ヴァイスシュタインダンジョン探索 リッキー隊


「うおおぉぉぉぉぉ!砕けろ!」


 ロングソードを振り回した切っ先がオークの脳天にめり込む。切っ先はそのまま縦にオークの体を切り裂く。

 オークの骨は固く普通の武器では砕く事はできない。しかしこの剣は容易く骨を砕き、真っ二つに両断する。

 勢いあまってその剣は地面にめり込む。更に力が余ったのかロングソードが弯曲する。

 オークは痛みを感じたのだろうか?それ程一瞬に近い一振りだった。


「ちっ!ボロイ剣だな!」

 舌打ちをした男は背中に背負ったロングソードをもう一本抜く。既に二本破損している。残りの背負った剣は一本だけだ。

 「がっ!」男の背後から悲鳴が聞こえる。男の殺傷可能距離には魔物はいない。次の敵を探すため声のあった方向に向かう。

 目の前には残ったオークの攻撃をいなせずに肩口にダメージを負ったようだ。フルプレートの鎧を装備しているため鎧が歪むだけで済んだようだ。

 但し中身の男自身のダメージはある。あの歪みようでは骨折は確実にしているだろう。男は苦悶の表情だがブロードソードを使ってオークに攻撃を叩き込む。

 体勢が崩れているため十分なダメージは無かったようだがオークとの距離は取れたようだ。その瞬間を捉えてロングソードの男が飛び込む。

「クレイグ!どけ!俺が仕留める」

 クレイグと呼ばれたブロードソードの戦士は攻撃の勢いのまま倒れ込むようにオークから離れていく。

 そこにロングソードの男が飛び込みオークにロングソードを突き刺す。攻撃は大きく開いた口に刺さり貫通する。貫通したままロングソードを上に薙ぎ払う。

 オークの顔は真っ二つに裂ける。この攻撃で絶命しているはずだがロングソードの男は更に攻撃を続ける。

 それを見ていたクレイグはやれやれとばかりに呟きながら立ち上がる。


「エグイ。ったく容赦のない攻撃だな、リッキーのヤツ。相変わらずキレたやろーだぜ。俺も負けてられん。左肩は痛いが他は動く。うむ!狩るぞ!」


 ダメージを受けた左腕をプランプランとしながらクレイグは残っているオークを探す。四体と遭遇し二体は倒した。あと二体。

 一体は槍を持った男がちまちまと攻撃を加えダメージを蓄積させている。あっちは大丈夫そうだ。

 残る一体は小さな男がショートソード二本を巧みに操って攻撃を躱している。が、躱しているだけだ。スカウトである男にはオークを仕留める攻撃力は無い。

 その男の後ろに大柄な男がいるが逃げているだけだ。体はスカウトの男より遥かに大きく肉厚だが魔法使いのローブを羽織っている装備から見ても魔法使いである事は確かだ。

 槍の男は放置だ。既にリッキーが向かっている。スカウトと戦闘しているオークへと向かいダッシュする。


「ジーン!目を潰せ!」


 リッキーは血のりがついたままのロングソードを突きの形を保ったまま走り込む。槍を持ったジーンと呼ばれた男は冷静にオークの攻撃を躱す。その隙をついて槍をオークの片目に刺す。追撃はせず距離を取る。

 指示されたままの行動をしただけだとばかりの行動だ。周辺を確認する距離を取り戦況を確認するようだ。

 目を潰されたオークは咆哮をあげ暴れる。視界が悪くなり手当たり次第に棍棒を振り回す。

 ただの振り回す攻撃に構わずリッキーはオークに突進する。ロングソードは心臓部分に突き込まれる。硬い外皮も貫通する攻撃は熟練の戦士でも簡単な技では無い。魚を捌くように簡単に成し遂げる力と技が尋常でない証だ。

