4  政略結婚はさせないわ!

 グレゴリウスの心配した通り、ユーリはエドアルド国王の浮気に激怒した。




「本当に、信じられないわ! ジェーン様が流産のショックで悲しんでいらっしゃる間に、浮気をするなんて、酷すぎるわ。浮気男なんて、最低よ!」




 自分が浮気したわけでも無いのに、グレゴリウスは首をすくめて、ユーリが男の悪口を怒鳴り散らす嵐を耐えた。




「浮気相手の歌姫に庶子を産ませて、ペネローペ男爵夫人として王宮に入れるだなんて、何を考えているのかしら? ジェーン王妃様の居場所が無くなるわ……まさか……離婚とか考えているのかしら?」




 この数年、ジェーン王妃からの手紙には気候の挨拶ぐらいしか書いてなく、流産のショックが癒えて無いのだと、ユーリもプライベートな事に触れずにきたのを後悔した。




「ハロルド卿は、心配しているみたいだ。ただ、王妃の兄として難しい立場みたいだな。国王陛下の臣下としては、ペネローペ男爵夫人をパートナーと遇されているのに面と向かっての抗議はできないし、王妃の兄としては腸が煮えくり返っているだろう。エドアルド国王も、ハロルド卿、ジェラルド卿、ユリアン卿が反対しているので、政治では重用しているがプライベートなパーティーとかには招待されないそうだ」




 ユーリはあれほど仲の良かった学友達を退けてまでも、ペネローペ男爵夫人を大事にするのかと愕然とする。




「未だ、エドアルド国王は政治はまともにやっているが、このまま側近達との関係がギクシャクし続けると、ペネローペ男爵夫人に取り入ってとか、ロクでも無い事を考える輩が出るかもしれないな。ユージーン卿は、ローラン王国や東南諸島の手の者がニューパロマで暗躍していると憂慮していた。国王夫妻の不仲と、寵愛されている側室という不安定な関係が、他国の陰謀を引き寄せているようだ」




 ユーリは、浮気を怒っている場合ではないと顔色を変える。




「まさか、ペネローペ男爵夫人は……」




「さぁ? だが、ローラン王国出身だとは聞いている。イルバニア王国との国境線はバロアの長城で警備が厳しいから、飢えに苦しむ農民は山岳地帯を抜けてカザリア王国に難民としてなだれ込んでいるみたいだ。ペネローペは、遊廓で一番の歌姫だったらしい。ジェーン王妃が流産のショックで離宮に籠もった寂しさに、噂の歌姫と浮気したのがドツボの始まりだな」




 ユーリは飢えた難民が他国で食べていくのに娘を遊廓に売ったのだと、今まで憎く思っていたペネローペに同情を感じたが、それと同時に密偵かもと疑いを持つ。 




「憎まれっ子世にはばかるって、ゲオルクの事ね! いつまでも、悪巧みを止めないのね。ペネローペ男爵夫人が密偵かどうかはわからないけど、利用するに決まっているわ」




 カザリア王国に亡命中のアレクセイ王子とナルシス王子は竜騎士になっていたが、何年もローラン王国に帰国を促す書簡に悩まされていた。今まではヘンリー国王から譲位されたエドアルド国王が、王子達の後ろ盾になっていたが、ペネローペ男爵夫人を通して何かと企むのではとユーリは心配する。




「ユーリも、ジェーン王妃が心配だろうし、同盟国の基盤が揺らぐのも困るのだ。ユージーン卿は、私達にニューパロマを訪問して欲しいと願いに来たのだ。未だ、取り返しのつく間にエドアルド国王とジェーン王妃の溝を埋めたいと私は考えるのだが、協力して貰えないだろうか」




