第8話 決死

 絶対に死なせてはならない。

 絶対に連れて行かせてはならない。

 キカイの脅威に成すすべなかった人類たちにとって、初めて目の当たりにした奇跡。

 そして希望。

 それを絶対に守るのだと、命を捨てた戦士たちが咆哮した。


「レビテーション!」

「捕獲……」

「あっ、彼がキカイに抑えつけられ……ぐっ、う……だめです、魔力がもう……」


 魔導士たちが魔法で倒れているアークスを回収しようとしたが、キカイたちがアークスの腕を掴んで抑えつける。

 既に魔導士たちも魔力が足りず、力も入らない。

 だが、それでも皆が動く。


「お下がりを! ここは、われわ、ぎゃああああ!?」

「くそ、怯むなぁぁ!」

「まずはキカイどもから吹き飛ばして、あの少年を!」


 魔導士、そして武装した兵士たちも一斉にキカイたちへ立ち向かう。

 死んでもかまわない。死んでも守る。そう決めた人類が意地を見せる。


「デリート」

「はあ、はあ、うばああああああ!!」


 両手足が礫で吹き飛ばされるぐらいでは、もうその場にいる兵たちは誰もが止まらなかった。

 辺り一面に肉片と血が飛び散るものの、誰一人として目もくれない。


「おらぁ! たとえ倒せなくて……こうやってしがみついちまえば、死んでも離さねえ!」

「行かせねえ! 行かせねえぞ、キカイどもォ!!」


 攻撃しても倒せないなら、体を張って止める。

 兵たちは次々とキカイたちに飛び掛かって、しがみついたり、羽交い絞めにしたりして止める。

 しかし、それはキカイに殺される確率をさらに上げるだけに過ぎない。

 兵たちは次々と頭を礫で射抜かれていく。


「あ……あれじゃあ……いや、でも!」

「だが、もう……これしかねーんだ!」

「キカイども、こっちだ!」

「ほらほら、俺らを殺してみろよォ!」


 中にはキカイたちの意識を逸らすために、あえて囮のように走ってキカイたちを自分たちに呼び寄せようとする者たちもいる。

 そんなことをすれば、死は免れない。

 しかし、今はもうそれをやるしかないのだと、誰もが死を恐れずに、倒れているアークスからキカイたちを遠ざけようとする。


「トワイライト姫、クローナ姫、ここは我らに!」

「副長……」

「お二人はあの少年を連れて、そして何人かを連れて急いでこの場から離脱し、『オルガス大将軍』と合流を。捨て身にさえなれば、我らでも時間ぐらい稼げますぞ」


 そのとき、一人の老兵がトワイライトに進言。


「ワシも足を一発やられました……どちらにせよ、走って逃げられませぬ」

「……ぬっ……あっ……」

「姫様……お二人が幼いころより今日までお仕えできて、実に本懐でありました。どうかご武運を。ワシらは先に逝きます。姫様たちは必ずやあの希望を……」


 もはや二度と会えないと互いに分かっているうえでの言葉。

 ここで別れれば、もう目の前の老兵とは二度と会えない。

 老兵はここで散ることを本望として覚悟している。


「ふくちょ……爺……」

「おっ! ふぉっふぉっふぉ! トワイライト姫が戦場に出られるようになってから言われなくなったその呼び方……最後に聞けて、爺は幸せ者でございます! 欲を言えば姫様の御子様でも抱き上げたかったですがな」

「ま、まって、爺や!」

「クローナ姫もお達者で。お二人もまた儂の希望でした! ここで出会った新たな希望と共に、お二人は必ずや―――!」

 

 優しく微笑んだ老兵が、最後に告げる言葉。

 それを受けて、涙が瞳にたまる二人。

 だが、トワイライトはその涙を強く拭い、そして応える。


「ああ。約束しようぞ。あの小僧が何者だろうと……あの希望を活かして、必ずキカイの骸をそちらに大量に送ってやろうッ!!」

 

 迷っている場合ではなかった。

 長い付き合いのある兵や、親しかった者たちが次々と倒れていくも、惜しんでいる場合でもなかった。


「クローナ! 魔力は?」

「あと一回分だけなら!」

「構わぬ!」

 

 何を犠牲にしてでも希望を繋がねば。そのために命を惜しむものは一人も居なかった。



「今だ、クローナッ!! 小僧を押さえているキカイの足を撃つのじゃぁ!」


「一転集中! プルートスイートスポットシュートッ!」



 そして、命を懸けてアークスからキカイたちを遠ざける。

 その出来た隙間を縫って、クローナがアークスを足で踏んで取り押さえていたキカイの足関節に衝撃を与え、バランスを崩させる。

 その一瞬をトワイライトは見逃さない。



「ここだ!」


「「「「「うおおおおおおおおおお! 姫様ぁぁああ!!」」」」」



 トワイライトが一瞬で駆け抜け、アークスを抱きかかえて離脱。

 決して離すものかと抱きしめる。

 半身は人の温もりがあり、半身は鋼の冷たい感触。

 これが一体何かは分からない。

 それでもこの掴んだ希望は離さないと、トワイライトは決意し、そしてその光景に兵たちは一斉に雄たけびを上げた。



「よし、撤退じゃぁ!」


「はいっ!」


「動けぬ者たちはワシと共にここで死んでくれ! 残る命を使って少しで姫様たちが逃げる時間を稼ぐのだ!!」


「「「「オオオオオオオオッッ!!!!」」」」



 トワイライトの号令と共に、動ける者たちだけはその場から一目散に逃亡する。



「うおおおおおおおおおおおおおおおお!! このクソキカイ共があぁ! 散々好き勝手、何さらしてくれとんじゃあァアアア!!」



 後ろを振り返らない。


「うおおおお、我らの意地を見せてく、っぶあっあ!?」

「ここは通さな、ぐっが!?」

「ひめ……いつの日か、必ずや……」


 トワイライトとクローナは唇を噛み締めながら、後方から聞こえる仲間たちの最後の咆哮を耳にし、何度も足が止まりそうになるのを必死に堪えて、今は走った。

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