第五話

 一ヶ月もしない内にラオーシュから魔石の代金が届けられた。

 俺の予想では二ヶ月はかかると思っていたのだが、どうやらアレクが急かしたようだった。王都へ出かける度に魔術士会へ顔を出していたのだから、相当なことだっただろう。

 ラオーシュも大変だな。俺は心の中であいつを憐れみつつ、くすりと笑った。


 それらの代金を集めて、アレクのための防具を作成した。

 今日はそのささやかなお披露目会を、俺たちの家の居間で執り行う。


「エル、とても似合ってるわ」

「本当? メディアナ、ありがとう」


 エルはメディアナの称賛を受けながら、くるりと回ってみせた。白を基調にし青のラインを入れた治癒魔法士用のローブがふわりとする。

 可愛らしいエルにとても似合っていた。


 エルは治癒魔法士として治療院に通い、治癒の対価を貯めて準備をしていた。

 それを資金とし防具を購入したのだ。

 ただ密かに防護結界や浄化の紋様が描かれている様を見るに、エルが把握しているよりも金のかかった装備のようだが。


 低ランク冒険者に、防護結界とは。柄の悪いやつにバレたら絡まれるぞ……。

 しかも、白なんて汚れたら大変だろうと思っていたが、汚れ防止に浄化を刻んだというわけか。

 メディアナ、金かけすぎだろ。


 俺が心の中でメディアナの過保護っぷりに溜息をついているところへ、真新しい装備を身に着けたアレクが様子を窺うように覗き込んできた。


「ヴァル、俺は?」


 小さな声でぽつりとつぶやき、紫がかった青色の双眸がじぃっとこちらを見上げてくる。


 アレクは、濡羽色の革とつや消しされた金属製の胸当てで作られた軽鎧だ。

 左肩と両腕に同じ金属で装甲が付けられている。腕で攻撃を凌ぐこともできるし、シュヴァルツを止まらせることもできるだろう。

 腰にロングソードを帯び、背中には小型の円盾、黒みの強い鈍色の外套を羽織っている。

 なかなか様になっていた。


 この鎧に使用した革は、アレクの鞘を作るために俺が狩ってきた小型のドレイクの皮を使用している。

 残り物ではあったが、少し早い誕生日プレゼントとしてアレクに贈ったものだ。防具の材料に使ってほしいと。

 メディアナには「もっと雰囲気のあるものを贈りなさいよ」と言われたのだが、当のアレクが喜んでいるのだから良いのだと言い返してやった。

 それがこの鎧になったのだから、贈った甲斐があるというものだ。


「似合っている。かっこいいぞ」


 そう褒めて頭を撫でてやると、アレクは満更でもない顔をして誇らしげだった。

 胸当てやロングソードに視線を落とし、愛おしそうに撫でている。


 身長が伸び手足も伸びたアレクには、ショートソードでは短くなったため、去年ロングソードを誂え直した。

 初めて贈ったショートソードと同じデザインで、同じく王都一の工房の筆頭職人ヴィンダブルに作ってもらった質の良いものだ。彼の師匠は俺の武器――つまり先代の勇者の剣を作った鍛冶師で、次代の勇者の剣を作るなら彼だろうと依頼をしたのだ。

 今回も良いものを作ってもらえて本当に良かったし、感謝もしている。

 使い慣れた剣は、これからも冒険者となるアレクを助けてくれるはずだ。


 アレクの立ち姿は凛々しく自信に満ち溢れていた。

 こうやって見ると、もうすっかり一端の剣士だな。


 おそらく次に誂える剣は、魔王を討つためのものとなるだろう。それもヴィンダブルに頼むつもりでいる。

 どのような逸品ができあがるのか、今から楽しみだ。


「ヴァル、あなた奮発しすぎじゃない?」


 メディアナが、俺の脇腹を肘でそっと小突いた。


「何が」

「剣と円盾よ。防具は自分で出させるからって、残りにあんなにすごいものを」


 自分のことを棚に上げた彼女は、呆れたように言った。

 あー、まあ見たら分かるか。


「剣の宝石は大きなサファイアだし、年代物の魔宝石でしょう? 円盾には何か強い素材を使っているわ」


 そうだ。

 どちらも俺がダンジョンに潜って手に入れてきた特級品の素材を用いている。


 メディアナが魔宝石と呼ぶ石は、宝石が魔石化したもので、魔法石、魔宝石、魔晶石などと呼ばれ価値が高いとされているものだ。

 色は、宝石の元々の色だけでなく、中の魔力の色も作用し、貴族憧れの逸品となり得るのだ。もちろん、実際に地中深くや魔力溜まりに埋もれていたものは、容量の大きく魔力の作用がよい石になる。宝飾品としての価値だけに留まらない。


 この青い石は魔力溜まりに浸っていた財宝から取り出したもので、宝飾品になってからの魔石化だが、成り立ちに序列は存在しない。しかも少々特殊な魔力溜まりからできたものだから、かなりの力を秘めている。