 ユーリはもちろんと即答したが、その後の提案には髪の毛を逆立てる。




「私達だけが訪問しても、離宮に籠もったジェーン王妃を王宮に呼び戻すきっかけには弱いよ」




 グレゴリウスはユーリを抱き寄せて、今までの政治口調を改めて、説得しようと甘いムードに持ち込もうとしたが、ユーリは警戒しだす。




「何を、仰りたいの?」




「今、ニューパロマの王宮ではペネローペ男爵夫人が、エドアルド国王の側でパートナーとなっているんだ。私達が訪問しても、ペネローペ男爵夫人が接待したら意味ないだろ?」




 ユーリは、そんなの堪えられないと怒り出す。




「まぁまぁ、だからスチュワート王子との縁談での訪問だったから、母親のジェーン王妃が居ないと格好が付かないじゃない……痛い!」




 ユーリは、グレゴリウスの頭をクッションでボカスカ殴る。




「娘達は政略結婚はさせないわ!」




 子猫達を庇う母猫みたいに、シャーと髪の毛を逆立てて怒るユーリに、グレゴリウスは一時撤退をしたが、ユージーンや外務相や、クレスト外務次官に説得された。




「未だ、アリエナ王女様は14才ですし、気楽に遊びに行くつもりでニューパロマに行かれたら良いのですよ。それに、スチュワート王子は13才ですから、結婚など先の話です」




 にこやかに説得するクレスト卿に、ユーリは愚図る。




「でも、アリエナとスチュワート王子のお見合いみたいで嫌だわ。あの娘も、嫌がるはずよ」




「なら、他の王女様方も、お連れになれば良いのでは? アリエナ王女、ロザリモンド王女、キャサリン王女と三人の王女様方が一緒なら、気楽にスチュワート王子と遊べるでしょう」




 ユーリはクレスト卿の提案と、コンスタンス姫からの手紙でニューパロマ行きを承諾した。コンスタンスは、ジェーンがエドアルドを愛しているのに、意地になって離宮に籠もり、王宮に帰るきっかけを無くして後悔していると書いて来たのだ。




「私達がニューパロマに行くことが、ジェーン王妃が王宮に帰るきっかけになると良いけど」








 カザリア王国に国王夫妻と王女様方の訪問が告げられると、エドアルドは顔を青ざめて、ペネローペ男爵夫人を領地に帰した。




「ユーリ王妃は、ペネローペ男爵夫人のことをご存知なのだろうか?」




 ジェラルド卿に尋ねたが、さぁと言葉を濁されて、エドアルドは絶対に知っていると確信する。




「そんなことより、イルバニア王国の国王夫妻がスチュワート王子様のお見合いに、アリエナ王女様をお連れになるのに、ジェーン王妃様が王宮にいらっしゃらないと困りますよ」




 グッとエドアルドは言葉に詰まったが、ユリアン卿に付いて行ってあげますよと励まされて、離宮にジェーンを迎えに行く。




 ジェーンは、兄のハロルドから、この機会を無くしたら離婚も有り得るぞと脅されていた。それに軽い浮気を必要以上に責め立てて、意地になって離宮に籠もり、抜き差しなら無い仲にさせたのを後悔していたので、エドアルドが頭を下げて迎えにきたのを受け入れる。






 ユーリは王女達のドレスを作ったり、礼儀作法をチェックしたりと訪問の準備に忙しくしていた。カザリア王国に向かう前の夜、ユーリはアリエナを呼び出して真剣に言い聞かせた。




「アリエナ、貴女が嫌いな相手とは、絶対に結婚させませんからね。政略結婚なんて、させないわ!」




 だが、王女として産まれ育ったアリエナは、政略結婚が有り得ると覚悟を決めていた。部屋に帰って、妹達の興味津々の視線に、母上の言葉を伝えたが、二人ともピンとこない顔をする。




