16話 火を噴く竜

 少しの仮眠でもユーリには貴重で、北の砦で見た戦場の悲惨さから精神的なダメージを受けて疲れていたのが回復した。




「ローラン王国に気づかれないように、秘密に練習する必要があるな」




 マキシウスはローラン王国のスパイに気づかれないように、野外での練習は諦めて、一番大きな竜舎で行うことにする。




「寝藁を外に掻き出すのだ。それと水をバケツに何杯も用意しておけ」




 秘密厳守なので竜騎士だけで作業を進める。ユーリは竜騎士に叙されたばかりの先輩達が寝藁や、水運びをしているのを手伝おうとしたが、マキシウスにこれから体力を使うのだからと止めらる。




 寝藁が全て掻き出され、梁などにも水を充分かけたら、後は練習のみだ。




「お祖父様、何頭まで命令できるかわからないの。王宮では5頭までしか練習していないの」




「では、5頭から増やしていこう」




 マキシウスは、ラモス、パリス、アトス、アラミス、ルースを呼び入れる。ユーリが日頃からよく知っている竜から始めてみようと考えた。




『ラモス、パリス、アトス、アラミス、ルース『焔』を噴いて!』




 5頭は揃って火を天井に向かって噴く。グレゴリウスやフランツは自分達の竜がユーリの命令に何度か従うのを体験していたが、やはり驚いてしまう。




「本当は竜騎士本人が命令できた方が良いのよ。グレゴリウス様、アラミスに『焔』を噴ように命じてみて」




 ユーリは紙に書いた『焔』をグレゴリウスに見せて頼む。マキシウスも竜騎士本人が命令できた方が臨機応変にできるので、グレゴリウスにやってみるように指示する。




『アラミス『焔』を噴け!』




 アラミスは先ほどよりは小さな火を噴いた。




「やったわ、他にもできる竜騎士はいる筈よ」




 喜ぶユーリだったが、アラミスは命令に応じられたり、出来なかったりと不確実だったし、他の竜騎士でできたのは絆の竜騎士だけだ。




「やはり不確実だな……」




 マキシウスは、グレゴリウスがアラミスに火を噴かせたので、一瞬ユーリを戦場に連れ出さなくても良いのではと期待したが、自分もラモスに確実には命令出来ないので当てにならない。




 ユーリは日頃あまり知らない竜騎士達の竜には不確実になるのにガッカリしたが、シャルルのサイラスや、サザーランド公爵のジェナスには確実に火を噴かすことが出来たし、シュミット卿のエドナにも同様だった。グレゴリウスはシャルルのサイラスに火を噴かせられるのは、竜騎士とユーリが親密だからではと微かな嫉妬を感じる。




 マキシウスは皇太子や見習い竜騎士のフランツは作戦のメインから外したいと考えていたし、シュミット卿も日頃は文官であるし、ジークフリートやユージーンほどは騎竜が優れてないのでサブに回す。




「明日、本陣への攻撃に参加するのは、私とサザーランド公爵、ジークフリート卿、ユージーン卿、シャルル卿とする」




 グレゴリウスは戦いの最前線から外されたのが納得できなくて抗議しかけたが、ジークフリートに制される。




「皇太子殿下、戦時の命令は絶対です」




 グレゴリウスがグッと唇を噛み締めて自制するのを見て、マキシウスは少し大人になったと認める。




「無人の竜編隊が本陣への攻撃を黙って見ているわけがないだろう。そちらは、皇太子殿下、シュミット卿、ハインツ卿、キース卿、フランツで対応してくれ」




 ハインツとキースは新米竜騎士だが、ユーリとは一学年上なので交流が多く、竜も確実に火を噴いたので選ばれた。他の竜騎士達もローラン王国の竜編隊との対戦が確実で、作戦をマキシウスは各々の編隊ごとに指示をだす。




