第二章
第11話 移民たち
移動式のテントを家畜に引かせて、その周囲をガッチリと武装した兵たちで固めている。
大きさも容姿も違う兵士たちだが、共通して同じ紋章が鎧やマントのどこかに施されている。
「すげ……多いな……」
「そうでしょう?」
「わっ?!」
民たちの大移動の姿に圧倒されるアークスの横から、寄り添うようにクローナが顔を出した。
「魔族も獣人も関係なく、我々がキカイと戦っている間は少しでも多くの方たちにエデンへ移住してもらうのです。もちろん、中には生まれ育った故郷を捨てきれない方たちもいますので強制はできませんが……そのぶん、移住を求める方たちには種族関係なく私たちが護衛をしながらお引越しなのです」
その説明を聞きながら頷きながら、アークスは間近にいるクローナにドキッとしていた。
可憐で、柔らかそうで、ふわふわの髪からはとても良い匂いがして、笑顔がとても眩しく目もキラキラさせている。
まるで争いや戦いなどと無縁な雰囲気を醸し出させ、それでいて何の躊躇いもなくアークスに接触してくる。
「クローナ……」
「うふふふ、はい! アークス!」
「……近いです……じゃなくて、近いよ……」
「でも、私はアークスのボディガードの一人なので、近くにいた方がよいのです」
名前を呼んだら、また花が咲いたようにニッコリと微笑むクローナ。
そして何の裏もなくアークスを守るために傍に居ると豪語する。
それだけアークスの存在が重要であり、期待しているからという現れなのである。
「で、でも……」
「はい?」
「救世主とか希望になるとか、キカイを倒せとか……」
一方でアークスはその期待が不安で仕方なかった。
トワイライトたちが嘘を言うとは思えないが、未だに自分がキカイを倒したということを信じられないからである。
自分に本当にそんな力があるのか?
命がけで守るという皆の期待に応えられるのか?
それが不安でたまらず、クローナとは対照的に暗く俯いてしまった。
「俺に、本当にそんなことできるのかなって……」
何も分からないアークスには自信が無かった。
「それは私にも分かりません」
「え、ええ!?」
するとクローナは、ハッキリとそう言ったのだった。
自分にも分からないと。
「だって、あなたがあなたのことを分からないのです。私もあなたのことを全然知りません。できるかどうか分かりません。お姉様も分からないでしょう」
「そ、そんな!? だ、だったら、そんなやつに命を懸けて守るとか、そんなの……そんなのダメじゃないか!」
そんな不確かなものに命を懸けていいはずがないと。
「その時はその時です。それに、私は……お姉様も……生き残った方々も、あの森で散った人たちも……確かに見たのです。自分の命を懸けてでもこの人を……と」
「クローナ……それって、俺がキカイを倒したっていう……全然覚えてないけど……」
「それもありますが……たぶん、それだけじゃないと思います。あの時のあなたはとっても……」
「とっても?」
「うふふふ……その行方を、とっても見届けたい人だなと……」
アークスは何のことか分からなかったが、クローナはあの時のことを思い出して頬が緩み、同時に胸が熱くなった。
この世界に生きる者なら知らないはずのないキカイ。そしてその脅威。
これまで多くの者が勇敢に立ち向かうも、結局誰一人倒すことのできなかった。
それゆえ、いつの日からかキカイとは「戦う」ではなく「足止めをする」という認識をしていた。
だが、アークスはキカイを知らず、その上で戦った。熱く吼えて。その時の熱気がクローナを虜にした。
人類でもキカイと戦えると証明したのだ。
「大丈夫です。あなたならできます。でも、できなくてもそれは仕方ないことですので、気にしないで大丈夫です」
「そんなこと言われても、余計にプレッシャーだぜ……」
「たとえ、何があっても私はあなたを見捨てませんから。重荷に感じなくて大丈夫です!」
「ムリだってのに……」
プレッシャーに感じるなと言われても無理だとアークスは断言した。
そもそも、トワイライトには「希望にする」と言われているので、できるできないではなく、やらなくてはいけないからだ。
たとえクローナが気を使っても、何も感じるなという方がアークスには無理だった。
「それよりも……ボタンがまた開いてます。しめてあげますね?」
「え、いや、でも窮屈だし……」
「~~♪」
そんなアークスの気持ちも知らずに機嫌よさそうに鼻歌交じりのクローナ。アークスは思わずため息が出てしまいそうになった。
「姫様、お食事の用意ができました。救世主殿も」
そんなドキドキしていた甘い空間に、軽い咳払いと共に入ってきた者。
アークスも慌てて振り返ると、スープの入ったお椀を持ったオルガスが居た。
「さぁ、アークスも食べましょう」
「は、はい、ありがとうございます」
「いえいえ、救世主殿には英気を養ってもらわないとなりませんので」
温かい湯気が立ち、煮込まれたホクホクの野菜と肉が何欠片か入ったスープ。
クローナは満面の笑みで美味しそうに食べていく。
見ているだけで微笑ましくなる様子を眺めながら、アークスもスープを口に運ぶ……が……
「ガッ!?」
「アークス?」
「救世主殿?」
ラゼンはスープを体内に入れた瞬間に激しくムセてしまった。
「うげ、げ、げほ、お、ごほ……あれ?」
「アークス、大丈夫ですか? つまったのですか?」
「あっ、ひょっとして苦手なものでもありましたか?」
心配そうにのぞき込んで背中をさすってくるクローナとオルガス。
しかし、そういうことではなかった。
「あ、あれ? なんで……」
アークスは今一度スープを見ながら自分自身の体に疑問を抱いた。
食欲はあるはずなのに、このスープに対して胃がまったく受け付けなかった。
まったく食べたくないと思ってしまった。
好き嫌いの問題なのだろうかと言葉を失っていた中……
「ひめさま~、あそんでー!」
「クローナおねーちゃん、あ~そ~ぼー!」
「ん!」
突然馬車の中に小さな子供たちが駆け込んできて、元気な声と満面な笑みを見せた。
「あらあら、あなたたち……」
「こら、童たちよ。今、クローナ姫はお食事をされている。遊びは……」
「よいではありませんか、オルガス!」
「え、あ、いや、しかし……」
一瞬、子供たちに溜息吐いて追い返そうとしたオルガスだが、嫌な顔を一つしないクローナがそれを止めて子供たちを受け入れた。
「しょーぐんもあそぼー! おれたち、いつか大きくなってキカイを追い払えるくらい強くなるから!」
「やれやれ……そうか、それは頼もしいな」
「クローナおねえちゃん、お花の髪飾りの作り方おしえて!」
「ええ、もちろんです!」
将軍と姫。対して入ってきた子供たちは明らかに平民の服装。
明らかに身分がかけ離れている者たちとは思えない光景に、アークスも少し戸惑った。
「おにいちゃん、だれ?」
そのとき、小さな女の子が一人、見知らぬ顔のアークスに問いかけた。
「え、あ、お、俺は……」
「その人は、アークス。新しいお友達です! そうだ、皆さん、今日はアークスも一緒に遊んでくれますよー♪」
「え、く、クローナ!?」
戸惑っていたアークスも、クローナが無理やり巻き込んだ。
その無茶ぶりにアークスも溜息吐きながらも、しかしその交流にどこか温かみを感じていた。
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