第16話 王様①
王は俺の顔をしばらく見てから、口を開いた。
「若いな。聖女よ、何歳だ。直言を赦す。申せ」
「12でございます」
「若すぎるな」
本当にこれで役目が果たせるのか、と言外に言っているように感じられた。
反論すべきかどうか迷っている間に、彼の側近が動いた。
「彼女は既に亡者を浄化しています。それも有名な奴隷騎士ディランです」
「ほう。あの奴隷騎士か」
奴隷騎士ディランの名はそれなりに有名であったらしい。
あの男、ふざけているようだが、功績だけは本物だったようだ。
というか、俺がその辺のことを知らなさすぎるだけか?
図書室にあったのは記録ばかりで現行の話はほとんど聞いたことがない。
そういう情報もこれから仕入れていかなければならないなと心のメモ帳に書き加えて置くことにする。
「そうであれば、残念だな。噂の奴隷騎士とはいずれ話してみたかった」
「それならば可能です。聖女ニメアの浄化は、先代聖女ヴェルジネとは違うようなのです」
「ほう、何が違う」
「浄化したものが天へ帰らないのです。奴隷騎士ディランは存命です」
「なるほど。確かにそれは、奇跡だな」
あれ?
なんだか俺が何も言わないうちから、俺が望む展開に話が進んでいる。
どういうことだ?
俺が困惑している間にも、王様とその側近の間で話が勝手に進んでいく。
「しかし、陛下。安易に奇跡と認めてよいものか。1度だけやもしれませぬぞ。奇跡を当てにしては立ち行かなくなりましょう」
そう言ったのは、列席していた老齢の貴族だった。
厳しそうな表情で、こちらを見ている。
これでどうなるのか。
俺はもうこの場の流れに任せるつもりでいた。
所詮、政治の場にでたこともない小娘に、いったいこの場でどんな建設的な意見ができるだろう。
それにこういう場の動向は、既に決まり切っているのが常道である。
俺にそれが伝えられていないのは、俺には伝える意味がないか、伝えたところでどうにもならないか、という具合であろう。
つまり、俺がなにかすれば余計なアドリブが発生する可能性があるだけであり、迷惑をかけかねない。
ならば、俺は唯々諾々と従っている方が後々楽になるだろう。
「ふむ、確かにそうだ。では、何度でもできると証明させよう。それならば貴殿らも文句はないであろうな?」
「何度もできるのであれば」
そう先ほどの老貴族は言えば、それに同調していたらしい他の者もそれならばと同意をしていた。
「よし、ではあれを持ってこい」
王様が指示をすれば、魔術師たちが現れ、縦長な櫃を魔術を使って運んでくる。
手を一切触れないようにしている理由は俺の眼には明らかだった。
呪われた物品が、あの中には入っている。
呪われた品は時に、亡者を相手にする以上の危険を内包する。
それは聖女であっても、一般人であっても変わらない。
呪いは誰にとっても平等に最高威力のパンチを放ってくる。
「亡者が持ち帰った呪われた品々だ」
王様がさらに指示を出せば、罪人の印を記された男が喚き散らしながら謁見の間に現れる。
鎖で繋がれ、騎士に引っ立てられる姿は、まさしく処刑台へ向かう様そのものだろう。
ただしその死に方は処刑よりも大層むごいことになるに違いない。
「クソ、離せ! 離せよ、やめろ、やめろ!」
罪人は喚き散らしながら、呪いの品々が入った櫃の中に手を突っ込まされた。
その瞬間、罪人は全身から血を拭き出して死んだ。
蘇生させる暇さえ与えられることはない。
呪いの品は、呪いの濃度にもよるが大抵の場合、人を殺す劇毒だ。
微弱な呪いを帯びただけのものなら体調不良などだけで済むが、ある一定を超えると問答無用で触れた者を殺すデスアイテムと化す。
俺以外には呪いは見えないし、感知もできないから、それはもう酷いデストラップと言える。
見分ける方法はただ1つ。
なんだか、滅茶苦茶禍々しい状態になっているものには触れないことだ。
呪われた品は、総じて尖っていたり、明らかに魔王城にありそうな見た目になるからわかりやすい。
ただし、暗闇で突然ぶん投げられたら即死するだろう。