 止めとばかりにオークから抜いたロングソードを横なぎに払い首を刎ねる。

 これで残るは一体。リッキーがオークを探すとオークはダンジョンの壁面に縫い付けられていた。その体にはブロードソードの柄が生えている。

 クレイグが自身のブロードソードでオークと戦いそのままの勢いで岩盤毎貫いたのだった。

 近くにはクレイグが腰にさしたショートソードでオークの手足を落としている所だった。リッキーもゆっくりと近づく。周辺には魔物はこのオーク一体だけだ。


「これじゃお二人の訓練にしかなりませんな。ま、私は余計な戦闘をせずに済んで結構なのですけどね」


 槍の具合を確かめながら男が近づいてきたリッキーに言う。リッキーは獰猛な笑みのままだ。どうやら戦い足りないらしい。


「足りねえ。ジーン。お前だって平和主義じゃないだろうが。俺達にわざわざ獲物を残しているように見えるがな」

「違いますよ。私の技では倒しきれないと判断しただけですよ。オークを真っ二つにしたり岩壁に挿すなんて荒業が誰にもできるとは思って欲しくないですね」

「そうか?そんな事もないだろ」

「そんなもんだ。リッキーもクレイグも十分化け物並みだ。俺に同じことができる訳がない」


 横から会話に入ってきたのはスカウト男だ。油断なく周囲を伺っているが既にショートソードは腰に戻っている。


「ダニーは体も小さく且つスカウトですよ。これでリッキーと同じ事ができたらダニーが化け物ですよ。あなた達二人は十分特別なんですよ」


 話し終わって溜息をつくジーンはリッキーより少し背が低い。だが筋肉の量が圧倒的に違う。ジーンは一般的な男性から少し筋肉が多い程度。腕回りだけならリッキーはその三倍はある。基本的な肉体性能が違う。

 そのリッキーより高く筋肉量が多いのがオークを串刺しにしたクレイグだ。岩壁に刺したままのオークを原型が分からなくなるまで切り刻んでいるのだ。相当な力が無いとできない事だ。


「ま、それぞれ長所があるか。俺にできない事をダニーやジーンはできるしな。だが今回も役にたたなかったのは・・・」

 まだ興奮状態にあるリッキーは逃げてばかりで戦闘に参加していない男に注がれる。ローブを羽織った男だ。

「また、ウォーレスだったな。お前に求めているのは俺達を強化する魔法だ。それ程時間がかかる魔法じゃないんだろ?」


「それは無理だ。いつも言っているが最低限十秒は欲しい。魔法は逃げ回りながら使うものじゃない。せめて盾役を近くにおいて欲しい」

「そんなん自分で作れ。見ての通り盾役はどこにもいない。そのごつい体はなんのためにあるんだ」

「無茶言うな。たまたま体が大きいだけだ。お前たちのような戦闘技術は一切ない。他の魔法使いと同じ程度だ」

「俺の隊にいる以上自分の身は自分で守れ。そして戦闘が終わったら次の獲物を探知するのはお前の役目だ」


 リッキーは睨む。ウォーレスは圧力に負け目を伏せてしまう。そして諦め探知魔法の準備をしていく。


「次の獲物次第だが、もう一回終わったら武器の補充が必要だ。まともな剣がもう残っていない」

「力任せすぎるんだよ。俺みたいに加減しないとな!」


 豪快に笑いながらクレイグが満足したようにブロードソードを少し前まではオークだった塊から抜く。軽くブロードソードを振って具合を確認する。見た目でも分かる程ブロードソードは歪んでいた。

 しかしクレイグには関係ないようだ。次の戦闘でもこのまま使うようだ。クレイグは技も熟練しているが力により重点をおいている戦い方をする。ブロードソードの歪みはハンデとしか思っていないようだ。

 どっちが力任せだよという言葉を飲み込むリッキー。筋肉で語るクレイグとの口論は疲れるだけなのを知っているからだ。


「今探知魔法を使った。しかし今回の探索は魔鋼やウーツ鋼の採集だ。そろそろ採掘場に移動したほうが良いとおもうのだが」


 探知魔法で魔物を探しながらウォーレスは言う。ダンジョン探索を始めてから目的行動を全く取らず手当たり次第に魔物狩りをしているのだ。

 腕試し等という言い方はできるが流石にやり過ぎだとウォーレスは感じていた。

 まっとうな意見を水を差されたと考えたのかリッキーが激高する。


「なんだと!退屈な採掘をしろっていうのか?そんなの後からついてきている回収隊の仕事だ!俺達は魔物狩るのが仕事だ!」


 息まくリッキー。クレイグも同様に力んでいる。余計な事を言うなとウォーレスを睨む。

 このような時はダニーとジーンは中立だ。この隊のリーダーはリッキーだ。耳に心地よい助言以外を受け容れない以上ウォーレス側に回っても意味がない。かといって目的を放置してまで魔物狩りはしたくない。よって中立になる。

