第5話 変わっていく関係
バイト初日の日は起きたその瞬間からバイトのことしか頭に無かった。
部活が終わったあと、颯太先輩が近寄ってきて
「次の講義、部屋が近くだよな。途中まで一緒に行こう。」
それを聞いていいた舞が気を利かせて
「岳と私はこれ片付けてから行くから、先に行ってて。」
先輩に見えないようにガッツポーズをしている。私も先輩にバレないように小さくガッツポーズで返事をすると、先輩と後をついていく。
「昨日はしっかり相手できずごめんな。目が回る程、忙しかったんだ。バイトありがとな。ほんとに助かるわ。今日から俺についてホールやってもらうから。賄いがめちゃくちゃ美味しいから楽しみにしとけ。」
颯太先輩を仕事をすると想像しただけでも心拍数があがる。
「迷惑を掛けないように頑張ります。あと、この間課題のアドバイスありがとうございました。おかげですんなり終わりました。」
と部屋に向かうまで課題の話や教授の話をしていると、途中で優斗とすれ違った。
よく見る学部の友達と一緒で、可愛い小柄な女の子もいる。優斗もこっちに気付いたようだけど、鋭く睨んで行ってしまった。
感じが悪いなとおもいながらも、この後選択講義が一緒だから何で睨んだか問い詰めてやろうと思った。
「俺、次こっちだから。快はこっちだよな。居眠りせず講義受けるんだぞ。」
と頭をポンとして颯爽と私とは反対の道を行く。
また頭ポンだ、この破壊力は凄まじいなと心の中で思いながら教室に向かう。
既に優斗が座っていたので、隣に座る。
私が隣に座ったことに気付いているはずなのに、携帯ばかり見て顔をあげようとしない。
今日の優斗はご機嫌斜めのようだ。
「優斗、さっきは何で睨んだの?」
「睨んでないし。勘違いじゃない。」
と顔を上げずに反論してくる。
「気のせいじゃない、絶対睨んできた。」
「お前な、俺に何か言う事ないか。」
とようやく顔を上げる。
言わなきゃいけないことなんてあったかしらと頭を巡らせてみるも思いつかなかったので、
「特にないと思うけど。」
と言うと、益々怒ったような顔をする優斗。
そして「バイト」と一言呟いた。
「ごめん、ごめん。急なことだったから言い忘れてた。昨日バイト決まったんだよ。近くの居酒屋。今度来てね。」
先輩のことで頭がいっぱいだったから優斗に言うことをすっかり忘れていた。
「そうじゃないだろ。颯太先輩と一緒なんだって。バイト探してるなら、なんで俺に言わなかったんだよ。俺が働いてるカフェも人手不足だから、言ってくれれば直ぐ働けたのに。先輩のいる居酒屋辞めて、俺のカフェで働けよ。」
と無茶苦茶なことを言ってくる。
「そんな働く前から辞めることなんてできないよ。」
「あっそ、じゃぁ好きにすれば。」
と言って席を立って他の席に行ってしまった。
訳が分からず後を追いかけようと思った時、教授が入ってきてしまったので後を追うのを諦めた。
その後直ぐに舞と岳がこそこそと部屋に入ってきて、隣に座った。
既に講義は始まっていたので、小声で岳が話しかけてくる。
「なんで優斗と別々に座ってるんだ。」
「分かんない。バイトのこと話してたら急に怒って席を変わっちゃったの。」
「悪い、俺が昨日のこと優斗に話したから怒ってんのかな。居酒屋行くの誘わなかったから。」
「そうじゃなくて、居酒屋のバイト辞めて、カフェで働けって言ってきたの。」
「なんだそれ、優斗訳分かんねーな。」
と言った後、岳は考え込んだような顔をして黙り込んでしまった。
あんまりしゃべっていると教授に見つかりそうだったので、それ以上話すことは止めた。
講義が終わるチャイムが鳴ったので、慌てて優斗に話掛けようと荷物を片付けていると、あっという間に優斗は部屋から出ていってしまった。
舞も岳も心配して何を怒っているのか考えてみたが、昨日居酒屋に行くのを誘わなかったことを怒っているんだと結論付けた。
明日の選択授業の時に謝ることにした。
その日の講義は終わりだったので、それぞれみんなバイトに行く予定があったから、大学で分かれて、私は初バイトに向かった。
初バイトで嬉しいはずなのに、さっきの優斗の態度が気になって仕方がなかった。
バイトは22時に終わる予定で優斗が働いているカフェは24時までやっているから、帰りに寄って帰ろうと思い、携帯を取り出した。
LINEで優斗に今日の22時半頃カフェに行きます、と打ってみる。直ぐに既読がついたが、返信はない。
居酒屋に着くまで何回もLINEを確認するけど、優斗からの返信は来なかった。
「快、お疲れ。こっちでこれに着替えてきて。」
居酒屋に着くと颯太先輩が待っていてくれた。
服を受け取ってロッカーの鍵を貰い、急いで着替えて颯太先輩の元へ戻る。
「今日は金曜日で一番忙しい曜日だけど、頑張ろう。俺の指示に従ってくれれば大丈夫。今日は料理を運ぶのと、机の片づけをお願いするね。空いている皿はお客さんに確認して、どんどん下げていって。」
居酒屋には何回も行っているので指示されていることについて、どのように動けばいいかなんとなく想像ができた。
お客さんが来るまでバイトメンバーを紹介してもらったり、お店の用語を教えて貰っているうちに続々とお客さんがやってきた。
あっという間に店は満席になり、運ぶ料理がカウンターに並ぶ。
私も颯太先輩から指示を受けながら、料理を運んだり皿を下げたりしているうちにあっという間に22時になった。
