ヴァイスシュタインダンジョン 占有採掘権区域内


 ヴァイスシュタインダンジョンは素材の宝庫とも呼ばれるダンジョンだ。

 レアな素材や高価な回収物は無い。

 しかし日々の探索に必要な武器、防具、魔道具等必要な装備品を作るための元となる素材が豊富にあるダンジョンなのである。

 多くの探索者はその素材を求めてヴァイスシュタインダンジョンを訪れるのだ。ダンジョンの難易度も低く初級者でも入口周辺であれば比較的安全でもある。

 このダンジョンを訪れる探索者は多いのだ。

 だが深層域に行くほど様々な素材が採掘できるのだが魔物のレベルが上がるため熟練者でないと深部には潜れない。

 しかし熟練者にとってこのダンジョンで採掘できる素材はそれ程高価ではないため訪れる熟練者は少ない。探索時の費用と獲得できる素材の利益が釣り合わないのだ。

 

 このダンジョンに珍しい隊が探索に入っている。その噂は探索に来ている初級探索者の耳に届いているようだ。

 その探索隊はそれなりの日数が経過しているのに未だに戻ってこないのだ。

 深層域を探索しているのだろうと噂はされている。深層域にはどのような素材があるのか誰も知らない。そもそも当初ダンジョン探索した探索者の報告では素材に変化は無いとあったのだ。

 探索難度は高いが獲得できる素材は変わらない。自然と深層域を探索する探索者はいなくなったのだ。それもあって初級者用のダンジョンという位置づけになったのである。

 そのダンジョンに高名なクランの探索者が潜っているのである。どのような目的で探索しているのか、どのような素材を採掘して戻って来るのか。初心者探索者は日々噂しているのである。



 その探索者達は想定外のトラブルに見舞われていた。

 トラブルの場所は占有採掘権を主張した区域である。

 探索者達は相当な人数を投入しており当初は賑やかだったのだが現在は人の気配すらしない状況である。


 この特定区域にはキャンプをしていたような形跡があるが無残に破壊されている。

 また塚のような盛り上がりをしている区域もある。所々急いで盛り上げた形跡があり、そこから手足がはみ出ているのが確認できる。どうやら塚の数だけ死亡した探索者がいるようだ。

 この区域自体岩盤をくりぬいたような通路で占めており、所々部屋のような空間で構成されている。その通路のあちこちで床や壁が破壊されている。一部は崩れ去って通路を塞がれている。

 

 この区域で人の悲鳴が聞こえてくる。恐怖に震える男の悲鳴である。

 慌てたような靴音が響く。靴音から二名のようだ。

 

「ま、待ってくれ!置いていかないでくれ!足を負傷して上手く走れない!」

「治療する時間はない!死んだ気で走れ!元々お前が無謀な事を考えるからだ!俺は死にたくない!」

「お前だって同意したんじゃないか!待ってくれ!見つけた素材はお前に全部やる!」

「いらん!そんな重いモノ捨てろ!バカ!命を優先しろ!」

「そんな!う、うわぁぁぁ!」


 逃げる男達の会話は続かなかった。

 彼らを追いかけている何らかの生物がいるようで、二人はそれから逃げているようである。男達は怪我をしているようで体を血に染めている。必死の形相で逃げている背後に巨大な影が追いついてきた。

 足を痛めて上手く走れない男がその影に飲み込まれていく。断末魔とも呼べる絶叫が響く。残った男は更に必死の形相になるが長くは続かなかった。残った男も逃げられたのは僅かな時間だった。

 断末魔がダンジョン通路に響く。

 



