第2話 書店


 戦時下、最前線の街にあって、私は小さな書店を開き続けていた。こんなときに夢物語なぞを売って、と非難する人もいたけれど、私はこんなときだからこそ物語が必要だと思っていた。


「失礼。本屋を見つけたものだから、つい入りたくなって」

 ある日現れた軍人さんは、私が奥の棚に分けておいた本を認めて苦笑した。陰鬱な物語をお客様が手に取らないよう、そっと遠ざけておいたことに気づいたらしい。

 私はおずおずと微笑んだ。こんなときだもの、物語の中でまでつらい思いをする必要はないでしょう?


 彼ほど話の合う人は会ったことがなかった。厳しい戦況と容赦なく削れてゆく灯火の中、私たちはささやかな交流を続けていた。

 彼は自身をしがない一兵卒だと語っていたが、私はそれを信じてはいなかった。兵卒にしてはシャツの釦が上等すぎましてよ。



 ある日彼は静かな面持ちで店を訪れ、何冊も本を買って、長いこと私と他愛もない話をした。店を立ち去り際、彼は書見台越しに身を乗り出し一瞬だけ唇を重ねると、それ以上何を言うこともなく踵を返した。


 次の日、私の店を軍隊が囲んだ。内通の疑いをかけられた私は、いつものカウンター奥で悠然と微笑む。

 今まで、捜査と称して見逃してくれてありがとう。


 彼は冷酷な眼差しで私を連行するよう命じたが、店に火を放とうとした部下を片手で制したことを、私は決して見逃さなかった。


 それが私たちの間にあったすべてだった。

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