「快、お疲れ。今日はここまでで良いよ。」
「あれっ、もう22時ですか。あっという間すぎて気付きませんでした。まだ忙しそうですが、帰っていいんですか?」
「初日からこき使うわけにはいかないから、今日は帰っていいよ。だけど今日はだから、明日からはよろしくな。ほんと動きが良いから助かった」
と優しい笑顔で颯太先輩が褒めてくれる。
「それでは、明日から頑張りますので今日は失礼させてもらいます。」
と言って更衣室で着替えを済ませ帰ろうとしていると、颯太先輩が慌てて
「賄い食い忘れてたな。これ包んでもらったから家で食べて。」
と賄いが入ったビニール袋を渡してくれる。
「ありがとうございます。」
と言って店を後にする。颯太先輩の気遣いが嬉しかった。
バイトは目が回るほど、忙しかった。
バイトをしている間は優斗のことなんてすっかり忘れていたけど、ホッとした途端携帯が気になった。
慌ててLINEを確認するけど、優斗からの連絡はきていない。
カフェに行くと連絡したし、優斗の様子が気になったので急いでカフェに向かった。
カフェに着いたものの、珍しく怒った優斗に緊張して中々店に入ることができない。外から様子を見てみることにして、そっと窓から中を見てみると、小柄な可愛い女の子とと優斗が談笑している。
時折、可愛い女の子が優斗の肩に触れいている。
あんなに私には怒った態度とったくせに談笑している姿を見ると、段々ムカついてきた。
さっきまで店に入るのをためらっていたけど、そんな自分が馬鹿らしくなって店に入って行く。優斗が立っているカウンターに行く。
「なんでLINE返信しないの。」
と優斗を睨みつけて言ってやった。
さっきまで談笑していた顔が一気に冷めて無表情になる。
「ここは店だ。まず注文しろ。」
と冷たく言うだけ言って、あとは黙り込んでしまった。
周りの視線が気になったので、「ホットコーヒー」と注文した。
「後で席に持って行くから、待ってろ。」
と言われたので、お会計を済ませて空いている席で待っていると、エプロンを外した優斗がコーヒーとサンドイッチを持ってきた。
「サンドイッチ注文してない。」と言うと、
「バイト帰りで腹減ってるだろ。」
怒っているかと思ったけど、もう怒ってないのかと思い
「なんで今日講義の時、席変わったの?」
と聞くと、やっぱりイライラした表情をしながら
「居酒屋辞めて、こっちで働け。」と質問には答えず、大学で言っていたことと同じことを言ってくる。
「嫌だよ、今日初日で忙しかったけど楽しかったから、辞めないよ。」
「先輩と一緒だから辞めたくないのか。」
「そうじゃなくて、先輩からの紹介だから先輩の顔を潰すわけにいかないでしょ。」
「お前、そんなに先輩が好きなのか。もう付き合ってるのか。」
と益々怒り顔になった優斗がまくし立てて来る。
「先輩と付き合うなんて夢のまた夢だよ。そんなことありえない。あったらいいなと思うけど。ねぇ、何怒ってるの?」
「付き合えたらいいなと思ってるのかよ。」
と呟くと優斗が席を立って、カウンターの奥に行ってしまった。
もう訳が分からないし、お店の中で騒ぐわけにはいかないので、急いでコーヒーを飲みながらサンドイッチをぱくついた。
思っていた以上にお腹がが空いていたようであっという間に食べ終わってしまう。
いつまでもここにいる訳にはいかないし、優斗はカウンターに戻って仕事をしている。
カップとゴミを片付けようとゴミ箱に向かうと、小柄な可愛い女の子が片付けをしている。
私に気付くと「快さんですよね。私佐竹愛っていいます。」と話しかけてくる。
容姿も可愛いけど、名前も可愛い。
完璧に負けだと思った。
「なんで私の名前知ってるんですか?」
「優斗から聞いたの。」
早速、ため口なのが気になったし優斗と呼び捨てなのも気に障った。
仲良くなれそうにないと思い、さっさと帰ろうと
「同じ大学ですよね。また会った時はよろしくお願いします。」
と会話を切り上げようと片付けをしていると
「私、優斗が好きなの。邪魔しないでね。」と顔を近づけてくる。
何で私にそんなこと言うのか理解できなかったので
「邪魔はしませんので、ご自由に。」
とだけ言って出口に向かう。
途中カウンターの優斗と目が合ったけど、パッと逸らされたので、イライラして店を出る。
数歩歩いて、手に持っているビニール袋が目に止る。
もう一度、カフェに戻り驚いた顔をしている優斗に
「これサンドイッチのお礼。」
とだけ言って、店を後にした。
家に着くまで、優斗の態度を思い返してイライラしていた。
さっきの愛とかいう子が優斗のことを好きなことを分かっていてヘラヘラしているのかと思うと、益々腹が立ってきた。
冷静に考えると、別に優斗が誰と笑い合おうと私には関係ないはずなのに、何故か無性に腹が立つ。
私には怒った顔しかしないのに、愛ちゃんに向けられる笑顔にイライラする。
寝る間で何回もLINEを確認するけど、優斗からは特に何も連絡はなかった。
代わりに颯太先輩から労いのLINEが届いたので返信しておいた。
颯太先輩からのLINEが嬉しいはずなのに、この時は優斗のことが気になって、そこまで嬉しくなかった。
この日を境に優斗との関係が変わっていくとは、全く知らず眠りについた。
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