの世界で自分に近づく存在全てが疑わしく、何もかもが汚れて見えた


死ぬかもしれないような戦いに集中していた頃の方がマシだと思った程だ…敵を殺していくだけで前に進めるのだから


一緒に戦っていた奴もいたが…何のために俺には着いてきているのか分からず、顔を知らない俺の後を付け回してその辺で戦い始めたりする…今思っても彼らを信じてはいなかった


だから姿を消したのだ


あらゆるモノの前から…全ての関係を断ち切る為に

 

ーーそれから3年後の、現在




俺は今…


























「む、ティーポットを取って下さいカナタ」


「…っ…おいしいっ……何のお肉だっけ……カナタ」


「ほれ、カナタ。郵便が届いていたぞ…お、来週に持ち寄り市場か…」


3人の少女とめっちゃ普通に過ごしていた


ーーー


彼女達と出会ったのは魔神を討伐し、王国から見切りを付けて、ただひたすら王国から離れるために旅をしていた時の事だ


魔神が使役する魔物が世界中を跋扈しており、魔神を打ち倒しても尚、それらが消えることはなく、未だに脅威として残っている


飼い主が消えれば、ペットは野生化する


それと同じだ…魔物は己の欲求を、生存欲を満たす為だけに行動を開始した


その辺のだいたいの魔物は獣と同じ程度の知能しか無い…操り手が居なければ凶悪な獣のようなものだった


そんな魔物に滅ぼされた大きな村があった


そこは多種族が暮らす交流の栄えた場所だったのだろう


魔族、エルフ、ドワーフ、獣人…そんな多くの種族が集まっており…そしてその屍を並べていた


原型を残した死体は殆ど無く、皆が魔物に食い散らかされ、流れた血すら舐め取られたような惨劇


無事な建物はどこにも存在せず、子供が積み木の家を張り倒したように、殆どの建造物はぐしゃり、と破壊され尽くしていたのだ




その村の中央に隠されたような食糧庫の中から嗚咽が聞こえていたのが最初だった


地面に扉を着けたような食糧庫は村の生命線であり、頑丈でかつ見つかりにくい構造となっていた

だからこそ、生き残れたのだろう


その先の気配を感じ取って蓋を開ければ3人の少女が身を寄せあって声を殺して泣いていた


恐怖に押し潰されそうな顔で、涙でくしゃくしゃになった表情で互いを抱き合うようにしてただひたすらに耐え忍んでいたのだ


何かを話しかけられたがその時はただの気まぐれで


「着いてくる?」


と尋ねただけだった


今思えば…こんな怪しい通りすがりの者子供に着いてくる筈もないと思うのだが…何を考えたのか、彼女達は頷き合うと黙って俺に着いてきた


それが3人との出会い


心と感情の全部が死に絶えかけ、『勇者』という殺戮兵器と成り果てようとしていた俺を再び暖かい『人』へと戻してくれた運命との邂逅


この瞬間、たった1つの出会いこそが…勇者カナタの『魔神討伐物語』のエンディング後の1ページ目だった


ーーー


「カナタ、今度の持ち寄り市場は皆で行きませんか?カナタも勿論空いているでしょうし」


時は陽の光が窓から柔らかな暖かさを届けてくる時間…そんな絶好の昼寝タイミングでソファーにスライムのようにダレていたカナタに話しかけたのは、別のソファに腰掛けた深紅色の髪を肩に触れない長さのセミショートにしたエルフの少女だった


シオン・エーデライト


15歳の少女であり、理知的で落ち着いた目付きにかけた眼鏡の似合う…大人びた雰囲気を纏った凛とした空気の美少女


背も高めで、何と言っても体つきはとっってもメリハリのあるボディライン


文学少女のように文学的で知的な雰囲気を漂わせながらも色気を漂わせるドが付く美少女である


落ち着いた口調も相まって年齢よりも大人びて見えるくらいだ




「……食べ歩き…楽しみ……カナタも…行く…?」


そこに、カナタが寝転がるソファの背もたれの外側から、ひょっこりともう一人の少女が体を乗り出して姿を表した


便乗したのは瑠璃色の髪をショートカットにした獣人の少女


マウラ・クラーガス


こちらも15歳であり、瑠璃色の髪と同じ毛色の猫の耳が頭にぴょこり、と出ており履いている短めのパンツの腰後ろからはにゅるりん、と靭やかな猫尻尾が空で泳いでいる

時折猫耳がぴくぴくと動くのは小動物的でとても可愛らしい


言葉数が少なく、表情の変化が薄いながらも、その瞳は共に出掛ける事を夢見て輝いており、そんな彼女は少し低めの身長にしなやかさを感じさせるスレンダーな体つきながら、しっかりと女性的な肉感に育った美しい肢体の美少女である


