第13話 あたしはフェリーチェ様についていく(ディア視点)

「よお、トーマ商会の嬢ちゃん。おまいさん、ちょっと時間あるか?」


 そう言って現れたのは、オグリス商会代表であるレブナンド・オグリスだった。


 見るからに、力仕事得意です! というでかい図体をしている。

 オグリスの傍には、フードを被った男がいた。

 

 奥様と親交があるとはいえ、相手はライバル商会。

 何か企んでいる可能性だってある。


 だけどオグリスからでた言葉は、あまりに意外過ぎる提案だった。


「フェリーチェさんをあの無能旦那から何とか離縁させてぇんだけど、お前も一枚かまねえか?」


 *


「これほど酷い状況だとは……思いませんでした……」


「全ては、解雇された使用人たちの話ですから、今はもっと酷いかもしれませんね」


「嬢ちゃんが悔しがるのも分かる。俺だって、まさかあのフェリーチェさんが、そんな状況に陥ってるなんて思ってもなかったからな……」


 あの人には山ほど恩があるからな、というオグリスの悔しそうな呟きに唇を噛んだ。


 フェリーチェ様が……あのクソ旦那と愛人から、さらに酷い仕打ちを受けているなんて思ってもみなかったから。


 同時に、一刻を争う状況なのに見守っていた自分の不甲斐なさに、腹が立った。


 フードを被っていた男――ブルーノー商会の代表であるウェイターによってもたらされたフェリーチェ様の話は、聞いているこちらが苦しくなるほど辛いものだった。


 それなのにあの方は、あたしたち――いや、あたしに何もご相談下さらなかった。

 悔しくて、涙が滲んだ。


「で、私は何をすればいいのですか? あの方を、クソ野郎から救い出せるなら――あたしはなんでもする」


「あなたの知恵を借りたいのです。多分、私やオグリスさんが離縁を勧めても、あの方は納得されないでしょうから」


「でも、あたしの言葉だって聞き入れて下さらない。フェリーチェ様は自己肯定感が低すぎるの。商会が大きくなったのは、常々私たちとあのクソ旦那のお陰だって仰ってる。自分は……無能で何も出来ない女なんだって……」


「ふむ……それはかなり重症ですね……」


「離縁しろって言っても絶対に聞き入れない。離縁した後のご自身の進退もあるだろうけど、残ったあたしたちに迷惑を掛けることを一番に恐れていらっしゃるから。せめてご自身の能力の高さに気づいて下されば、あんな扱い受けないのに……それか騙して離縁させるか……」


「あ、そうしましょう」


「……え?」


 いきなりポンっと手を打つ音が響いたかと思うと、ウェイターの指があたしに向けられた。

 オグリスも、ニヤっと笑ってあたしを見ている。


「そうだよな。もうこうなったら、騙して離縁させるしかないよな!」


「え? ええ⁉ ちょ、ちょっとどういう――」


「作戦は後ほど立てるとして、ディアさん。あなたに一つ確認したいことがあります。もしフェリーチェ様の離縁が成立すれば、あの方はもうトーマ商会との関りがなくなります。その場合、あなたはどうするつもりですか?」


 ウェイターの視線が鋭くなった。

 あたしは頭が悪いけど、奴が言わんとしている意味は分かる。


「……あたしはフェリーチェ様についていく」


 だってあたしの天職は、フェリーチェ様の傍でお仕えすることなんだから。


「あなたの覚悟が聞けて良かった。フェリーチェ様の傍にいるあなたを味方に出来れば、色んな案が立てられるでしょう。そうですねー……例えば、こちらが偽装した離縁届を部屋に置いておくとか」


「楽勝よ。必要なら、奥様の署名だって用意出来る」


「それは心強い」


「おい、俺を空気にするな。俺だって協力出来るんだぞ」


「もちろん。レブナンドさんには、その他の商会の代表にお話を通しておいて頂きたい。私より、あなたの方が顏が広いでしょう。ローランド卿が騒ぎ立て、フェリーチェ様に関する変な噂を流されても困りますからね」


 口元を緩ませ、ウェイターが手を差し伸べた。

 だけどそれを握る前に、あたしには聞きたいことがあった。


「フェリーチェ様を離縁させてくれるなら、誰とだって手を組むわ。だけど教えて。あんたは奥様の知り合いなの? 何故あの方を助けようと思ったの?」


 オグリスだって、フェリーチェ様の状況は知らなかった。ということは、今オグリスが持つ情報は、目の前の男からもたらされたものってことになる。

 

 あいつは小さく息を吐き出すと、あたしを見つめながら別の何かを思い出している様子だった。


 頬が緩み、茶色い瞳が細められている。


「私もあなたと一緒です。以前フェリーチェ様に救って頂いた御恩を返したいだけですよ」


 フェリーチェ様が、どういういきさつでウェイターを救ったのかは語らなかった。


 でも懐かしくどこか遠くを見つめる瞳に真剣な色を見た時、差し伸べた手を握る迷いは消えた。

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