「それは、凄い不細工だとか、年寄りに嫁げと言われたら、嫌だけど……スチュワート王子の肖像画を見たけど、ハンサムじゃない」




「青い瞳に金髪で格好良いわよね。まぁ、アンドリュー様ほどじゃ無いけど」




 妹達の反応に、自分が間違ってないと、アリエナは安心する。




「母上は、時々変な事を言われるから、困るわ。私に武術ばかりするなと言われるけど、ローラン王国の時に一番の武勲を立てられたのは母上なのに変だわ。竜騎士隊に入隊したいけど、キャシディ卿に断られてしまったのも、母上が手を回したのかもしれないわ」




 おしゃまなロザリモンドは、縁談より竜騎士隊に入隊する算段に心を奪われているアリエナに呆れた。




「アリエナお姉様は、スチュワート王子をどう思われているの?」




「同盟国の王子でしょ。ただ年下なのは、いただけないわ。でも、カザリア王国には、女性の絆の竜騎士で勇猛なビクトリア王女がいらしたみたいよ。カザリア王国なら、竜騎士隊に入隊できるかしら?」




「もう、武術馬鹿ね。そんな事では、スチュワート王子に嫌われるわよ」




「姉上の美貌は、豚に真珠だわ。私がそれ程の美人に産まれたら、ユングフラウ中の殿方の心をつかめるのに」




 ロザリモンドとキャサリンは、口々に無駄な美貌よねぇと言い出した。




「なによ! 貴女達は母上に似て可愛いから、父上に甘え放題じゃないの。私は黙っていると、怒っているのかと聞かれたことがあるのよ」




 妹達は確かに迫力ある美貌のアリエナは、黙っていると怖いかもと思う。




「でも、私達は怒っていても、本気にされないのよ。まぁ、母上みたいに、父上をクッションで殴ったりしたら、怒っているのはわかるでしょうけどね」




 アリエナとロザリモンドは、キャサリンにいつ母上が父上をクッションで殴っていたのか、興味津々で聞き出す。いつも仲の良い両親の夫婦喧嘩の話に夢中になっていた王女達は、女官に明日はカザリア王国に行くのですよと叱られてしまった。