健康的な肉体美と揺れる猫尻尾が妙に艶やかさを醸す彼女も超が付く美少女だ




「たまには外に出ぬか?どうにもカナタは外出時は単独ばかりだ。我らと共に、街に繰り出すのも良いとは思わんか?」


キッチンからスリッパをぺたぺたと鳴らし、掛けていたエプロンを外しながら近寄ってきたのは少し古風な話し方で話に乗ってくる銀髪を腰に届くまで伸ばした魔族の少女


ペルトゥラス・クラリウス


親しい3人からはペトラの愛称で呼ばれる彼女も年齢は15歳 


3人は同い年なのだ


強気で堂々たる態度と目付きは男でなくとも惚れ入りそうな程の意思の強さを秘めており、纏う雰囲気は明らかに15歳とは思えない程成熟さを垣間見せる

そして…これ以上無いほどのバランスのスタイルは出るところは主張し、引くところはしっかりと締まった女性的な美しさの輪郭は「どう神が悪戯をらしそこまで整うのか」という程に神がかっている


魔族特有の真っ赤な眼と、エルフより短い少し尖った耳がそこに妖艶さをプラスしているスーパーと付く美少女だ


これだけの男の欲望と女の夢を詰め込んだ3点盛りの花から声をかけられた男は…


「えぇ…いや、それラヴァン王国だろ?嫌だって、あそこは近づきたくねぇ」


表情を、丸で苦いものでも口に詰めたように歪めて、寝転がったまま起用に首をブンブンと横に振りながらざっくりと拒否したこの男


背は175cmちょい程と高めにさっぱりと短くした髪は特に癖や整えている訳でもない

体は鍛えているのかなかなかに筋肉質であり、女性によっては『かっこいい』と言われることもあろう容姿


彼こそが神藤 彼方、17歳


実は元勇者である


「カナタはどこに行くと言っても同じことを言いますから。今回は通じませんよ?引き摺ってでも連れていきます」


「おい」


「…見てカナタ…圧縮した綿で編んだロープ…これなら…カナタ、縛られたって痛くない……」


「おい…」


「あぁ、因みに出発用の収納魔法に食糧は詰めるだけ詰めたからな。カナタよ、この家に食事は殆ど無いぞ?」


「…」


物凄い手の回され方である


食い物で逃げ道をしっかり潰し、連行するためのロープを手で弄びながら、何が何でも彼を連れてお出掛けする鋼の意思が、3人の少女から感じられる程に


「何をそんなに連れていこうとしてんだ、お前ら…。俺が居なくても、金なら渡してあるだろ」


「そういう問題ではありません。まったく…」


「……カナタ…おバカ…」


「呆れた男よな…鈍感なのか、わざとなのか…」


そんな彼に溜め息をつく3人の少女…まるで「この男、まーたそんな事言ってるよ…」と口を揃えて言うかのような様子にカナタも「えぇ…?」と困惑を隠せない


しかし結局、彼を連れての外出に成功したのは猫の獣人マウラは「しゅぴん、しゅぴん」と縮めて伸ばすを繰り返していた妙に柔らかそうな素材のロープの迫力が強かったからだ


こうして、3人の少女はまんまとカナタを立ち上がらせ、ウキウキと最寄りの国…ラヴァン王国へと向かうのであった


ーーー


「……そう言えば……ラヴァン王国は勇者祭の真っ最中……」


「ほぉ、異界の勇者が魔神を討伐した日か。うぅむ、勇者か…物語でしか聞かぬな」


「勇者の話は飽きるほど読みましたけれど…どの物語にも『その後の勇者の動向』は記されていません。…どうしているのでしょうね」


家を出る最中、部屋着から外用の服に袖を通しながら3人の会話に耳をピクリと動かすカナタ


彼を勇者だと知る者は…誰一人として存在しない


それはカナタが知られないようにしてきた、という事もあるのだが問題は……


まぁ召還された時とは背格好も成長し過ぎて、素の彼を見て勇者と分かる者などまず居ない


少年の成長期が、彼の姿と勇者の正体を大きく断ち切っているのもあり、出歩こうと誰かと話そうとカナタが勇者だと分かるものは存在しないだろう


そして…それを明かす気もさらさら無い



「さぁ…どうしてるんだろうな?」

 


だから彼女達にも内緒


ここにいるのは勇者ではなく


『カナタ・アース』


『神藤』という名を隠し、故郷の世界の名を借りた、一人の男なのだから



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