 その上、無色の自然魔力を含んでいるから、引き出した魔力は何にでも使えるときたものだ。

 なかなかの物を手に入れることができて本当に良かった。


 円盾の方は、若いドラゴンの鱗を仕込んでもらっている。これも魔力の伝達に一役買ってくれるし、防御や耐性にも役立つだろう。

 正直、駆け出しの冒険者が持つものではないのだが、見た目だけは地味にそれっぽくしてもらった。どうせ同ランク帯の冒険者たちにバレることはないのだから。


 その話をすると、メディアナはほとほと呆れ果てたといった顔で頭を振る。


「あんたが親馬鹿で過保護だということは、よーく分かったわ」


 そうして、大きく嘆息した。

 お前に言われるのは心外なのだが。

 それに自分で取ってきたのだから、タダなんだぞ。


「でも分かるわ。何を持たせたって、何をしてあげたって、心配だもの」


 本当の母親のような顔をして、メディアナは小さく笑んだ。紫紺色の瞳は穏やかに二人を見つめている。可愛らしい赤髪の少女は、確かに大人になっていた。

 十五年の時は人を変え成長させる。

 俺は寂しくも嬉しい気持ちになりながら、彼女の言葉に続いた。


「こんなに喜んでくれるなら、やりがいもあるしな」


 目の前の二人はお互いに褒め称え合い、装備の見せ合いをしている。

 自分で貯めた金で自分の装備を買い、それを身に着けて冒険者になる。

 楽しみで仕方ないのだろう。それに、夢と希望に溢れた話だ。


 俺が満更でもない顔で見守っていると、転移陣部屋の扉が大きく開け放たれる。

 共に漏れ出た魔力の残りが、こちらの部屋にも溢れてきた。

 この新緑の森を思い出させる魔力は――。


「お邪魔するよ!」


 明るい声で入ってきたのは、ラオーシュだった。

 白金の長い髪をゆったりとなびかせて、足早に歩みを寄せる。普段着ではなく、黒を基調とした宮廷魔術師の正式ローブを着ていた。職場を抜けてきたのだろう。

 今日について声はかけていたのだが、用で来れなくなったのかと思っていた。


「わぁ、まだやってた。間に合ってよかったよ!」


 二人の晴れ姿を認め、喜びに翡翠の瞳を細める。

 俺たちと数言交わした後、二人へと視線を戻してあれやこれやと称賛した。ここがいいとか、これが似合ってるとか。それから、こういう冒険者になるだろうとか、どういう活躍をするに違いないとか、彼らに対する期待を打ち明ける。

 素直に喜ぶエルと、徐々に気恥ずかしさに侵されていくアレクは対象的だった。


「二人の名が王都にも流れることを楽しみにしているね」


 そう言いながら、ラオーシュは二人の手に何かを握らせる。


「これは?」


 エルが手のひらを開きながら、不思議そうに見た。

 翡翠を施したペンダントのようだった。

 アレクも、自分の手に握らせられた同じものをまじまじと見つめて驚いている。


「なんかこれ、すごいやつだ……」


 ラオーシュから贈られたそれは、精霊石と呼ばれる高位の魔石だった。

 宝石が魔石化した魔法石の類よりも更に上、性能も価値も希少性も高いものだ。


 エルフの得意とする魔法は、俺達のように言葉や魔法陣で紡がれるものだけではない。精霊魔法と呼ばれるそれは、自然や大地に宿る精霊の力を借りるものだ。

 その精霊の力を少し借りて魔力と共に石へ込めたものが、精霊石だ。

 しかもこれは、翡翠に風の精霊の力を宿している。

 同じ色を寄せたそれは、そんじょそこらのものとは比べ物にならないくらい価値のあるものだ。


「ラオーシュ、こんな価値の高いものを!」


 メディアナもわかったのだろう、慌ててラオーシュを見る。

 ラオーシュは、メディアナと俺の顔を見つつ答えた。


「翡翠は僕の守護石だし、風の精霊は僕の守護精霊だ。これはきっと二人を助けてくれるよ」


 そう言って優しい笑みで二人の頭を撫でる。


 損得などない。

 ただ心から贈りたいと思ってくれたのだろう。

 ラオーシュらしい柔らかな笑顔がそれを物語っていた。


「ありがとう、ラオーシュ」


 子供たち二人の声が、礼を伝えようとして自然と重なる。

 その言葉に応えて微笑むラオーシュは、とても満足そうだった。

 そして足取り軽く再び転移陣へと向かう。

 俺は友に心から感謝を伝えた。メディアナも続く。


「ラオーシュ、ありがとう。感謝する」

「ありがとうね、ラオーシュ」


 ラオーシュは「僕からの気持ちだから気にしないでよ」と軽く答え、手を振りながら消えていった。

 本当に忙しい合間を縫って駆けつけてくれたのだろう。

 感謝だけでは足りないなとつぶやく俺に、そうねとメディアナが同意した。


 そんなサプライズもあったお披露目会も終わり、俺たちは数日の内に一度王都へ顔を出した後、冒険者になるべく旅立った。

 アレクとエルはパーティを組み、俺は二人の面倒を見つつソロで冒険者稼業を再開することにした。シュヴァルツも一緒だ。

 辺境の家は、ラオーシュとメディアナがたまに見てくれるし、定期的に転移で帰ってくるという手筈になっている。森の掃除もしているし、冒険者ギルドにも不在は伝えてある。村も大丈夫だろう。


 俺たちが目指すは、初心者の街グリュンフェルト。

 そこで二人は冒険者となり、パーティメンバーを集め、自身のレベルと冒険者ランクを上げていくのだ。

 二人がどんな活躍をするのか、俺は楽しみで仕方なかった。

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