第122話
緊張して上手く言葉が出てこない。
「普段、こういった場には姿を見せないと聞いている幻のご令嬢が、私のためになれない場に出てきてくれたのだね。楽しんで行って」
”シェミリオール殿下”はその瞳に何の感情も映さず、笑顔を浮かべている。
作った表情。
皆に同じように言葉をかけるために、訓練して作った表情だ。
私も、社交の場に出ることはあまりなかったけれど、訓練だけはしていた。
よほどひどいアレルギーが出てしまうときはどうにもならないけれど、少し気分が悪くなったくらいでは表情に出ないように。
怒った時悲しい時、感情を隠して作り笑顔を張り付けるように……と。貴族としてはあいてに胸の内を知られることで諍いやあらぬ憶測などを生まないようにと教えられる話だけれど。
特に高位貴族で、国内に影響力のある公爵家だ。「公爵家は〇〇家を見限ったようだ」なんてありもしない噂を立てられては貴族間のパワーバランスにさえ影響してしまいかねない。……と、言われていたくらいだから、当然エミリー……いいえ、殿下もそのような訓練は受けているだろう。
作った笑顔をむけられながら……。だから、この張り付いたような笑顔は私だけに向けられたものではない。皆に同じように向けているだけだから気にしなくていいんだと……。
そう思いながら、私も必死で笑顔を作る。
誰にも悟られないように、この胸の内を知られないように。
泣きそうだ。
今にも涙が落ちそう。
エミリーに会えた嬉しさで、思わず泣いてしまうかと心配していた。
目の前に立つまでは。
もし、泣いてしまったら「ご無事な姿を拝見でき」とかなんとかてきとうに誤魔化す言葉も考えていたくらいだ。
でも、こうして目の前に立ったら。
いくら、表情を動かさない訓練をしていたって、私は知っている。
目だけは隠せないって。
ちょっとした目の動きで、心があらわれるって私は知ってる。遠く離れた場所から見ているだけじゃ気が付かなくても……。目の前にいれば、目の動きは隠せない。商人たちは、そういう隠しきれない目の動きなどを読まれないため、駆け引きが必要な商談を、食事をしながら、お酒を飲みながら、薄暗い室内ですることもあるらしい。
エミリーの目は何の感情も映していない。
私に会えた嬉しさも驚きも楽しさも……何も。
ああ、泣きそうだ。
戦争で何があったのか。
もう、私のことなどどうでもよくなったのか。
もしかして、戦地で何か過酷な体験をして……エミリーは死んでしまったのかもしれない。
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