 ダンジョン探索は力と勇気と知恵が必要とウォーレスは考えている。

 リッキーやクレイグは力と勇気しかない。他のメンバーは知恵ある筈だ。敢えて表面に出していないとウォーレスは思っている。その分自分が知恵で補助しないといけないと思っている。

 しかし肝心のリーダーが聞き入れてくれない。

 それにしても回収隊とはなんという表現なのだろうとウォーレスは思う。

 サッパー隊はダンジョン探索の生命線だ。武器の供給、探索の補助等様々なサポートをする隊である。倒した魔物から素材を取り出す事、各種採集もサッパー隊なければできない事だ。

 少なくても対等な存在として探索を進めないといけないのだがリッキーは分かっていないようだ。他のメンバーも同様だとウォーレスは思う。

 魔物の探索を継続しながらウォーレスは暗澹たる思いになってしまったようだ。この隊はどこかで何かを間違えてしまったのかもしれない。その切っ掛けがウォーレスには思い当たらなかった。

 魔物を倒す実力を欲しているのはウォーレスも同じだ。その意味でリッキー達は自分の希望に合う相手だと思っていたのだ。

 しかし現状は思った通りにはなっていない。探索目的を放り出して魔物狩りをしているだけなのだ。最早楽しんでいると表現しても過言ではないかもしれない。

 近くに魔物を探知できた。ウォーレスは思う。探知できた魔物は目的場所への通路ではない。このまま放置しても問題ないのではないかと。

 逡巡している所に後方から声がかかる。


「おいおい。これは一体どういう事なのかな?随分とルートを逸れていないかい?採集場所にも向かわず魔物狩りをしている理由を聞こうか?」


 マントを羽織った長身の男性が見えて来た。皮鎧を内に着込んだ最低限の装備だ。手には刃渡り五十センチを超える長包丁を持っている。

 普段は穏やかな表情であるが今はイラついているようにウォーレスは思った。ルート通りの探索をしていないのだ。穏やかな心ではないだろうと思ったようだ。

 しかしリッキーはどこ吹く風で言い返す。


「よう、フィリップさんかい。遅かったじゃないか。さっさと素材でも回収してくれよ。俺達は次の獲物を見つけたら移動するからな」

「ほう・・・・。こんなボロボロになった魔物からどんな素材が取れると思っているんだい?他の探索隊は少なくても素材が取れる状態で倒してくれるんだが」

「そんなの知った事じゃない。俺達は命を張って戦っているんだ!安全なとこで待機しているあんたには分からんだろうがな。上手く回収するのがあんたの役目だろうが」

「成程ね。リッキー隊は後方支援する僕達サッパー隊は召使と考えているのかな?ちなみに探索内容の報告書は君が言う所の召使である僕が作成するというのは分かっているよね?」

「そんな事分かっている!前任の召使と同様きちんと俺の功績をチーフにきちんと伝えておけよ!」

「大丈夫だよ。僕は自分で見たことをそのまま報告するだけだから。それが誰に良いのか悪いのかは受け取った人達がどう考えるかだよ。それで採集場所にはいついくのかな?いつまで経っても採集場所に向かわなかったと報告するよ」

「なんだと!それはどういう意味だ!」

「そのままの意味ですよ。『リッキー隊は探索目的を放置して魔物狩りに忙しかった。剣、防具等の破損も激しく探索を断念する可能性がある。』と、現時点の報告書に記載するならそうなるかな。これは間違いの無い事実だね。それくらい自覚あるよね?」


 飄々とした態度でリッキーの睨みを躱すフィリップ。優男ばりの柔らかい顔をしているが胆力はクラン内でも上位にある。この程度の威圧で怯むフィリップではない。

 逆に今回の目的を逸脱している行動を取っている事をきちんと報告すると脅しを込めている。脅しといっても本人がどう受け止めるかだが。

 案の定クレイグはフィリップに食い掛るつもりでいたようだ。ジーンは言葉の意味を理解したようで必死にクレイグを止めている。嫌々ながらもウォーレスも抑えに回っている。

 ダニーは殺気丸出しで隙を見つけたら掴みかかりそうな不穏な態度を取っている。見た目冷静に見えるがとんでもない思考回路を持っているようだ。報告される前に殺すつもりなのだろうとフィリップは内心冷や汗をかいている。

