第3話 昼ごはん
森の方へと歩き出す〈北の錬金術士〉アリサ・セヴェロディヌスカと手を引かれて呆けた面で着いて行く〈西の魔導士〉リリーアンナ・ウェスト。これから向かうであろう森、その奥に待つであろう白い不安の霞にリリアンヌの心は包まれていた。
アーシャはリリーアンナの澄んだ空のような色の瞳を見て、ありったけの愛情を込めてリリアンヌと呼ぶ。返事をしてアーシャに目を向けるリリアンヌにアーシャはこう返すのであった。
「呼んだだけだよ」
アーシャは想うのであった。手を繋いでいる女性が持つ名前が愛しくて何度でも呼びたくて、迷惑だと分かっていても呼びたくて、リリアンヌ、愛しいあの人が持つ名前の響きまでもが愛しくて。
溢れ出す感情はついつい愛しい名前を声に出してしまう。
「リリアンヌ」
呼ばれた年上の女性は自身の想いと言葉で正直に答える。
「何? そんなに私の名前呼びたい?」
「うん、呼びたい。だって可愛い名前だから」
リリアンヌの口下手な言葉でも悪く思っていないことだけは伝わっていたようで、アーシャは顔を赤らめつつ綺麗な笑顔を浮かべてリリアンヌの身体に自らの身体を寄せる。
そこから浮かぶ感情、リリアンヌは擦り寄る少女を見つめることすら恥ずかしくて目を逸らしながら日差しを遮るこの地にたたずむ岩を指す。
「昼ごはんにしよう。おにぎり、日本の手軽な料理を作って来たから」
「日本の料理? やった! ありがとう」
アーシャははしゃいで跳ねて、岩へと駆けて、そして座る。遅れてリリアンヌも座って茶色の大きな鞄に手を入れて例の物を探る。隣りでは灰色の瞳を輝かせながら待つ少女の姿があった。
やがてリリアンヌは袋を取り出して中から球のようなものを取り出した。
「日本の料理と言っても誰でも作れる簡単なのだから期待しないで」
そんな言葉に対して首をゆっくりと横に振って言葉を返す。
「誰でも簡単に作れる、それってつまり庶民の味だよね、だよね。すごく大切だよ。味わってなきゃ分からないこともたくさんあるはずだよ」
言葉を紡いで付け加える。
「研究と同じ、基本や根元がしっかりしてなきゃ立たないで倒れちゃう。1+1の答えもABCも化学式も知らなきゃ研究がどんなに出来ても何処かで間違っちゃう」
そんな大袈裟な、そう思いつつも若々しく可愛らしい言葉にリリアンヌは微笑みを浮かべながらついつい聞き入ってしまっていた。
「中に入ってるのは……鮭? こっちは……何これ」
初めてのおにぎりを味わうアーシャはとても嬉しそう。リリアンヌは軽く笑いながらおにぎりの具を教える。
「高菜。今日用意したのは梅以外はツナマヨか鮭か高菜。梅の他は魚か高菜」
そんなありきたりな会話。しかし隣りにいる君、訊ねている君は君。ただそれだけでありきたりがただひとつの大切なものへと変わってしまう。そんな変わりの効かない素敵な時間を過ごしてリリアンヌはいつものおにぎりと共に幸せを噛み締めるのであった。
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