第19話 偉大なるガリオン②
「やあ、来ましたね」
ガリオン討伐遠征の陣営にいたのは、王様ではなくその側近のメリサさんだった。
改めて思うけれど、笑顔がとてつもなく胡散臭い。
この人に従うのはとんでもなくヤバイことをさせられるのではないかと思わせてくれる。
ともあれ、俺たちを出迎えた彼は、早速作戦会議を始めるため天幕へ案内してくれた。
本当に王様主導であることを示すため、この作戦室ともいえる天幕にいるのは、メリサさんと聖女様御一行のみである。
他の兵士たち三百名ほどが現在、沈黙平原前に待機している。
「では、今回の作戦ですが、まず魔術師による砲撃で打撃を与えたところ、聖女様御一行が長へと突貫、一騎打ちの流れです。もちろん、聖女ニメアにも砲撃に参加していただきますし、一騎打ちもやってもらいますね」
それはほぼ、俺なのでは?
同じことを思ったアイリスが苦言を呈してくれる。
クローネやディランは、できるっしょーとか言ってくる連中なので、ありがたい人材かもしれない。
実際はそれくらい、たぶん余裕だと思う。
いや、それくらいできなければならないと言った方が良いか。
「セルペンス殿、それはニメア様の負担が大きいのでは?」
「先代聖女ヴェルジネと我が王が可能だと判断されました。聖女ニメア、あなたはできないと思いますか?」
「可能です」
ヴェルジネ師匠にできると言われたのなら、きっとできるのだ。
できなくてもやるのだ。
師匠の顔に泥を塗らないためにも、それくらいはできなければいけない。
「聖女ニメアもこう言っています。護衛騎士が口を出すことではありませんよ」
「はっ、出過ぎた真似をいたしました」
「ですが、主人を想うその忠誠は良いものです。では、さっそく始めましょうか」
この人は俺のことを12歳だからと侮らないので、非常にやりやすい上に話が早くて助かるというものだ、胡散臭いけど。
天幕から出て沈黙平原を見ると、そこには既にガリオンの群れがいてこちらの出方をうかがっているようであった。
「あの中にいる一際大きいのが長です」
の群れの後ろの方にいる一際大きなガリオンが長らしい。
身に纏う皮の鎧と頭を飾る草の冠が王のように思わせる。
その手には大きく幅広な片刃の直剣が握られており、いつでも来いと言わんばかりに盲目の瞳と戦意を向けて来ていた。
狩りではなく、戦であると彼らは認識しているらしかった。
「魔術師部隊、砲撃用意!」
さて、メリサさんが指示を出して魔術師部隊が魔術の起動に入る。
俺は使われるロガル文字を確かめる。
風車と拡大・投擲の3つのロガル文字を使った術式だ。
典型的な広域に風の刃を放つ魔術だ。
俺も同じ魔術を使うことにする。
これは上級呪文ではない……ができる機会ではないか? と思ったが、そういうのはまた今度にして今回は範囲と威力を重視することにする。
「風車・投擲・拡大・集中・猟犬――
それぞれを五重で使用だ。
魔術は術式構築に使用したロガル文字の数と使った魔力量で威力が決まる。
基本、文字数が多いほど威力が高くなるが、消費魔力も多くなる。
一般的な魔術師は多くても8文字までしかロガル文字を刻めないことを考えたら、最長でも4文字か5文字程度の術式になる。
俺の場合は消費魔力とか気にする必要もないし、刻める文字数も多いチートモードだ。
いくらでも文字を重ね掛けできる。
というわけで俺が使った魔術は、風の刃を首狙いに集中させて、この戦域全体に効果を広げて放つというものだ。
あとはありったけの夢ではなく、ありったけの呪いをかき集めて術式にぶん投げるのみである。
俺の目の前にロガル文字が浮かび上がり、ぐるぐると回転を始める。
これで準備完了。
「すごい……」
何やらこちらを見ている魔術師たちが呆けて、俺を讃えている。
実に気持ちがいいものである。
小説の主人公とかは率先して実力を隠そうとする。
それは責任ある立場になりたくないとか、面倒だとかそういうのが理由だろうが俺の場合、責任ある立場になるしかない。
それなら、実力なんて隠すだけ無駄なのである。
というのは建前で、本音は1回全力で使ったらどうなるのか知りたかった。
最強キャラが全力を出せる相手を求める理由も今ならわかるというものだ。
「撃て!」
メリサさんの号令に合わせて俺も起動状態だった魔術を発動へ移行する。
不可視の刃が放たれ、その瞬間、視界内に見える全てのガリオンの首が飛んだ。
遅れて到達した、魔術師たちの風により吹き出した血が巻き上げられて血の雨が降る。
俺はそんな汚いものでぬれたくないので盾の魔術を起動して防いでいるので、まったく血に濡れない。
「申し訳ありませんが、行きますね」
ガリオンどもは、突然のことに驚いているようであるが、即座に共食いに移行しようとする。
そうすれば減った仲間を補充できるが、そうはさせない。
「薪・盾・集中・拡大――五重」
今度は炎の盾で死体の下へ行けないように隔離する。
盾の魔術の良いところは一度使えば、俺の意識を離しても問題なく機能する点である。
「すごすぎる……これが聖女……?」