 ユーリは練習だけでかなり疲労を感じていたが、明日の作戦の流れを聞いておきたかった。




「ユーリ嬢、魔力を使って疲れているのではありませんか。後は編隊長だけで結構ですから、明日に備えて休んで下さい」




 ジークフリートはユーリの顔色が悪いのを心配して、宿舎で休むように勧める。グレゴリウスも細かい作戦の変更点などは、編隊長のシュミット卿に任せて、ユーリを宿舎まで送って行く。




「あれほど北の砦に来てはいけないと言ったのに……言うことを聞かないのだから……」




 メアリーは気をきかして、夕食を貰って来ますと席を外したので、久しぶりで二人っきりになったグレゴリウスとユーリは、お説教しながらキスするという、甘いのかしょっぱいのかわからない時間を過ごす。気をきかせて




 ユーリは明日の作戦が上手くいくのか、自分にかなりの比重を感じて緊張していたが、グレゴリウスの腕の中にいると寛いで癒される。




「このまま、ずっとこうしていたいわ」




 グレゴリウスは1ヶ月の間、会えなかったユーリを抱きしめていると、ベッドに押し倒してしまいたくなるのを抑えるのに必死で、ユーリの鈍さに困っていたが、メアリーは心得た侍女なので時間を見計らって夕食を運んで来る。グレゴリウスは残念なのとと、ホッとしたのと、半分半分で複雑な気持ちだ。




「いつもこんな食事なの?」




 ユーリはユングフラウからワインや日持ちのしそうな焼き菓子を差し入れに持って来たが、大きな鉢に入ったシチューとパンのみの食事に戦時中なのだと溜め息をつく。




「まあね、食べるのが早くなったかな」




 そういえばと、ユーリは粗方空になったグレゴリウスのシチューの鉢に驚く。




「戦時中だから、食べれる時に食べないと駄目なんだよ。でも、ユーリはゆっくり食べていいよ」




 ユーリが慌てて食べるのを笑いながら止める。






   


 北の砦には明日は大規模な攻勢作戦を仕掛ける期待と不安が満ちていた。故郷の家族に手紙を書いたり、武器の手入れをしながら気持ちを落ち着かせたり、酒を飲んで陽気に騒ぐ兵士達もいる。




 ユーリは明日に備えて寝なくてはいけないと思っていたが、神経が高ぶって眠れずに困る。スヤスヤと眠っているメアリーを起こさないように、宿舎を抜け出したユーリは、イリスに気持ちを宥めて貰おうと竜舎へと向かう。




『イリス……寝てるの?』




 真夜中の竜舎には竜騎士隊の竜がほとんど揃っていたが、明日の戦闘に備えて熟睡していて、微かな鼾や寝息が聞こえる。イリスも眠っていたが、絆の竜騎士のユーリの不安を察知して目覚める。




『う~ん、寝ていたみたいだ。ユーリも、眠った方が良いよ』




 ユーリはイリスに起こして御免ねと言いながら、首に抱きつく。




『眠れないのか……』




 イリスはユーリが明日の戦いで他の竜達に火を噴く命令をキチンと出せるかの不安と、その結果がどうなるのだろうかという畏れで、神経質になっているのに気づく。




『アラミス、グレゴリウスを呼んでくれ』




 ユーリに気付かれないように、イリスはアラミスに伝言を頼む。




「ユーリ、こんな夜更けに……眠れないんだね」




 大きな竜舎で巨大な竜に寄り添っているユーリは、本当に心細そうに見えて、グレゴリウスは誰か他の人が明日の戦闘で竜達に命じる事ができれば良いのにと心より思う。




「もう、イリスが貴方を呼んだのね……明日はグレゴリウス様も編隊で出撃されるのに……やはり、この御守りはグレゴリウス様が身に付けていて下さい」




 ユーリは北の砦に着いた時に返された竜心石を、グレゴリウスに渡そうとしたが、君が持っていた方が良いと抱きしめられる。




 竜舎の高い窓から月の明かりが差し込む中で、ユーリはこのままグレゴリウスと結ばれても良いと思ったが、竜達はそれぞれの絆の竜騎士達に告げ口をしたのでマキシウスやジークフリートが駆けつけてくる。




