3日目 散策と人機⑤

 思わぬ事実に乾いた笑いを零すと、その場にへたり込んだ。



「元々ある物を仕舞うだけなんて……こんなのは、買い物なんて言わない」



 ただの茶番だ。


 苦悶の表情で真っ白な床を睨み付けると、小さく握りこぶしを作った。


 どうやら、この世界では【何かを対価に物やサービスを買う】という【等価交換】のことわりは働いていないらしい。



「そうだね。でも、



 声が聞こえた方に顔を上げると、そこには楽しそうな表情をしたクロノスがへたり込んでいる俺を見下ろしていた。


 それだけじゃないって……



「どういうことだよ?」

「この世界のコンビニって、基本的に多くの人間達に好まれているものをカテゴリー別に具現化して商品として陳列しているんだ。でも、それだけじゃない。入店前にかざしたライフウォッチの中に記録されている装着者の情報を基に、装着者が好きになりそうな物や興味関心を持ちそうなの物を、商品として所々に配置してるんだ。例えば……律が持っていた駄菓子とかね」

「!?」



 咄嗟に駄菓子が陳列されている棚に目を向けた。


 この駄菓子って、人気だから陳列されているんじゃなかったのか!?



「ちなみに、僕の場合はこれだったよ」



 そう言って見せてくれたのは、華やかなドレスを着飾っている2人の美しい女性が、互いに睨み合っている姿がパッケージされているDVDだった。

 どうやら、今朝見ていたアニメの続編らしい。というか……



「この世界にもあったんだな、DVD。てっきり滅んでいるものかと思った」

「フフッ。どうやら、僕が興味を持っている物が【映像作品】って呼ばれるものらしいから、DVDって形になったんだと思う。でも、僕が『DVDで観たい』って望めば観れるよ」

「なるほど……」



 本当に、この世界は【何かを対価に物やサービスを買う】という理は働いていないんだな。


 この世界の物品購入の仕組みを理解すると、大きな溜息をつきながらゆっくりと立ち上がった。



「だとしたら、どうしてコンビニというものが存在しているんだ? この世界で物を【買う】という行為は、単に具現化したものを元に戻すということなんだろ? だったら、存在価値なんて皆無じゃないのか?」



 あったとしても、ライフウォッチの前では無意味のように思えるが。



「簡単だよ。観光客に良い印象を与える為さ」

「えっ? それだけ?」



 それだけの為に、わざわざコンビニという大きな箱を作ったというのか。



「そう、それだけ。その証拠にほら、あっちを見てみなよ」



 クロノスが指したのは、俺の世界にもあった至って普通のコンビニのレジだ。


 あれっ? でもさっき……



「ここで物を買ったら、半透明のキューブ達が現れて、そのままライフウォッチに戻るんだよな? だったら、レジを置く意味があるのか?」

「あれは、地元民用。あんなの観光客に見せたら、律と同じようなリアクションを起こして、場合によってはパニックになるよ。そういうのは、この世界に住んでいる人間達にとっては望んでないことらしいから、あんな感じでレジを設置して、あそこで【お会計】という形でライフウォッチを翳して【精算した】ということにしてるんだ。ここで買った物も、袋に入れてから渡してるしね」

「…………」



 そういうことなら、一応他所よそから来た俺にも同じようにして欲しかった。





「ところで、さっきの俺たちの会話も聞かれたのか?」



 コンビニを出た俺とクロノスは、次の目的地であるスーパーに向かいながら、コンビニを出たと同時に展開されたプライベートゾーンの中で問い質した。



「聞かれたって、あのアンドロイドに?」

「あぁ、そうだ」



 あの場には、俺たちだけじゃなく、俺たちのことをニコニコと見ていたアンドロイドもいたんだ。

 俺たちの明け透けな会話を聞かれていても不思議じゃない。



「そうだけど……それがどうしたの?」



 不思議そうな顔で小首を傾げるクロノス。


 クソッ、可愛いな。



「だって俺たち、あの場でこの世界の触れてはいけない事まで言ってたじゃねぇか。それが聞かれたってことは、色々とマズイことになるじゃないかと思って……」



 それこそ、警察ドローンが来そうなことを言ってたような気がする。特にクロノスが。



「触れてはいけない? あぁ、この世界のコンビニ事情のことだね。フフッ、大丈夫だよ」



 気掛かりが拭えない俺に向かって、クロノスは余裕の笑みを見せた。



「だって、から」

「えっ!? それってつまり、既に手は打っているってことなのか!?」

「うん。時の神様である僕にとって、あれくらい造作でもないさ」

「えええっ……」



 そう言えば、俺をこの世界に連れてきたのは、隣にいる時の神様でしたね。




 旅行3日目

 今日は、念願の外出ということで、手始めにご近所を散策した。ショタ神様は外出前に少々拗ねていらしていたが、この世界に来てからの疑問の1つであった【物やサービスに対する対価】について分かれば良かったので散策でも十分だった。

 しかし、いざ外に出るとそんな疑問すら吹き飛んでしまう程の驚きの連続だった。

 まず、外出するときは【プライベートゾーン】というものを展開して、周囲の人間から自分が見えないようにするようにしなければならない。

 これでも既に驚きなのだが、更に驚いたのはこの世界のアンドロイドだった。

 俺がこの世界に来て初めて見たアンドロイドが警察ドローンだったから、恐らく多少なりとも偏見があったのかもしれない。

 しかし、この世界のアンドロイドは人間そのもので、普通にお喋りもしていたし、普通にスーパーで買い物もしていた。

 全ては、景観維持と観光客の為なんだとクロノスは言っているが……本当にどういう意味なのだろうか?

 そして、ここでも俺はライフウォッチの偉大さを知ることになった。

 プライベートゾーンはもちろんのことだが、部屋の鍵を施錠したり、エレベーターに乗ったり、コンビニやスーパーなどを入店する際には、必ずライフウォッチを翳さないといけない。

 しかも、コンビニやスーパーでライフウォッチを翳した場合、店内には装着者の趣味嗜好が反映させたような商品が陳列しているという。

 どうやら、この世界ではライフウォッチにという万能すぎる生活必需品のお陰で【等価交換】というものは成立していないらしい。

 ところで……この世界の人間は、どうして余所者に対して見栄を張ったり拒絶したりするのだろう。

 この世界の人間がしていることは、色々と矛盾している気がする。

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