黒き疾風 クランホーム 倉庫にて


「うわぁああ。ほんとに何もないんだね。剣と槍関連のストックが殆どないじゃん」


 黒き疾風クランホームの倉庫は資材部のカミラの管理する場所だ。

 内容は多岐に渡り、武器、防具、ポーション、魔石、テント等のキャンプ関連、探索用資材、工具、ダンジョンの獲得物の一時保存等々必要な物は全てあると言って良い。

 これらをカミラをリーダーとした資材部七名で対処している。うち二名はクランホーム外で活動しているため実質五名で膨大な品目を管理しているのだ。

 その品目のいくつかのジャンルが極端に品薄状態になっているのを見てコーディは驚いた声を出していたのだ。隣にいるカミラは手持ちのバインダーに書き込みをしている。

 他の資材部門のメンバーは今倉庫入りした獲得物の仕分けをしてタグつけをしている。ブラッドフォード隊の獲得物は大量だったので忙しく立ち回っているようだ。

 

「そうなのですよ。リッキー隊の方々が強引に武器と防具を持っていくのです。申請書は出しています。私達はそれを見て出庫しています。でも不満なようで結局倉庫まで押しかけて交換していきます。その後でチェックすると申請数より減っているんです。それを修正するのが結構手間なのです。他にも困った事もありますけど」

「それ不味いじゃん。チーフに報告しているの?」

「他の隊でもたまにあるのですよ?コーディの隊だって取り換えていく事はありますよね?」

「あ・・・そうだっけ?あはは。ごめ~ん。申請した後に打ち合わせすると念のため追加や変更の必要が出てくるんだ。やっぱり命かかっているじゃない?・・そっか。そうだよね~、迷惑かけていたのね」

「ですよね?多少の違いはあっても起こりえる事なのです。いちいちチーフに報告する程でも無いのですよ。勿論申請書の修正版の写しは秘書室経由でチーフの所に上がっていますよ」

「え・・そうなんだ。あはは、知らなかったよ~。今度から気を付けようかな~」


 リッキー隊への当てつけが見事に自分に返ってくるブーメランとなり焦るコーディ。それを見てクスリと笑うカミラ。女性同士の会話ではにこやかなカミラだが対男性だと緊張するようだ。何故かコーディは緊張の対象でないらしい。

 それを見たコーディは嬉しそうな顔になる。しばし見つめ合う二人。結構良い雰囲気のようだ。


「大丈夫だと思いますよ。申請書の修正についてはチーフやアイリスさんも大変だねと労ってくれています。そんな時はチーフのポケットマネーでアイリスさんが資材部の女子を誘って食事会に行ってますから。私達も大丈夫ですよ」

「あ~、そうなんだ。食事会、い~な~、僕も行きたいな~」

「駄目です。女子限定の食事会ですから。そんなに女性と食事に行きたかったらご自分でお誘いすれば良いでしょう?」

「な~る。そうだね。時間が合えば誘ってみようかな~」

「でもアイリスさんは無理だと思いますよ。お忙しいですし何よりチーフに好意を持っていると思いますよ」

「それ位知っているよ。そもそもお嬢様は僕らとは身分が違うじゃん。無理。無理」

「では誰を誘うつもりなんですか?既婚者は止めてくださいよ」

「え?カミラちゃんは既婚者じゃないでしょ?」

「ひぇ!?わ、私ですか?」


 ニヒヒと笑いながらカミラを見るコーディ。

 言われた事の意味に気づいたカミラは顔を真っ赤にして変な声を出してしまう。ショートの紫色の髪から湯気がでそうな程の赤さだ。

 バインダーまで落としそうになっている。かなり狼狽しているようだ。まさか自分が誘われるとは思っていなかったのだろう。


「な~に、二人でいちゃついているんだい?そういうのは他の目につかない所でやって欲しいな」


 少し離れたところから二人に向けて声がかかる。

 カミラは恥ずかしくてバインダーで顔を覆ってしまっていた。

 コーディはニコニコしながら声のほうに向けて反応する。


「え~、食事を誘っているだけですよ~。フィリップ先輩やだな~。普通に健全じゃないっすか~」

「俺も健全な男だが。男が苦手なカミラを二人っきりで食事に誘おうとは思わんな~」


 名を呼ばれたフィリップがニヤニヤしながら二人に近づいてくる。

 カミラはバインダー越しにフィリップを見ながら慌てて会釈をする。

 コーディは頭の後ろで腕を組んでニコニコしたままだ。

 

