6話 グレゴリウスとユーリ

 強引にアスランから引き離されて、アラミスとあてどなく飛び立ったユーリは混乱する。アスランに抱き寄せられていたユーリを見た怒りに燃えているグレゴリウスは、人気のない海岸に降り立った。




「ちょっと、此処はどこなの」




 グレゴリウスに強引にアラミスから抱き下ろされて、ユーリは腹を立てる。




「此処が、どこかなんか知らないよ。そんなことより、アスランなんかとキスしたのか」




 ユーリの腕を掴んで、顔を見つめながらグレゴリウスは嫉妬心をむき出しにした。




「キスなんかしてないわ」




 されそうになったのは未遂だし、言う必要は無いと思う。




「だって、アスランに抱きしめられていたじゃないか」




「あれは……」




 口ごもるユーリを抱きしめて、グレゴリウスはキスをする。




「私の気持ちを知っているくせに、何で他の男と一緒にいるんだ。他の男と付き合って欲しくない。愛しているんだ」




 グレゴリウスを好きだと気づきかけていたユーリは、熱い告白とキスに夢中になっていく。




「私のことを、少しは愛してくれてるのか?」




「わからない……でも、愛しているのかも」




 ユーリは、グレゴリウスに恋しては駄目だと自分を抑えようとしてきたのに、情熱的なキスに理性がぶっ飛ぶ。




 皇太子妃になりたくないから恋してはいけないと抑えていた感情が込み上げたユーリと、長年の片思いが報われたグレゴリウスは二人の世界にひたる。




「ずっと好きだったの」




 ユーリに好きだったと言われて、グレゴリウスはきつく抱きしめてキスする。




「一生、ユーリと暮らしたい。愛しているんだ」




 耳元で熱い告白をされて、初恋にのぼせ上がっていたユーリは「私も…」と呟く。




 キスに頭がぼぉっとしていたユーリは、グレゴリウスが自分に跪いて、薬指にダイヤモンドの指輪をはめているのに気づいて、正気に返りかけた。




「皇太子殿下、ちょっと待って……」




 いつ、私がプロポーズにOKしたのよと、抗議しようとしたユーリの口は、グレゴリウスにキスで塞がれてしまった。




 少し、話し合おうとユーリは思ってグレゴリウスを押しのけようとしたが、自身も愛に気づいて欲望が目覚めた状態でキスに夢中になっていく。




「ユーリ、このままどこかに……」




 グレゴリウスは愛するユーリをさらって、離宮にでも連れ込みたい欲望にかられた。




 ユーリは思考停止状態で、グレゴリウスの胸に抱きしめられる。どこかに連れて行かれて、キスの先に進んでも良い気分だったが、空からパリスが舞い降りて来て、愛の爆走は止められた。




「皇太子殿下、ユーリ嬢、こちらにいらっしゃいましたか」




 少し離れた場所に着地して、二人が落ち着く時間をとってジークフリードは声をかけたが、ユーリは欲望を感じている自分が恥ずかしくてグレゴリウスの胸に顔をうずめたままだ。




 グレゴリウスもユーリを抱きしめたままで、ジークフリードは凄く盛り上がっている二人を引き離すのは気の毒に思ったが、王家の結婚にできちゃった婚は拙いだろうと心を鬼にする。




