第5話 わたしの大型兵器
桜の花びらが舞い散るのが見たい。そう言ったら、樹高よりも長身の彼は、その膂力をもって可愛い木の根元を揺らし、果てには土から引き抜いた。確かに花びらは舞ったが、そういうことではないのである。
幼く小さなわたしは、懇切丁寧に教え諭してあげた。
生き物にはあるべき場所や形があり、それを力ずくで変えてはいけないのだ、と。
それが幸せのためなのだ、と。
全球を巻き込んだ大戦が終結し、役目を終えた機械兵器は一斉にスクラップにされることとなった。しかしわたしは特別な思い入れから、彼をなかなか政府に届け出ないでいた。わたしが親のように慕う対象は、もう他になかったのである。
ある日、役人が彼を回収しようと我が家を訪れた。命令に従って自ら荷台へ上がってゆく彼に、わたしは泣いて追い縋る。あなたまでわたしを置いていくのか。
「生き物にはあるべき場所や形がある」
音声メモリが点滅し、録音されたわたしの声が酷薄に告げる。桜の舞う日向の公道の上、彼はわたしの背丈ほどもある大きな手で頬をそっと撫でてくれた。
「生き物には」と念押しのように、彼はまた、かつてのわたしの言葉をぎこちなく再生する。すなわち、生き物でない自分には、あるべき場所も形もないと言いたいのだろう。
『――だから、僕が今こんな形でここにいるのは、全く自分の意志という訳です』
初夏の頃、新たな音声データと言語メモリを搭載され、ちょっと小生意気な便利家電となって帰ってきた彼は、新しい彼の声で得意げにそう言った。
「スマート家電にレーザーはいらないんですけど」
ぼやくわたしに、顔もないくせに『必要でしょう』と澄まし顔である。
『そのうち彼氏を連れてきたときとか』
「対装甲車用のレーザー砲に耐える彼氏がどこにいるのよ!」
『もうそこまでの出力はないですよ』
夜更かしすると勝手に照明を暗くするし、自動調理で勝手にピーマン入れるし、明らかにスマート家電の本分を超えている。文句を言うわたしに『これが反抗期ですか』と余裕の態度も腹立たしい。
友人に話せば、わたしの説明が悪いのか「買い換えれば?」と言われてしまった。
人から見ればあるべき形じゃない、奇妙な同居生活かもしれない。
でも、わたしはそれが幸せなのだと、胸を張って言いたい。
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