「将軍殿、またしても失敗ですな。どうやら虎の尾を踏んでしまったようですぞ」

「分かっていますよ。まさかあのような魔物が潜んでいるとは想定外でした。ディオン。対処方法は無いのですか?」

「小生ごときに妙案は浮かびませぬ。これ以上の深度の探索は危険である事だけ進言させていただきます」

「目的はもっと先です。何も成果もなく諦める訳にはいかないのはお前も分かっているよね?」

「承知しております。ですがメンバーの損失が大きすぎます。具体的な対案が無いのであれば作戦の中止を進言するのみです。生きて戻れば再度挑戦もできます」


 ディオンと呼ばれた男は冷静な声で将軍と呼んだ男に撤退を進言している。

 彼らは先程の断末魔がギリギリ聞こえる距離で顛末を確認していたのだ。自分達だけ安全圏にいてメンバーを突破できるか分からない謎の魔物の元に向かわせたのだ。

 結果、何の成果もなくメンバー二名を失ってしまったのである。彼ら二人の目には何の動揺もない。自分に害が及ばない限りどうなろうと構わない二人なのである。

 今回の探索は将軍と呼ばれたネイサンが編成した探索隊を使って探索しているのだ。

 彼らはアッシュベリーの星と呼ばれる大手のクランに所属している。今回の探索は彼らのパトロンの命令という指示の元実行されているのだ。

 このパトロンはどうやって入手したのかこの初心者用のダンジョンに稀な素材が眠っているという情報を入手。その情報の確度は確かなものであるため急ぎ探索するようにと指示をしたのである。

 そのために占有採掘権を発動してダンジョンの深い領域を占有して探索しているのだ。


「何の成果も無く戻って許して貰えると?」

「想定外の魔物がいたのです。長に報告して隊の再編をした方が宜しいかと。我々が食い止めますから将軍殿はお戻りください」

「それが許されたら苦労はしてないのですよ。お前には伝えていませんでしたが、長が受諾し、私に一任されたのです。当初見積もりが甘くとも成果無しで戻る訳にはいかないのですよ」

「・・・それでは魔物に遭遇しない迂回路を見つけるしかありません。別行動隊の成果を待ちましょう」


 ネイサンはディオンの提案に反応がなく何やら思考している。ディオンは口をつぐんで待機する。

 ディオンは内心困り果てていた。今回の探索は明らかに失敗だ。損失があまりにも大きい。メンバーの半数が既に死亡している。重傷者も多く、まともに行動できるメンバーは少ない。

 目的の素材はアダマンタイトという希少な金属だと聞いている。そのような希少な素材が初心者ダンジョンにあるとは思えないのだ。情報元であるパトロンの情報が確実なのか最初から疑っているのだ。

 上司であるネイサンはどこまで信じているのか腹の内は相変わらず見えない。表面上の穏やかな態度とは裏腹に使えない相手は平気で切り捨て、ライバルは策略に嵌めて平気で蹴落とす男だ。

 自分の欲や利益になる事を優先して動く。今回の探索も自分の隊で独占してクラン内の立場をより強くしたいと計算しているのだろうと推測している。

 ここまでなんの成果もなく大きな犠牲を払っていても引き下がらないのがその証拠であるとディオンは考えている。

 一方のディオンは権力に対する欲望は驚くほど少ない。力ある者に従ってうまい汁を頂ければそれでいいのだ。だが、それも命あっての物種である。現状はその命が危うい状況だ。いつ自分が魔物のもとへ向かわされるのか分かったものではない。

 体よくこのダンジョンから脱出できないかをあれこれ考えている。だが、良い手段が思いつかづ珍しく焦っているようだ。まずはネイサンの功名心を抑えないと誘導しようとしているのだが上手くいかないのであった。



「仕方ありませんね。これ以上正体不明の魔物の相手をする意味が無いです。迂回路の見込みはあるのですか?」


 やっと判断したようである。内心で安堵しているディオンはすかさず返答する。


「そこは滞りなく進めております。幸いスカウトの技能を持つものは殆どが生存しています。その者達をいくつかのルートに分けてマッピングさせています。ですが魔物から百メートル以上離れて調べるよう指示しておりますので相応の時間はかかるかと。その間に増援を要請すればより確実になるかと」

「成程。安全な迂回路を探しているのですね。私もこの周辺の地図は凡そ把握しています。そのルートだと何日かかるか分からないですね。いくつかのチームか戻ってきたら魔物に近いルートでのマッピングを指示してください」

「それは危険ではありませんか?先ほどは百メートル離れていたのに探知されてメンバーを失う事になりました。必ず探知される訳ではありませんが安全は保障できないかと」

「私達は探索者です。多少の危険は承知の上でしょう?深層にいくにはあの魔物を避けるのは難しいのでは?本当に長い迂回路でルートが見つかるのですか?」

「この区域について我がクランではマッピングされた情報は持っていません。傘下クランにマップ提出を求めましたが浅い領域まででした。それも市販品に少し情報が付加された程度でした。我々が新しく作らないといけないです」

