女神の青 第三話
ラインハルトとラオーシュに相談した数日後、俺はレオミュール王国にある南トーカ廃都市遺跡群に来ていた。
その遥か深層の回廊を歩いている。
古代遺跡とは名ばかりに、煌々と照らされた通路を進んでいく。
ここは、魔力を通す網目のようなものが張り巡らされていて、そこへ魔力を流すといろいろな作用が起こるんだ。この通路の明かりもそれの一環というわけだ。
ここは人の出入りがなく、昔のままの状態だ。
今日は、その奥にある大きな格納庫のような所を目指している。
以前ここへ来たのは十二年も前のことだから、いきなり格納庫に転移するのは憚られた。何がいるか分からないから、大事を取ったのだ。
薄れかかった記憶を頼りに、更に奥へと進んでいく。
魔力を流し重い扉を押し開けて、広く開けた場所に出る。
目的の格納庫だ。
ここは大型のゴーレムが保管されていた場所なのだろうと考えている。
古代遺跡はゴーレムに守られている箇所が多く、大小様々な種類がいた。
それを考えるに、この広く天井の高い格納庫は、大型ゴーレムを置いておく場所だったのだろうと考えられた。
と言っても調べようがないから、分からないままなんだけどな。
通路とは別に明かりが管理されているのか、中は薄暗かった。
そのまま、静かに中へと入り込む。少し歩くだけで埃が舞った。相変わらずここからは人の出入りはないようだな。
ああ、さすがに十二年放置すればいるか。
小さく溜息が溢れた。
腰の剣に手をかけつつ、ゆっくりと前方へ歩みを進める。
前とは違う色だ。
大きさも一回り、いや二回りは小さいか。
俺の倍もないだろう。
まだ子供だな。
俺は気配隠蔽を解き、声を張った。
「この縄張りの新しい主はお前か」
俺の気配を感じ取ったのだろう。
俺が声を出す前に素早く顔を振り上げたそれは、大きな牙を剥き出して唸った。
凄まじい怒気が辺りを支配する。
金の瞳は警戒と怒りに熱を帯び、青の鱗の隙間からはあらゆるものを燃やし尽くさん覇気が漏れ出る。
はは、小さいとは言え、さすがドラゴン。
だが、その程度ならなんてことはない。
俺は少しだけ手加減して、威圧をかけた。
倒しに来たわけじゃない。
ただそこら辺に転がっている宝石を見に来ただけなんだ。
俺の、目には見えない、しかし体を押し潰さんばかりの威圧を受け、青い鱗の主の怒気も覇気も霧散する。一歩一歩ゆっくりと近づけば、消えた熱気が怯えに変わっていくのが分かった。
賢い子は嫌いじゃないぞ。
「俺は前の主を討ち倒した者だ。この縄張りを求めてきたのではない。話は聞けるか」
低い声で声を通らせると、小さな唸り声と共に『分かった』と返事が聞こえた。
ドラゴンは知能が高い。俺の言っていることは伝わっているようだ。
ドラゴンは喉から出る声では俺たちとは会話はできない。魔力を使った念話を用い、魔力を介せば言語が違っても対話できる。それで返事を返してきたのだ。
「賢さは身を守ってくれる。お前の選択は必ずお前を助くだろう」
そう言った後、ゆっくりと威圧を消した。
『なんなんだ、お前……』
警戒と不審と不安と、様々な感情が混ざった中に僅かな好奇心が見え隠れする。
俺が近寄っていくと、静かに体を横たわらせた。
首をもたげて俺の動向を探っているようだ。
『ただの人じゃないな』
「そういうお前は竜の神子だな。何故こんなところにいる」
青の鱗に金の瞳。
竜の中で女神の信託を受ける個体が授かる色だ。
青は正に女神と同じく、空のように青く、海のように青い。
そしてその青の
それが竜の神子に与えられる色だった。
ブルードラゴンの青色とは根本として色が違う。
本来なら竜の孤島で蝶よ花よと育てられる個体のはずなんだが、なぜここにいる。
『私は竜の神子の色をしているだけで、神子ではないのだそうだ。今の女王が私を島から追い出した』
あー、なるほど。
今代の王は、雌の個体だったか。それなら少し混沌に寄って、女神を遠ざけようとしているのだな。雌のドラゴンは、まあなんというか、気性が荒いことが多い。
「お前は神託を受けたことはないのか」
『神託、は、よく分からない』
そういうことか。
この神子はまだ力が覚醒していないのだな。それでそのまま追い出された。
