第6話再会
「お嬢様、起きてください。着きましたよ」
当然寝ることなど出来なかったオデットは、侍女の声に開目する。
居心地の悪い揺れも全くなくなり、馬車が完全に停止したことを意味していた。
次第にオデットの心臓は早鐘を打ち始める。
もうすぐだ。
もうすぐ──彼に出会う。
オデットは馬車をゆっくりと降り、周囲を見渡した。
この日はお忍びで修道院を訪ねるために街へと足を運ぶ予定であった。
その修道院とは本来なら“あの日”の翌日、身を寄せる場所である。
オデットは自ら犯した罪を公にすることは出来ない代わりに、神に一生身を捧げようと考えていた。
結婚もせず、純潔を守り続け、一人消えていこうと。
本日、オデットはその相談を修道院にてする手筈だった。
当然ながら姉を慕う弟は反対したが、オデットはそれを押し切った。
絶縁することも厭わないと告げた際の弟の様子は、今でもまぶたの裏に焼き付いている。
オデットは質素な馬車を背後に、侍女のセーニャと数名の護衛をつけて近くに見える修道院まで歩く。
修道院の目の前に馬車を止めるのは目立つし、人の出入りの邪魔になるという配慮からだった。
屋敷を出る前オデット自身が御者に対し、そんな命令をしていた。
とは言っても、今のオデットからしたら遠い昔の話のように思えるのだが。
街中とはいえ、修道院は貧民街の近くにある。
ゆえに周囲の治安はいいとは言えず、やむ終えず護衛を何人かつけていた。
馬車が華美なものでないのも、街中で目立たぬようにするための配慮の一環だ。
下手に目立てば、ごろつきなどに絡まれてしまう可能性も高い。
かと言って伯爵令嬢の端くれであるオデットがふらふらと一人歩きするわけにもいかないのだから、難しい問題だ。
修道院の前までつくと、近くの道端に何かが倒れているのがわかる。
「あれ? ……もしかして人……かしら」
自分でも空々しい演技なのがわかる。
オデットは分かっていた。
そこに誰が、倒れているのか。
今から何が起きるのか。
さあ、二度目の人生を───贖罪を始めよう。
「お下がりください、お嬢様。危ないです!」
「我らの後ろに」
意気込んだものの、そう簡単に目的の人物には近づけてもらえず。
当たり前だ。
一度目もそうだった。
下手に近づいて、仮に隙を狙った犯罪者であれば大変な事態になる。
護衛らの言うことは最もだった。
だが、オデットはその人物が“今は”その手のものでないことを知っている。
「そうね。でも、もし本当に病の人だったら大変だわ。急いで様子を見ないと」
駆け寄ったオデットは護衛の一人に倒れた青年──ジョナの体を起こさせる。
少し癖のある焦げ茶の髪に、目を閉じていても端整な顔立ち。だが今はそれもやつれている。
本当に顔色が悪い。
これは演技ではないことが一目瞭然だった。
「大変ね……はやく医者を呼んで。あなた、彼を修道院の中まで運んで。シスターには私が伝えておくから」
オデットは護衛らに指示を出した。
狙って自分の前に倒れたのだろうが、本当に具合が悪そうだった。
1度目に言っていた5日ほど食事をしていないというのは恐らく真実なのだろう。
修道院の中へと足を踏み入れふと、何事かとシスターらがオデットの周りへと集まってきた。
その中でも一番年上であり、懇意にしているミリアに声をかける。
「ミリア、こんにちは。いきなりで悪いのだけど、修道院の前の道に人が倒れていたの。今、医者を呼びに行ったのだけれど少しの間だけでも彼の寝る場所を貸してもらえないかしら」
護衛に担がれたジョナを一目し、ミリアに視線を移す。
「お越しくださりありがとうございます、オデット様。ここは誰にでも開かれている修道院です。しかも病人となれば、寝る場所を貸すくらいわけありませんよ。さあさあこっちに!」
ミリアは快活な口調で奥へと案内する。
護衛が簡素なベッドにジョナを横たえると、扉の外で騒いでいる子供たちやシスターらの騒動を収めるために部屋から出て行った。
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