「何故、私はボリスに乗って行けないの? 姉上達はゼナとアントンに乗って行くのに」




 出発間際にキャサリンが騒ぎ出して、ユーリは癇癪をおこしそうになったが、イリスに説得される。




『ボリスはキャサリンを落としたりしないよ』




 イリスはユーリが9才の時には、フォン・フォレストまで一人で行ってたと思い出させた。




『私はキャサリンを落とさない』




 竜に甘いユーリは、キャサリンの我が儘は無視できても、イリスとボリスの説得に負けた。




「良いわ、でも鞍と命綱を付けるのよ。私の前を飛びなさい。疲れたら、ボリスに正直に言うのですよ」








 一行は今夜の宿泊先のフォン・フォレストの館まで、休憩をとりながら無事に着いた。




 着地するやいなや、アリエナがだいて連れて来たソリスは飛び降りて、クンクンとフォン・フォレストの匂いを懐かしそうに嗅いだ。




「お祖母様、お祖父様、お久しぶりです。お元気そうで、ホッとしましたわ」




 マキシウスは竜騎士隊長を引退してからは、なんとフォン・フォレストでモガーナと暮らしていたのだ。




「これは、大勢ですわね。さぁ、アリエナ、ロザリモンド、キャサリン、疲れたでしょう。部屋に、お風呂を用意してありますよ」




 三人は長距離飛行に慣れていなかったので、曾祖母に挨拶すると部屋でお風呂に浸かる。




「やはり、キャシーは明日は私が乗せていくわ。疲れ果てているもの」




 サロンでお茶を飲みながら、ユーリは長距離飛行は11才では無理だと言った。




「ユーリは9才でリューデンハイムを抜け出して、ヒースヒルまで行ったじゃないか。キャサリンが、自分で無理だと言うまでやらした方がいい」




 マキシウスの言葉に、ユーリとグレゴリウスはあの後の罰掃除を思い出して首をすくめる。




「そうだな、あの娘達も14才、13才、11才なんだなぁ。この前産まれたように感じるのに…」




 グレゴリウスはシミジミと娘達の成長が早いとこぼす。




『ユーリ、ちょっとだけでも良いから海水浴に行こうよ。フォン・フォレストの海は、久しぶりなんだ』




『イリスの海水浴好きにはかなわないわね。良いわ、でも少しだけよ。夕食までにお風呂を使いたいから』




『グレゴリウス、私も海水浴に行きたい』




 竜達は騒ぎ出して、マキシウスは全頭連れて行くようにとユーリに言った。




『マキシウス、私も行きたい』




『ラモス、お前は毎日のように海水浴三昧ではないか』




 マキシウスは呆れたが、独りきりで海水浴するより大勢の方が楽しいと言い返されて、仕方ないと海水浴に付いて行く。その様子を見てモガーナは、やはり竜馬鹿は一生治らないわと溜め息をつく。




 ハインリッヒが亡くなった葬式に列席したマキシウスが、そのままフォン・フォレストに滞在していると聞いた時、ユーリは驚いたがホッとした。グレゴリウスと結婚してからは、フォン・フォレストになかなか行けなくて、お祖母様が独りきりで暮らしているのを心配していたのだ。




 領地の管理人のターナー夫妻と、その子供達と暮らしているとはいえ、寂しい思いをさせている罪悪感に苛まれていたユーリは、お祖父様が一緒に暮らしだして安心した。




 竜達を海水浴に連れて行ったユーリ達は、潮風にあたったのでお風呂を使ってサッパリとする。




「久しぶりにイリスを海水浴に連れて行ったわ。子供達が小さい時には、何度かフォン・フォレストで夏休みを過ごしたわね。考えたら、あの時以来フォン・フォレストには来ていなかったのね。ハインリッヒ様のお葬式にも来れなかったし……キリエも死んでしまったのね…‥」




 優しかったハインリッヒとキリエを思い出して、ユーリは泣き出した。グレゴリウスは相変わらず泣き虫だなと、抱きしめて慰める。




「仕方ないよ、あの時はレオがお腹にいたからね。ユーリは老公爵が亡くなったショックで、流産しかけたじゃないか。絶対安静だったから、フォン・キャシディまで葬式に行くなんて無理だったよ。それにハインリッヒ卿もキリエも、無理しないで欲しいと思った筈さ」




 グレゴリウスに慰められて、涙を拭いて貰うユーリを、夕食に誘いに来た娘達は相変わらずラブラブだわと呆れて見る。




「おや、可愛いレディ達がお待ちかねのようだぞ」




 グレゴリウスは愛しのユーリをエスコートして、食堂へと向かった。








 アリエナ達は、両親がたまに喧嘩をするけど、愛し合っている姿を見て育っているので、結婚は幸せな物だと思っていた。




 でも、カザリア王国のスチュワート王子は、両親の不和に悩まされているのだった。嫌な愛人が王宮から去り、母上が帰って来たのは嬉しかったが、13才の目から見ても冷え切っていた。




 勿論、喧嘩などはしないし、父上も母上を王妃として扱ってはいるが、食事中もシーンと静まり返っているのだ。




「このステーキは、柔らかくて美味しいですね…‥」




「そうだな」




 スチュワートは頑張ってみたが、会話が弾むことはない。父上と母上は自由に結婚したのに、冷え切った夫婦関係だというのに、自分に政略結婚を押し付けるだなんてと、ウンザリしていた。








「アリエナ王女様は、凄い美貌ですね」




 従兄弟のジェームズに、肖像画のアリエナの美貌を褒められてもピンとこなかった。




「怖そうに見えるよ。父上と母上の喧嘩している時の、取り澄ませた表情みたいだ。こんな怖そうな王女と喧嘩したら、オシッコちびりそうだよ」




 ジェームズは夫婦喧嘩する両親を見ないで育ったので、なんでスチュワートがそんな事を言うのか理解できない。


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