それでも防犯に使う貴族はいない。
触れたら即死するのだから、そんなものいったい誰が管理できるというのだろうか。
できるとすれば俺というか聖女くらい。
そういうわけで、こういう呪われた物品の処理も聖女の仕事のひとつであった。
「さて、これが呪われた品であることの証明はできたな」
罪人は再び騎士たちによって運ばれて行った。
もう喚くことはないようである。
「では、聖女ニメア、許可する。余の前でこれらの品を浄化するが良い」
「王陛下の御心のままに」
やれと言われたらやるしかないのが下っ端の辛いところである、聖女だけど。
櫃の中を見れば、結構な数の呪いの品が収められている。
剣や武具などから、色々な事に使えそうな道具もありそうだった。
羅針盤や望遠鏡のようなもの、銃火器に類するようなものまで見えるし、便利な農耕器具の類もある。
その他にも、俺がわからないだけでたくさん役立つものもありそうだった。
これらが呪われているからと捨てられていたとするならば、なんてもったいない。
「浄化」
浄化――浄化ではない――を行う。
櫃の中にある呪いを全て自分の方へ移して、身体強化の流れに乗せて全身を巡らせる。
より一層身体が軽くなった気がする。
胃だけは重たいままなのは、この状況に対してのストレスのせいなので、早々に帰りたいものだ。
櫃の中を見れば、呪いが解けたことは一目瞭然だろう。
禍々しい地獄のような雰囲気が、今は白々と輝く楽園のような雰囲気に早変わりである。
「よし、確認せよ」
再び罪人が連れてこられて、櫃の中に腕を突っ込まされたが、死ぬことはなかった。
罪人はそのまま牢に戻され、櫃は騎士たちにより別室へ運ばれて行った。
「これで聖女ニメアは再び奇跡を示したことになる。皆が証人だ。不服な者はおるか?」
誰も声をあげることはなかった。
1度目は偶然かもしれないが、2度目もされると信憑性は増す。
そして、2度目があれば3度目もあり、4度目もある。
奇跡とは物理現象。全ての奇跡は、自分で引き起こすものだ。
「では、王の名において宣言する。聖女ニメアは、先代聖女ヴェルジネと比べても不足なく、その浄化の力は神の奇跡を宿している、と」
「彼女が浄化した品や亡者については何もしないでよろしいでしょうか」
「聖女の奇跡だ。むしろありがたがられるだろう。その方が、民にも広めやすい」
広告塔として利用されるようです。
むしろオッケー! 俺の評判が高まればちやほやされる度が高まる。
もっと褒めて褒めて!
でも、この空間からは早く脱出させてほしい。
「では、聖女ニメア。此度の働きにより、騎士を授けよう」
王様の言葉でひとりの女騎士が現れる。
ちらりと横目で見たところ、かなりの美少女だ。
今の俺よりも年上だろうか。
長い紫灰色の髪を背でひとつに結んでおり、気が強く生真面目そうな印象を受ける。
キリリとした灰の瞳には、初志貫徹するだろう強靭な意思と忠誠があるように思われた。
そして何より、着込んだ鎧の上からでもわかる巨乳っぷりは、我が陣営最高峰と言っても過言ではない。
俺を含めても3人しか女がいないわけで、ベストスリー確実なのだが、今回そのナンバーワンが確定した。
ディランもガン視している。
俺も聖女ロールをしていなければ、視線は今頃磔になっていただろう。
何という巨乳の暴力。
ぜひともその鎧を脱いでいるところを見たいものである。
「アイリス・オルタンシア、御身の前に」
「王命だ。アイリス・オルタンシア。貴殿を聖女ニメアの護衛騎士に任命する」
「望外の栄誉、身に余る光栄に存じます。謹んで拝命いたします」
「よし、では下がれ」
返答も凛々しく真面目な巨乳騎士アイリスはきびきびとした足取りでこの場を後にした。
「では、この場はこれにて解散とする」
王様の宣言で、ようやく終わったと安堵したところで再び王様の声がかけられた。
「聖女ニメアはついて参れ」
師匠、どうやらまだ終わってないみたいです。
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