神子として覚醒していれば、圧倒的な王者の相で他のドラゴンどもを従え、女王の圧力を跳ね返すことができただろう。どんなに若い個体だったとしてもだ。
あの女神のつぶやきが聞こえるのを良しとするかは人それぞれだが、それによって与えられる恩恵を損ねるのは、面倒な能力の与えられ損となるだろう。
「少し魔力を流してみてもいいか?」
『私に断る権利があるとでも?』
神子は顔を眇めて不審げに俺を見る。
そう思うのは仕方ないか。
先程のやり取りで、すっかり力関係ができてしまったようだしな。
「もちろん断っても構わない。正直なところ、女神の使徒たるは、必ずしも良いことにつながるとは思えんのでな」
俺の言い分に、金の瞳をやや伏せ思案しているようだ。
『いや、頼むとしよう。私がどのような力を与えられ、どうあらんと求められたのかは知っておく必要があるだろう。拒む理由がない』
「そうか、分かった。失礼する」
一言断ると、まだ薄っすらと熱を残した青の鱗に手を触れる。細い線を辿るように、青いドラゴンの生体魔力を読んでいく。これはまだ魔力の流れが通りきっていないようだな。
狭くて硬い箇所を解すように、魔力の熱を循環させていく。
こいつ、ドラゴンのくせに、魔力の導線が雑すぎないか。そりゃあ、女神が言葉を降ろそうとしても降りないわけだ。
ドラゴンの牙の隙間から、熱気を帯びた呼気が漏れる。
体温が上がってきている。
生体魔力が活性化し始めたのだろう。もう少し練り上げれば、後は自分でできるようになるだろうな。
そう思って、残りの作業を終わらせようとした時。
がふんっと大きな音がしたかと思うと、大きな口が俺に向けて開かれていた。
こいつ、やりやがったな。
そのまま、熱い呼気と共に強烈な魔力と計り知れない灼熱が吹き出した。
――
俺が魔力循環をしている隙に吐き出しやがった。
しかも、俺の循環のお陰で魔力の通りは良くなっているわ、魔力自体は活性化してるわで、こいつにとっては今までの何倍以上も強いブレスが放てたことだろう。
『くくく、私の前で隙を見せるからだ。まあ、この言葉も届いておらぬだろうがな』
「届いているから安心しろ」
ぺっぺっと服の埃を払う。俺が防御結界を張れないとでも思っているのか。ブレスは防いだものの、その余波で埃を被ってしまった。あまり汚して家に戻りたくないんだがなぁ。
熱波と炎が消え去り、徐々に煙と水蒸気がはけていく。
互いに姿を認めることができた。
相手は金の瞳を大きく開き、口端からブレスの残滓を溢しながら俺に向けて唸り声を上げた。
『なんで生きてるんだ、……なんでだよ!』
ああ、やっと口調が崩れたな。
ドラゴンって種族は難しい言葉を使えば小さい種族から偉く思われると思い込みがちだから、堅苦しい言葉を使うことを好む。
でもお前、まだ子供だろ。そのがたいで年長者を気取っても無駄な背伸びだ。
俺は一呼吸して、天井しか見えないが天を仰ぎ、声をかける。
「サフィーア、なんとかしないとお前の大事な竜の神子を、お前の元に送ってしまうぞ」
それを言った途端、神子が瞠目し瞬きし、俺の方を信じられないものを見るような目で見つめた。
『女神だって名乗る女の声が、お前に手を出したら粉微塵の塵芥にされて消え去っちゃうから……、喧嘩を売るのはやめてって、言ってる……』
「くっ、くはは、もっとマシな説明はないのか、サフィーアよ」
思わず笑い声が溢れる。
『歴代の勇者と魔王合わせても一番強いし、なんなら今まで見てきた生命の中でたぶん最強だから、お願い死なないでって……、泣き出した、んだが……』
様が浮かんで笑ってしまう。
『お前! なんとかできるなら、泣きやめさせろ!』
「分かった分かった。……サフィーア、殺さないから泣いてやるな」
俺が少し穏やかに虚空へ語りかける。
しばらくすると竜の神子は小さく安堵の溜息を吐いた。
『泣きやんだ……』
「それは行幸」
『お前、なんなんだよ……』
「俺はただの勇者だよ」
『ただじゃないよそれ……』
青いドラゴンは項垂れるように首を振った。
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