「ふぃ、ふぃ、フィリ・・・」


 緊張と驚きと羞恥でパニックになっているカミラは言葉にならない。ほらねとばかりのコーディ。


「フィリップ先輩圧を掛け過ぎなんじゃないんっすか~?カミラちゃんパニックですよ。元に戻れるかな~」

「圧はかけていないぞ。イチャイチャしているカップルを揶揄っただけなんだがな~」


「かっ、かっ、カップ・・・」


 カミラはまだ真っ赤になっている。それに気づいた資材部の仲間の一人が駆けつけてくる。


「カミラ、大丈夫?フィリップ隊長、コーディ隊長、カミラに何をしたんですか?カミラは男性を苦手にしているのはご存じですよね?」


 ベティはきつい調子で二人の隊長からカミラを離す。


「あ~、君はベティさんだったね。カミラさんとコーディが仲良く話をしていたからちょっと揶揄っただけなんだよ。こんなになるとは思ってなかったんだ。ごめんね」

「そういうのが良くないんです!お二人ともちょっと離れてください!このままじゃ仕事にならないですから!」

「にゃはは~。ごめんね~。全部フィリップ先輩が悪いからね。恨むならフィリップ先輩だよ~」

「おい。いや・・・確かに僕が悪かったか。反省してます」


 コーディにもカミラを動揺させたので若干ではあるが反省すべき。しかしフィリップが不意をついたのが直接の原因なのだ。


「カミラちゃんは落ち着くのを待つとして。フィリップ先輩は何しに来たんすか?」

「うん、リッキーが装備品を荒っぽく使ったのは知っているよね。倉庫空にしたと聞いたからね。流石に資材部だけだときついじゃない?僕の隊は暫く出ないから手伝おうと思ってね。発注位はできるからね」

「あ~、そういう事っすか。僕はそこまで頭回らないっすわ。そこはフィリップ先輩にお任せするっす。僕は持ち還った素材を振り分けの手伝いしま~す」


 フィリップに手を振りながらコーディはカミラ達の所に向かう。カミラはパニックが治まったようだ。

 コーディはカミラに声を掛けている。カミラはペコペコと謝っているようだ。

 そのまま二人で荷だしをしている所に向かったようである。男が苦手というのはコーディ以外の男のようだ。

 ベティはそんな二人を見て頷いた後に持ち場に戻っていく。

 

「なんだ。結局仲良いんじゃないか。普段チャラチャラしているくせに。しっかりとした人選んでるよな。悪い事なないからいいか。ま、あれは暫く様子見だな。関係各所に後で通達しておくか」

 呟きながらフィリップは他の資材部メンバーを探し手伝いにいく。




「あら~、本当に無いんだね。特に剣関係は数本しかないじゃん。本当に壊しまくってくれたんだね。全くあのバカタレめ」


 ブロードソードが数本しか残っていない棚を見つめてコーディが毒を吐く。

 その隣でカミラはバインダー在庫リストをめくりながら数を確認しているようだ。


「はい。一度の探索で多い時は百本に近い数を持っていかれますから。前回探索時に同行されたフィリップ隊長の隊からの報告書待ちですけど相当な数が破棄されます。もう大変です」

「酷いとは聞いていたけど予想以上の被害だね~。モーガン爺さんには追加依頼は出しているんだよね?」

「勿論です。ブロードソード、ロングソードの追加優先でお願いはしています。ですが今度は鍛冶に必要な素材が不足してまして補充をお願いしたのですけど・・・」

「あ~、そういう事ね。それでリッキー隊に素材取りにダンジョン探索させたんだ。懲罰って所かな。それでこっちにも妙な指示があったんだ~」

「妙な指示があったんですか?」


 カミラは在庫を確認しながらリストをチェックしている。

 実際にはサッパー隊が手入れをするために出庫した在庫の半分程度は隊が持っている。従って目の前の棚の状況が全てでは無い。

 それを含めた想定数でも思った以上に在庫は無い。鍛冶部に依頼はしているが翌日に百本の単位が仕上がる筈も無く、カミラは眉間にしわを寄せて悩んでいる。

 その表情をチラリと伺いながらコーディはフォローする。


「んっとね。魔鋼、砂鉄とかあれば優先して採掘してこいって言われたんだよ。武器の数が不足しているから少しでも足しにしたかったみたいだね。十分じゃないけどそれなりにとってきたよ」

「そういう事でしたか。予定していない素材がたくさんあったのでそういう鉱脈を見つけたのかと思っていました。それってチーフの指示ですか?」

「そうだよ。あとで僕の隊はご褒美貰えるのさ。日数制限もあったから結構頑張ったんだよ。褒めて、褒めて~」


 無邪気な笑顔でカミラにアピールするコーディ。仕事以外でカミラに話しかけてくる男性は殆どいない。コーディは軽薄な見た目だ。

 一方、地味で男性が苦手なカミラは陰気と表現してもよい。しかも汚れてよいようにいつも野暮ったい作業着を来ている。

 ある意味正反対なキャラクターだ。なのにコーディは用も無いのに倉庫に来る事が多い。そしてカミラに話しかけてくる事が多い。

 それで慣れたのかカミラもコーディと話すのは苦ではないようだ。

 

