第6話 礫
響き渡る乾いた音。硝煙の匂いと共に森の木々が破壊されていき、その脅威が集った世界連合軍の兵たちに襲い掛かる寸前、クローナと複数の者たちが動いた。
クローナは銃を、他の者たちが杖を構えて一斉に力を放つ。
「「「風の
「「「土の
突如吹き荒れる風。
土が盛り上がって視界を塞ぐほどの壁を生み出す。
僅か一瞬の出来事だった。
「わ、わわ、す、すご、なにこれ?!」
「騒ぐでない、こんなの足止めにしかならぬ!!」
「え? あ……」
トワイライトの言葉を聞いて、アークスはよく見る。
すると、辺りに鉄の小さな塊のようなものが散乱していた。
それらは、風や土の壁に阻まれてはいるものの、中には構わずに突き進むものもあり、その塊が兵たちの手足を射抜いていく。
「がっ、ぐっ、あ!」
「いでええ、ぐっ、あたった……」
「おい、キカイどもの『
負傷していく兵たち。アークスは頭を伏せながらこの異様な光景を……
「螺旋……つぶて?」
「うむ。キカイどもの攻撃だ。あのような小さき礫一つが頭に当たっただけで、脆弱な奴なら即死するほどの威力を持っているのだ。おぬしも死にたくなければ身を屈めながらもっと後ろに行くのだ。あれだけの数。クローナたちの魔法でも完全には防ぎきれぬ」
「ま、まじかよ……あ、ま、待ってくれ、あんたも危ないじゃないか! どこに行くんだよ?」
「どこ? 儂の向かう場所は……いつも通り最も過酷な死地じゃぁ!!」
アークスの頭を地面に抑えつけて庇うようにしながら、トワイライトは立ち上がる。その両手には二本の槍。そして、彼女の傍に他の兵たちも駆け寄る。
「我が勇猛なる同胞たちよ! 儂が合図送ったら投げよ! いつものだ!」
「「「「御意ッ!!」」」」
「クローナ! そして我が魔王軍の誇る大魔導士たち! 今だ、障壁を解けッ!! 魔力を温存せよ!」
「「「「承知しました!!」」」」
周囲の兵たちに命令するトワイライト。
そして、周囲の風が止んだ瞬間、トワイライトが動いた。
「魔王槍道術・
両の槍を地面に突き刺した。すると、キカイたちの足元に光が発光し、その地中から輝く無数の槍が飛び出して、隊形を組んでいたキカイたちを一斉に突き上げた。
「や、槍が地中から……どうなってんだ?!」
「あれぞ、トワイライト姫の魔力と槍の融合! 魔力で具現化した槍で相手を射抜く広範囲攻撃、槍源郷よ!」
そのとき、一人の男がうつ伏せになっているアークスに駆け寄り、その頭を軽く抑えながら答えた。
「ま、まりょく? そういえば、クローナも……」
「見てろよ、猿坊主。キカイどもさえ現れなければ、次代の魔王としてこの世界の頂点に君臨されたであろう御方の戦いをよ!」
まるで自分のことのように誇らしげに……いや、本当に誇っているのだろうと、アークスは感じた。
それほどまでこの者たちは、あのトワイライトという女を尊敬し、自分たちの誇りと思っているのだと。
そして、その誇りに違うことのない力を、トワイライトは見せつける。
「魔王槍道術・牙突乱舞ッッ!!!!」
トワイライトは駆け出して、キカイたちの密集の中に飛び込んで、閃光のような突きをキカイの胴体に叩き込む。
それはキカイ一人に対してだけでなく、その周囲に居る全てのキカイに向けてだ。
その勢いにキカイたちは人形のようにふっとばされていく。
「今だ、よこせぇ!」
「「御意ッッ!!」」
そして、同時にトワイライトが叫ぶ。その瞬間、兵の二人が槍をトワイライトに向けて投げる。
トワイライトは持っていた槍を地面に捨て、兵が投げた槍を振り返らない態勢のままキャッチして、そのまま戦いだす。
「あ、あぶな、で、でも今の何で……あっ……」
今の一連の動きに何の意味があったのか? そう疑問に思ったアークスは、トワイライトの足元に捨てられた槍を見て気付いた。
トワイライトが振り回していた槍が砕けているのである。
「槍が……」
「ああ、そうだ。キカイどもはとんでもねぇ硬さだ……あらゆる鉄をも通さねえ……姫様が全力で攻撃しても武器の方が砕けちまう……」
「そ、そんな……武器が……ないのか?」
そして、その言葉の通り、トワイライトの振るった槍が再び砕ける。
「次ぃ!!」
「「御意ッッ!!」」
また槍を補充して暴れるトワイライト。
だが、キカイたちを吹き飛ばしていても決定打にかけているのである。
吹き飛ばされたものの、キカイたちは死んではおらずに数秒後に起き上がる。
「そんな、あ、あんなの勝てっこないじゃねえか……」
「ああ。今はまだ……俺たち世界連合軍はあいつらにゃ勝てねえ……今はああやってキカイたちの陣形を崩して、タイミング見て魔法でぶっとばして退散……それしかねえ。でもな……いつかきっと! だから、猿坊主! 俺ら世界連合軍を信じ――――」
その兵士の男は、クローナ同様に「諦めない」という目でアークスの気持ちを上げようとしていた。
