冒険の物語
第一話
アレクが我が家に来てから、あっという間に五年の月日が流れた。
俺の可愛い息子となったアレクは、十三歳になっていた。
勇者教育に使える期間の半分を費やし、アレクはどんどん強くなった。
細かった体は鍛えられ、背はどんどん伸びている最中だ。剣の腕もなかなかのもの。幼さの残る顔は精悍さが増し、意志の強さが垣間見える。都合をつけて連れて行った王都では、多くを学び吸収し身につけた。
良き大人に囲まれ、エルとリーンという幼馴染もでき、なかなか良い環境で過ごせている。
過程としては順調だ。
このままいけば、優秀で勇敢な強い勇者となれるだろう。
俺はそう思っている。
自信を持ってそう宣言できる。
――性格以外は。
あの晩を経て更に打ち解けた俺たちは、充実した日々を過ごした。
しかし、何故かはわからないが、いつの頃からか俺に対する当たりが少々厳しくなったのだ。あと口が悪くなった。
俺には心当たりなどない。
思春期なのか反抗期なのかと周りに相談したものの、何も改善することなく今日を迎えているのであった。
ちなみに周りに対しては、口も愛想も悪いが俺に対するほどではない。また忠告も苦言も聞くし、良くしてくれる人物にはとても真摯だ。
どうして俺だけなんだ……。
悲しみに打ちひしがれる俺は、子育ての失敗を毎日のように女神へ嘆いていた。
鍛えて強くはしているのだから、褒美にもう少し円満な家庭にしてほしかった。
今からでも奇跡を授けてほしい……。
渋々起き上がった俺は、寝巻から着替え、顔を洗い、食卓へと向かった。
俺は気分的にはまだ若いつもりでいるが、もう三十路。もう少しゆっくり寝かせてほしい。
台所からは、朝食のよい香りが漂っていた。
軽くあくびをしながら、椅子を引き座る。
「お、今日はオムレツと野菜スープか」
「肉が少し余っていたから、ひき肉にしてオムレツに入れた。青菜は足が速いから多めに使ったぞ」
アレクが食事を運びながら説明する。
食事担当は交代制になっており、今日の朝食担当はアレクだ。
器用なアレクはなんでも上手くにこなし、作る飯もうまい。
もっと小さな頃は俺も手伝いに隣に立っていたが、それもすぐ不要となり、アレク一人で作れるようになった。火や刃物の扱いに問題がなければ俺が隣にいる必要はないのだ。
まあそれでも、焦がしたり煮込みが足りなかったりといった失敗はあったし、味がまちまちでものによっては水がないと食べれないものもあったのだが。
それでもアレクが作ってくれたのだと思えば、何でも美味かったものだ。
アレクが食事を運び終わったら、俺は水差しから水を移しそれぞれに配る。
アレクはそのまま向かいの席に座った。
銀色の髪がさらりと揺れる。少し伏せた瞳に長い睫毛が影を落とした。
「今日の糧を女神に感謝する」
アレクが女神に祈る。
それに併せて俺も手を組み、女神に感謝した。どうこう言いながら、毎日平和に過ごせているのは真に女神のお陰なのだろう。
「アレクも朝飯ありがとうな」
「別に……、当番だし」
アレクはそっけなく答え、フォークでオムレツを崩す。
俺も、オムレツから手を付けた。
アレクの作ったオムレツを口に運ぶ。
柔らかくふんわりとした口触りと、甘みのある卵の味が口に広がる。ひき肉と青菜の味も食感もよい。
俺はオムレツをよく作るのだが、アレクのオムレツも俺の好きな味になった。同じ味でもアレクが作ってくれたものの方がおいしい。
人が作った飯のうまさというものを理解した気がするな。
「なぁ、ラオーシュから貰った
俺がオムレツを満喫しながら思いを馳せていると、アレクが話を切り出した。
アレクは、武技の訓練以外に、魔法を学び魔力を運用する訓練を続けている。
魔法は序盤の座学の後は実技がメインで目に見えて成果が出せるが、魔力運用は地味な作業だ。自身の中で魔力を循環させ捏ねたり、他人と魔力を流し合ったり、今回のように空の魔石に魔力を詰めたりする。黙々とする地味な作業だし、基本的な部分は簡単ではあるので余程の成果が出ない限りは成長は目に見えない。