 一方のリッキーはフィリップの嫌味を正しく受け止めたようだ。怒りを収めやや冷静になったようだ。それでも納得はしていないのが見え見えの態度だ。


「ちっ!確かに採集が今回の探索の目的だ。チーフにも挽回すると言ったばかりだからな。仕方ない採集場所へ向かうぞ」


 リッキーはウォーレスを呼び寄せ最終場所への経路を確認するよう指示する。リッキー達で唯一このダンジョンのマップを記憶しているのはウォーレスだけだ。

 今の地点から最短での経路を思いだす。しかし相当遠回りになりそうだ。ウォーレスは遠慮がちにフィリップに尋ねる。

 

「フィリップ殿。俺の記憶だと進んできた通路を戻るのはかなり遠回りになります。こちらの南側の通路のほうがまだ近いと判断します。どうでしょうか?」

「それを僕に聞くのかい?全く君達は勝手気ままに進んできたのかい?せめて採集場所に向かって魔物狩りをして欲しかったんだけどね。もう仕方ないか。ルートについてはウォーレスが思う通り南側だね」

「確認ありがとうございます。探知魔法を使って進みますので少し迂回するかもしれませんが基本的には南側予定ルートを辿って採集場所に急ぎます」

「そうして欲しいものだね。探索日数だってあるんだからね。あ、リッキー隊の皆に伝えておくけど。予定ルートならもう到着しているからね。ここから南側ルートでも結構遠回りだから三倍時間がかかるルートだよ。これもきっちり報告書に記載するからね」


 フィリップの言葉にリッキー隊の四人は各々の反応をする。掴みかかる所まではいかないのである程度は自制心があるようだ。

 言い返したいのだが不利になると判断してくれたようだ。聞こえない程度の音量で何やらブツブツ言っているが無視だ。ある程度素直になったのだから結構な事だとフィリップは思う。

 少しはブレーキ役になれたかと思ったようだ。そして今回の探索のサッパー隊として同行させたクランのチーフであるケイジに心の中で毒づく。


(ケイジ。こいつら最悪だよ。お前、こんなに酷いと思っていたのか?再教育どころの話じゃないよ。酷いもんだよこれ)


 内心の苛々を隠しフィリップは冷めた目でリッキー隊を見つめる。リッキー隊は南側の通路に入っていく。残されたフィリップは倒されている魔物達を見回してため息をつく。


「隊長。遅れました」


 フィリップが後ろを振り向くとサッパー隊メンバーの一人が追い付いてきたようだ。表情は既に疲労困憊という感じだ。


「仕方ないよ。あれだけ好き放題に暴れてくれたからね。取れる素材は少ないしね。武器も使い捨てのように放置されているし。ここも見た通り悲惨なもんだよ」

「あ・・・。なんなんですかこれ?酷すぎる。あり得ない。この隊は何を考えているんですか?それに武器の損耗も尋常じゃないですよ。ダンジョン探索の常識ないんじゃないですか?」

「全くだよね。この隊は完全にヤバいよね。ルーキーだから多少手心加えようと思ったけどね。そんな気持ちは全く無くなったよ」

「当たり前です。言語道断です!絶対に手心加えないでくださいね。それに我々サッパー隊の扱いも最低ですよ!召使だと思っているんですかね?」

「あはは。正解だよ。彼らは僕達を召使と思っているようだよ。さっき散々言われたよ。君がいなくて良かった。一応仲間同士での諍いは裂けたいからね」

「な・・・本当なのですか!体調になんていうことを!本当に許せない隊です!私の意見もきっちり報告してくださいね!もう二度と同行したくないです!」

「まあ、落ち着きなよ。怒っても何も得をしないよ。冷静に、冷静に。僕達サッパー隊は常に冷静が任務だよ」


 沸騰するメンバーを宥めるフィリップ。それでも憤りはやまないようだ。そんな様子を見てありがたいと思うも、冷静に戻って欲しいと願うフィリップであった。

 

(前回の探索は大変な事になったとケイジから聞いているしな。今の所ダンジョン施設は破壊されていないようだからそこは安心だけど。思った以上に時間がかかっている。僕の隊まで予想外の事に疲労しているし。嫌な予感しかしないんだよね)


 今回の探索目的を達成できるのか不安が拭えないフィリップであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る