「であれば、迂回路の確実性が無い以上少々危険があっても魔物の近くのルートを狙うしかないのでは?」

「・・・承知しました。戻り次第指示をします」

「頼みましたよ。それと目の前の通路の封鎖をしてください。万が一こちらに来られては収拾がつかなくなります」


 無慈悲な指示を素直に聞き入れるしかないディオン。ネイサンにとってはディオンですら使い捨ての手駒にすぎないのだ。内心に渦巻く激しい後悔を堪えて指示を受けれいるしかない。

 

「承知しました。補給に出たチームが戻ってきたら指示をします」

「では私はキャンプ地で休ませてもらいます。後の事は頼みましたよ」


 ディオンの肩をポンポンと叩きながらネイサンはキャンプ地に戻っていく。

 ディオンの視線は立ち去るネイサンではなく百メートル以上向こうに潜んでいるであろう魔物を睨んでいた。


「・・敵の正体も知る事ができていない。このままでは全滅を待つだけだ。・・・そもそもアダマンタイトは本当にあるのか?」


 ディオンは知らない。

 黒き疾風が定期的にこのヴァイスシュタインダンジョンを探索している理由を。

 彼らはアダマンタイトを採掘しクラン内で加工しているためにどのクランもアダマンタイトの存在を知らない事を。

 黒き疾風の隊員達からアダマンタイトの情報が洩れる事は無い。クラン内でも限定した隊員で採掘しているため知っている者は少ないのだ。

 だが、黒き疾風の隊員も知らない。彼らのパトロンであるエングルフィールド公爵が彼が愛人としたい娼妓のオードリーに話している事を。

 そのオードリーがアッシュベリーの星のパトロンであるレッドフォード辺境伯に話していた事を。



「副長。ただいま戻りました」


 補給をして戻ってきたメンバーが報告のためにディオンの元にやってくる。到着を察知していたディオンは目線だけ送って報告を求める。

 いつものディオンの態度を知っているメンバーは報告をする。


「想定外の魔物がいたため探索継続が困難であるという副長の報告書を長に提出して参りました。ですが長は不在でしたので秘書官に渡しました。秘書官殿は状況を重く受け止められたので中止か増援かの判断はいずれ届くかと。長の戻りが不明のため数日待って欲しいとの事でした。長は急ぎの用事で出かけた後に私が到着したようです」

「それが何日前ですか?」

「二日前です。ご指示の通り休みなしでホームに戻りましたので長の指示待ちで当日は待機。翌早朝に戻っておられない事を確認し補給品を積み込んで馬を潰さぬ速度で戻って参りました」

「長の戻りが分からないのが厳しいですね。この件は長と秘書官以外には伝えていますか?」

「ヘザーがいました。何かの交渉帰りだったようでヘザーと秘書官が話し込んでいました。どうやら顧客との渉外の後だったようです。アレは長にも顔が聞きますので同席したまま報告しました」

「ふむ。秘匿している訳ではないですし。アレが知ったのであれば何らかの対処は期待できるでしょう。不安な点は我が将軍殿と折り合いが悪い事でしょうか。アレが動いてくれるのであれば探索中止に動くやもしれませんね。いずれにしても長の判断は待たねばなりませんが。戻りが分からないのは厳しいですね」

「はい、仮に増援が見込めても本日から最低三日は凌がないといけないかと。ですがご周知のようにほとんどの隊が出ておりました。それ程の規模の増援は見込めないかと」

「なかなか困った状態になりましたね。我らが将軍殿は退く気持ちは全く無いようですからね」


 まるで他人事のように無表情で応じるディオン。報告したメンバーは不安を隠せない表情になっている。戻ってきたばかりでダンジョン内の現状を理解できていないのだから不安しかないようだ。

 視線を魔物側に戻したディオンは暫しの思考の後に新たな指示を出す事にしたようだ。


 

「到着早々ご苦労ですがもう一度ホームに戻ってもらいます。特急で戻ってください。長に報告が伝わっているかを確認するのが優先です。長が不在で判断できていない場合はこれから書き上げます書状をヘザーに渡して欲しいのです」


 緊張するメンバーに冷ややかな目を向けるディオン。その口元は冷酷な笑みを浮かべているようだ。

 何を企んでいるのか誰にも分からない。この企みは彼の上司であるネイサンにも知らせるつもりはなさそうだ。薄い笑みを浮かべている。報告したメンバーは背筋に冷たいものが溢れてきているのを感じてきたようだ。


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