「ユーリ、自分の宿舎に戻りなさい!」




 寝藁の上でキスしていた現場を押さえられ、カンカンのマキシウスにユーリは宿舎まで引っ張られていく。




「皇太子殿下、明日は重要な作戦決行の日ですよ」


 


 ジークフリートは宿舎へ付き添いながら、寝藁をグレゴリウスの髪から引き抜き溜め息をつく。




「言い訳を聞きましょうか?」




 グレゴリウスは言い訳も何も、現場を見られたのにと思ったが、アラミスに呼ばれてユーリが不安そうだったからと事情を話す。




「あのまま私達が来なかったら、どうなっていたでしょうね」




 ジークフリートとしては他人の色恋に口出すのはポリシーに反するが、結婚まではユーリに手を出して貰いたくない気持ちだ。チクリと嫌味を言われてグレゴリウスは、真っ赤になって抗弁しようとしたが、ジークフリートがユーリをウィリアムから託されていたのを思い出し口を閉じる。




「皇太子殿下も、早くお休み下さい」




 宿舎まで送られて、グレゴリウスはベッドにバタンと倒れ込んだが、なかなか寝付けなかった。ユーリも怒っているお祖父様に引きずられるように宿舎につれて帰られ、早く寝るようにと命じられたが、あのまま二人が来なかったらと想像するだけでドキドキしてなかなか寝れない。








「ユーリお嬢様、アリスト卿がお呼びですよ」




 メアリーに揺り起こされて、ユーリはガバッとベッドから飛び降りる。




「寝過ごしたの~」




 慌てるユーリを、メアリーは落ち着いて下さいと、顔を洗う水盤を差し出す。




「朝食を済ませたら、竜騎士隊の詰め所まで来るようにと言われました」




 ユーリは呑気に朝食なんか食べてる場合じゃないとメアリーを押しのけて行こうとしたが、頑としてドアの前からどけてくれない。




「メアリー、どいてよ! 急いでいるの」




「ユーリ様が朝食を食べられたら、どけます」




 こうなったメアリーは頑固で困ると、ユーリはブツブツ文句を言いながら薄いスープにパンをちぎって浸すと急いで飲み込む。




「まぁ、ユーリ様、お行儀の悪い!」




 皇太子妃になられる御方がスプーンも使わず、スープを一気飲みするだなんてと非難するメアリーを押しのけて、ユーリはお祖父様の元へ駆け付ける。 




「遅くなってすみません」




 ユーリが竜騎士隊の詰め所に駆け込むと、そこには早朝にユングフラウから北の砦に着いた国王とマキシウスが作戦を話し合っていた。




「ユーリ、ちゃんと食事は取ったのか。今日は魔力を使うから、体調を万全にしておかなくてはいけないぞ」




 お祖父様からの忠告に耳が痛いユーリだったが、メアリーに朝食を食べさせられていたので、大丈夫ですと返事する。




「私もこの作戦が上手くいく事を願っておる。一気にバロア城までローラン王国軍を押し込みたいのだ」




 アルフォンスもゲオルクとの戦争は懲り懲りで、この北の砦では防衛し難いと考えていた。




 無人の竜編隊を火を噴く竜でどれほど乱されるかはわからないが、本陣に襲撃をかけてゲオルク王を燻り出したい。国王が何を考えて北の砦に来たのか、マキシウスは察知していたが、一騎打ちなど陛下にさせるつもりは竜騎士隊長として全くない。




 長年の宿敵を国王とはいえ譲るつもりはないマキシウスは、ユーリと共に北の砦で戦いを見守って下さいと告げる。




 こうしてローラン王国とイルバニア王国の戦争の最終決戦の火蓋は切られた。 

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