「いやいや、これは予想外ですね。本当。ガリオンは相手になりませんか」
魔術師たちがありえないと卒倒しているが、これでも俺はまだまだ余裕。
ガリオンも普通はもっと苦戦する相手なのだが、こいつの強みは高い増殖性能と群れの数。
一気に減らして、増殖阻害をしてしまえば強みが減る。
もっともそれをやるにはもっと大軍勢が必要だし、そもそも魔術でガリオンの装甲を抜くには俺以外の魔術師たちがやるようにみんなで協力してーっていうのが必要になる。
それを単体でどうにかしてしまう俺。
うーむ、チート。
良いね、とても気持ちがいい。
もしかしたら俺弱いかもと思っていたけれど、そんなことはまるでなかったようで何よりである。
だが、慢心はしない。
俺は常に成長する男だ。
油断していたらとんでもないモンスターが出てくるに違いない。
「おーおー、すっげーな聖女様ってのは」
「そーだぞー、ディラっちじゃかなわないんだから、めっちゃうやまえー?」
「なんで、おめーが言うんだよ」
「クローネちゃんは、ニメアっちゃんの代弁してるだけだっぞー」
ディランとクローネは、いつもの調子だ。
アイリスはというと、どうやら目を剥いて驚いて、自分の存在価値を疑い始めていた。
「これが……ニメア様のお力……凄すぎる……え、私いらないのでは……」
ぶっちゃけそうです。
常時、呪いで身体強化をしているおかげで、素の身体能力も呪いの操作力も延々と上がり続けている。
無意識でもできるように思考を鍛えたから、分割思考も可能。
流石この肉体は高スペックであるというのをいかんなく発揮しているというか、俺でももてあましているところある。
剣術もヴェルジネ師匠にみっちり稽古つけてもらったし、やることないから稽古と魔術しかやってこなかったひきこもりである。
そう護衛騎士なんて普通に必要ない、ワンマンアーミー。
それが俺である。
いやぁ、俺強すぎですよね。
やはりレベル。
レベルを上げてステータスの暴力でゴリ押しこそが正義。
正義とはすなわちパワー!
「んじゃ、長のとこまでいっちょ挨拶にいきますかね」
ディランが柄の部分だけ巨剣のような細身の、アンバランスさのある銀剣を肩に担ぐ。
これは彼が持っていて俺が浄化した剣だ。浄化したらなぜか、白色になった。
問題ないということでディランに返したが、恐ろしく頑丈になっているらしいというのは本人の談である。
やはり呪いを抜き取ると何らかの変化があるようだ。
でも魔剣っぽくてかっこいいなと思う。
俺も欲しい。
しかも、あの剣、もともと細いんじゃなくて元は彼の大きな身にあった巨剣だったのだ。
それが深淵での長旅の間にすり減って、今の細さになったというのだから来歴までかっこいい。
俺も欲しい。そういうの欲しい。すごくほしい。
「じゃあ、俺が前、聖女様とクローネの嬢ちゃんは真ん中、アイリスは後ろな」
「ガリオン相手だと、文句を言っていた貴様にやれるのか? 私が前でもいいんだぞ」
「へっ、誰にもの言ってんだ」
ディランはふっと笑う。
彼の鎧につけられた気石が発光すると同時に、ディランは踏み込んだ。
さながらその様は重戦車の突撃である。
近づいて来たガリオンの足をまとめて斬って動きを止めてから、通り道に差し出された首を斬る。
まさしうその所業は、悪鬼羅刹の類である。
殺した奴は俺が盾の魔術で隔離しているので、それが壁にもなる。
それがわかっているのか、ディランは死体を壁を置きたいところに放り投げているようだった。
これにはアイリスも納得だろうと彼女の様子を見てみるとなんだかぷるぷるしている。
「あれ、強い……これ私の存在意義……ない……?」
どうやら自分の存在意義について考えを馳せるお年頃らしい。
一応、フォローしておこう。
もとよりこの国の騎士と深淵の冒険者では、深淵の冒険者の方が強いのだ。
呪いを受け続けながら深淵から帰還してくる彼らは総じて英雄と呼ばれる部類の超人たちである。
帰還できなきゃ亡者になってただいまアタックをかましてくるのが厄介すぎるレ中だ。
帰還できて成果を持ち帰る者だけが残されるのだから、そりゃもう上澄みしか残らない。
その中でも、ゲートキーパーなる存在を倒したらしいディランはかなりの上位層に加えて、俺が浄化したことで呪いによる強化を受けた状態。
もう人間というよりはモンスター側の戦力なのである。
「大丈夫ですよ。あなたにはあなたにしかできないことがありますから」
「ニメア様……」
だから戦うよりも交渉とかの窓口として頑張ってもらいたい。
戦闘力で勝てないのなら、社交性で勝負だ。
コミュ力鍛えて、お友達100人でひとりをボコ殴ろう。
数は正義だ!
的なことを言ってやれば、神妙な顔でやる気を出してくれていた。
「頑張ります……!」
きっと真面目な彼女のことだ、本当に友達100人とか作りそうである。
そんな感じに進んでいると。
「おっと、おいでなすったぜ」
俺たちは長の前に辿り着いたのであった。
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