それでもどれくらいの魔法が使えるようになるかは、魔力運用にかかわってくるため馬鹿にできない訓練だった。
「一通り入れ終わったから、質の確認をしてほしい」
「ん? 俺でいいのか? ラオーシュに見てもらった方がいいんじゃないのか」
「お前がやらなきゃいけないんじゃねぇの」
俺の疑問に、アレクはつまらなさそうに返す。
まあ、そうか。確かにそうかもしれない。
「なら後で確認しておこう。属性としてはどれくらいできた?」
「薄黄色が多めで、赤と黄色はあった」
「あぁ、やはりアレクは光属性が多いのか。ラオーシュからも報告は受けてる。赤と黄色なら炎と雷だな」
魔法の属性に合わせて魔力の練り方は変える必要があるのだが、空の魔石に魔力を込める時は、意識して込めないと得意な属性に偏りがちだ。魔法は詠唱や魔法陣で属性を補助できるが、魔力をただ込めるだけの魔石相手だと難しかったりするのだ。
「うーん、いずれ旅をすることを考えると、水魔法は使えるようになった方がいいな。理想は……、全属性なんだが」
水魔法はどこででも水が出せる、その一点が他の魔法の追随を許さないほどに便利だ。水場の無い野営でも手が洗え、水の補充ができる。ダンジョンの奥地で水の残量を気にしなくてよいのだ。水生成は、冒険者にとって最強の生活魔法の一角だろう。
「ヴァルは? ヴァルはガキの頃、どれくらいできたんだ」
「あー、俺のは参考にならないぞ」
そう断ってから、学び始めて早々に全部できた話をすると、眉根を寄せながら呆れたというか不可解というか、なんと表現するのが正しいか分からないような顔をした。
「なんだ、その顔」
「お前に聞いた俺がバカだったなっていう顔だ」
女神から次代の勇者の師に任命された俺だったが、当たり前のように俺一人で教えられることには限界があった。
俺が身につけていること、実際に体験したことは問題ない。
だが教えてもらったことを全て卒なく教えるなんて無理な話だ。
そこで俺が考えたのは、俺が再び座学や訓練を受けることだった。
俺はガキの頃のように、先生たちから座学を受けた。昔の先生だけでなく、新しい先生も紹介してもらった。ここ十年以上で変わったこと増えたことも多く、俺自身も学ぶことが多い。
先代相手とは言え、勇者教育に携われると皆乗り気でとても助けられた。
それをアレクは隣で一緒に受ける。
分からないことは、俺に聞く。俺に分からないことは、俺が担当の先生に尋ね教わる。それもアレクは隣で見聞きする。
そういう形の座学となった。
体を動かす訓練も同様で、俺の訓練に同行し俺を見て学ぶ。
アレク自身の訓練は、俺相手か、手合わせや自主訓練を主体とした。
これなら共に切磋琢磨しているのであって、相手に教わっているわけではないからだ。
アレクは俺についてきて俺を見て学ぶ。
全てにおいて、あくまでも教わるのは俺からだという体を取ったのだ。
これを最初に話した時、ラオーシュはほとほと呆れ返っていたが、メディアナには大変好評だった。
「ヴァルや皆が頑張ったのに強すぎるから駄目なんて、私まったく納得してなかったのよ。勝敗の存在する戦いにおいては、どうあっても負けることがあるということを魔神や魔族たちに知らしめてやりましょう」
彼女は、アレクは絶対に強くなるわよと高らかに宣言し、早速伝手を当たってくれた。
持つべきものは友だな、“苛烈の”メディアナよ。
そう言えば、皆との訓練が軌道に乗り始めてからだったな。
アレクの様子が変わったのも。
外の世界に触れて色々思うことがあったのだろうな。
俺に甘えてちゃいけないとでも思ったのか。
まさに思春期、親離れなのかもしれない。
急に合点がいき、寂しさの中に少し嬉しさを見出したような気がした。
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