自分が何者かも知らない状況のままこんな事態になり、怯えて震えるだけしかできないアークスからすれば、その目や言葉がやけに胸に響いた。
だが……
「あ……っ!」
アークスはそのとき、感知した。
別の方角から複数の――――
「かぺっ?!」
「………え――――」
そして次の瞬間、兵士の男が言葉を言い終わる前に、その男の頭が吹き飛んだ。
「あ……」
「…………―――――」
目の前に広がる血だまり。破損した脳が散らばり、もはやその男の頭の原型はなかった。
「おい、左方から螺旋礫! 別のキカイどもが来やがった!」
「な、なんだと!?」
「げっ、新手だ!」
「いえ、あれは……私とアークスと遭遇したキカイ……追いついてきたのです!」
アークスとクローナと最初に遭遇したキカイたちが、ここに来て追いついたのだ。
「ぬっ……おい、クローナ!」
「分かってます! こっちの方向に障壁を……いえ、お姉様、ここはもう……」
「ちっ……だが、このまま逃げても数が……」
数は明らかに世界連合軍の方が上。
しかし、それでも兵たちの表情が険しくなる。
一方で……
「あ……おっさん……」
アークスは目の前で頭をふきとばされた兵の体を揺すっていた。
だが、もうその肉体は活動しない。
「おっさ……」
アークスは男の名前も知らなかった。
そもそも、男のことを全然知らない。
どういう男なのか。どういう人生を送ってきたのか。
自分の記憶がないアークスにとっては、自分と同じぐらい何も知らない存在。
しかし、唯一分かっているのは、「諦めずに戦おう」という意思を持っていた男ということ。
それを奪ったのは何だ?
「あ……あ……これ……これがおっさんを……」
血だまりの中から、アークスは何かを取り出した。
それは、男の頭を吹き飛ばした小さな金属の塊。
トワイライトが言っていた、螺旋礫そのものである。
「はあ、はあ……はあ、はあ……螺旋礫……螺旋……らせん……らせ……」
それを拾い上げ、アークスは急に胸が熱くなった。
「アークス、何をしているのです! このままではあなたも―――」
「らせん……いや……これは……ピストル……」
駆け寄ってくるクローナ。しかし、今のアークスの耳には入らない。
胸と頭を押さえながら、アークスは唸り……
――ふはははは……お前が手掛けた『半機械式改造』は実に見事だった。おかげで私の研究に大いに役立ってくれた
――なぜだ……なぜ、こいつにこんな……なぜ、こんな……
――私たち脆弱な人間のさらなる進化のため。もはや人類は環境の適応などによる緩やかな進化ではなく、自らの手で進化を得ることができることをお前は証明した。私はそれに手を加えてやっただけだ
――なんて酷いことを……戻せ! 俺の弟を元に!
――なぜだ? 素体の耐久力が上がったと思えば良いだろう? それどころか体内に最新式の有機改造による炉を備え、変形機能や取り込んだ素材をもとにあらゆる物質を生成することも……はははは、ここまでうまくいくとは思わなかった。お前の研究も更に改良され、私の技術も証明された。win-winではないか?
「ッッ!?」
――いつもお前がこやつに語り掛けていただろう? 『お前は何でもできる』。『お前の辞書に―――』
――ふざけるな! こいつに次から次へとこんな機能まで持たせて……なぜ! こいつはマシーン兵器じゃねえ! 人間だ! しかも戦闘機能だけじゃなく、刷り込み機能まで……なぜだ!
――ああ……お前の弟は最高の素材だった……それに引き換えお前は……
――黙れ! 俺の弟を―――
「ま、って……アニキ……」
そのとき、アークスの脳裏? 心? 記憶? 記録? 分からない、が、一つの映像がフラッシュバックした。
透明の大きな箱に入って、身動き取れず意識だけしかない自分の瞳に映る、白衣を着た男と、その男に殴りかかろうとする男。
――お前の弟? 何を言う。コレはもはや人間の希望だ。お前の研究データは全て私が引き継いでやろう
次の瞬間、「ドン」という音と共に、アークスはハッとした。
「あ……」
「アークス! どうしたのです? アークス!」
そこで、全ての映像が途絶え、再び現実に引き戻されたアークス。
「お、俺……」
そして、顔を上げたが、結局何も分からぬままだった。
自分が何者なのか?
そして今の二人は誰だったのか?
――実践投入される日を楽しみにしているぞ! 我が最高傑作よ! 目覚めた時、貴様はこの世のあらゆることを可能とする!
分からない。
だが、次の瞬間、アークスはクローナの予想外の行動を取った。
「あむっ!!」
「……え? あ、あなた……なにを?」
「ん、ごくん!」
血にまみれた螺旋礫をアークスは口に入れて飲み込んだ。
考えてやったわけではない。
ただ、体が自然とそう動いた。
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