「え~、えっと。それはコーディさんだけじゃないんじゃ?ブラッドフォード隊長の隊が頑張って道を作ってくれたんですよね?サッパー隊もコーディさん以外の方達が頑張られましたよね?」

「うわ~、それ言う?そりゃそうだけど。僕がフィリップ先輩から新しい採掘方法のレクチャーを受けて隊に広めたんだよ。ね?貢献しているでしょ?」


 どうしても褒めてほしいようでずんずんと距離を詰めてくる。少し後ずさりしながらもカミラは仕方なく返事する。


「それはそうかもですけど。は~、仕方ないですね。今回探索された方々はとても頑張られました。コーディさん事前に準備して予定外作業が効率よく進むよう頑張られました。エライデスヨ」

「ありがと~。ん~、でも後半気持ち籠って無くない?」


 不満のようだったのでコーディはずすっと距離を詰める。既にお互いの肩は触れ合っている。

 目線をそらせながら真っ赤になってカミラは棒読みを続ける。まだこの距離は慣れていない。


「イイエ。ソンナコトナイデスヨ」


 不満顔ではあるが一応納得をしておく事にしたようだ。ニッコリとしていた顔に戻る。

「ありがと~。次も頑張るよ~」


 笑顔にやられそうになり深呼吸をして落ちつこうとするカミラ。真っ赤な顔で動揺したままでは作業にならない。


「カミラさん、コーディ。ちょっとこっち来てくれ」


 少し離れたところにフィリップがいた。遠距離武器の棚近辺に立っているようだ。何やらジャラジャラと弄っているようだ。

 呼ばれた二人はフィリップの所に向かう。カミラは深呼吸を続けながら落ちつこうとしている。

 


「何すか?フィリップ先輩」

「これ見ろよ。全く数が無い。探索に出たのは俺達が最後だ。その時はまだ三十本はあったと確認している。カミラさん、そうだよね?」

「ジャベリンですね。お待ちください。・・・・・はい、フィリップ隊長へ出庫した後にリッキー隊長が二十六本程強引に持っていかれました。聞いておられませんか?」

「聞いていない。俺達が持ち運ぶ荷物に追加は無かった。しかしリッキー達はジャベリンは一本も持っていなかった。俺が受け取ったジャベリンをダンジョン入ってからまとめて二十本掻っ攫っていった」

「え?それはおかしくないっすか?カミラちゃん、リッキー隊が最後にジャベリンを持ち出したのは確かなの?」

「ええ、ジャベリンだけではないですけど出庫という意味での最後は全部リッキー隊長の隊です。申請書無しでの在庫増減なので、この事はチーフには報告済みです」

「ありがとう。そうか・・・これは一旦サッパー隊が受け取っているモノ全部倉庫に戻した方がいいかもしれないな」

「そうっすね。僕もそう思いました。今の入庫が終わったらすぐやりませんか?なんか気になってきたっす」


 フィリップが険しい顔になる。コーディも何が起こったのか徐々に把握できてきたようだ。

 

「クランの装備を自分達の懐に入れているという事っすよね?」

「可能性の一つだな。カミラさん強引に持って行ったのはリッキー隊の誰だい?」

「確かジーンさんと言いましたか丁寧な口調の方でした。一緒にいたのは背の低い方です。名前を覚えてなくて申し訳ありません」

「リッキー隊ならダニーだろう。そうかリッキーはいなかったという事なんだね?」

「はい。そう記憶しています」


 カミラの話を聞いた後フィリップは何かを考えていたようだ。コーディは少し考え込んだがフィリップに任せると決めたようだ。


「カミラちゃん、ありがとうね。本当にリッキー隊は手間かけさせるね。今の件以外でもいろいろやらかしているからチーフに呼び出し喰らうと思うよ。これからはこんな事減ると思うよ。ね?フィリップ先輩」

「ん?ああ、今回の探索が首尾よく目的を達成しても問題行動をしたら罰則を適用するとケイは言っていた。俺がお目付け役だったからね。少しは隊の風紀は締まると思うよ。カミラさん色々大変だったね」

「ありがとうございます」


 三人の近くにはコーディ隊メンバーと資材部メンバーとの入庫が行われている。今回は相当量の入庫があった。鍛冶に必要な素材は入庫チェックを経てから鍛冶や薬剤の部門に移されるのだ。

 通常の手順による入庫処理だ。

 厳密に管理すれば今回のような問題は無い。手順に拘り過ぎると緊急時等に柔軟な対応ができない。故に資材部門での管理は苦労するケースがある。それが最近増えているようにフィリップは思う。

 

(分からない所で何か起こっているようだね。火元はリッキー隊だろうけど。どこまで広がっているかだ。ケイはこれを把握しているのか?)

 フィリップは一人心配するのだった。



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