「そろそろユングフラウに帰らないと、アリスト卿も心配されますよ」




 ジークフリードはグレゴリウスに帰還を促したが、渋々従ってアラミスに抱き上げてる時に、ユーリの指に指輪がはまっているのに気づいて驚いた。




 いつの間にプロポーズと承諾がされたのかと疑問に思ったが、かなりグレゴリウスが恋にのぼせ上がったユーリに強引に指輪をはめたのだろうと推察する。




「イチャイチャしてたら、アラミスから落ちますよ」




 アラミスに二人で乗って、グレゴリウスと呼んでくれとかイチャついているのに、ジークフリードは大丈夫かなと心配する。




『グレゴリウスとユーリを落としたりしないよ』




 アラミスからの苦情に、ジークフリードは『頼んでおきます』と返す。




『アラミスは二人を落としたりしませんよ』




 パリスからも抗議されたが、アラミスに乗ってユングフラウに帰る途中もキスしている二人にやれやれと苦笑する。








 フォン・アリスト家の屋敷に着いた時には、日はとっぷりと沈んでいた。




「ユーリ、お祖父様に挨拶しなくては」




 ジークフリードはアリスト卿に結婚の許可を貰おうと言い出したグレゴリウスを、もう遅いからと引き止める。




「こういうことは、昼間に伺うものですよ」




 グレゴリウスはジークフリードの忠告に従ったが、ユーリとは別れ難い様子で、アラミスから抱き下ろしてもキスする。




『ユーリ、私を置いてアラミスとメーリングに行ったの?』




『違うわ、イリス』




 ユーリはグレゴリウスの腕から、イリスの元へと走った。








 ジークフリードは、嫉妬に燃えるイリスに、ユーリを取られたグレゴリウスをやっと王宮に連れ帰る。




「皇太子殿下、ユーリ嬢にプロポーズして承諾を得たのですか?」




 王宮に着くなり、ジークフリードはグレゴリウスに質問する。




 グレゴリウスは頬を染めながらプロポーズの言葉とユーリが「私も…」と承諾したと言ったが、ジークフリードはそれは一緒にいたいという意味ではと頭が痛くなりそうだった。




「跪いて薬指に指輪をはめて、キスしたんだ。ユーリも、私のことを愛していると言ってくれた」




 長年の片思いが両思いになってのぼせているグレゴリウスに、ジークフリードは忠告する。




「ユーリ嬢は、確かに皇太子殿下を愛しているのに気づいてのぼせ上がって、プロポーズを承諾したのでしょう。でも、きっと朝になったら、皇太子妃になるなんて無理だと、撤回しにきますよ。今すぐ国王陛下に、結婚の許可を貰って下さい。ユーリ嬢が破棄しないように、正式にしてしまうのです」




 皇太子妃になる覚悟がないユーリが、婚約を破棄しに王宮に駆け込んで来るのは明白だとジークフリードは考えた。グレゴリウスもその通りだと感じて、夜遅くだけどそんなことは言ってられないと、国王と王妃の寝室へ向かう。




 王妃付きの女官は、夜遅くのグレゴリウスの訪問に驚いたが、まだベッドには入ってなく、プライベートな居間で寛いでいたので取り次ぐ。




「国王陛下、王妃様、夜遅くにすみません。火急な用事ができましたもので……」




 まだ初春の夜は寒いので、暖炉に小さな火を焚いて、読書をしながら寛いでいた国王夫妻は、孫のグレゴリウスの夜更けの訪問に驚いた。




「何かあったのか?」




 頬を染めて言いよどんでいるグレゴリウスを不審に思って、アルフォンスは尋ねる。




「ユーリとの結婚の許可を、頂きに参りました」




 国王夫妻は、グレゴリウスの言葉に驚き喜んだ。




「ユーリはお前との結婚に同意したのか? 良かったな、勿論、皇太子とユーリ・フォン・フォレストとの結婚を許可する」




「まぁ、いつの間にそんな事になったのでしょう。でも、おめでとう、良かったわね」




 王妃は、長年のグレゴリウスの恋が実って嬉しくなり、涙を浮かべた。




「ただ、ジークフリード卿は、きっとユーリが朝になったら婚約の破棄に王宮に駆け込んで来るだろうと言ってるのです。今夜は恋にのぼせ上がってプロポーズを承諾したけど、ユーリは皇太子妃になる覚悟がないからと……」 


 


 国王夫妻は、ユーリが朝から王宮に駆け込んでくる姿が想像でき眉を顰める。




「多分、ユングフラウでの後見人の王妃に、ユーリは泣きつくだろう。皇太子妃なんか無理だとか、ローラン王国との戦争になるとか言うだろうな。グレゴリウス、しっかりつかまえて離すなよ」




 お祖父様の忠告に頭を下げると、母上に報告してきますとグレゴリウスは部屋を辞した。




 国王夫妻は、朝に飛び込んでくる嵐に備えて、読書を切り上げ体力温存の為にベッドに入る。




「ああ、あの娘の皇太子妃教育は、とても大変そうだわ。マリー・ルイーズは苦労しそうね」




 今時分はグレゴリウスからユーリとの婚約を聞かされて喜んでいるだろうマリー・ルイーズを、王妃は心より気の毒に思った。




「マリー・ルイーズには手にあまるだろう。テレーズ、貴女も手伝ってあげなさい。なにせ後見人なのだからな」




「アルフォンス、それは酷いわ。貴方は大伯父なのだから、手伝って貰いますよ」




 夫婦で言い合いながら、王宮の夜は一応は平穏に過ぎていった。




 ただ、マリー・ルイーズは息子の長年の片思いが実ったのは嬉しく思ったが、ユーリをもしかして自分が皇太子妃に仕込むのかと思い、眠れぬ夜を過ごした。








 皇太子妃になる予定のユーリは、イリスにもたれて寝ていた。




 これだけでも、皇太子妃として躾けなおす必要が大ありだが、アラミスに乗って帰ったと嫉妬するイリスを宥めるのに苦労して、朝からメーリングに行った疲れと、恋にのぼせ上がった余韻のダメージで、ふらふらのユーリは寝てしまったのだ。




 フォン・アリスト家の朝は早いので、マキシウスが竜舎に来る前に掃除をしようと使用人が入ってきて、ユーリは目覚めた。




『おはよう、よく寝ていたね。他の竜には、乗らないでよ』




 ユーリはイリスの苦情で、昨夜のキスやプロポーズを思い出した。




『夢じゃ、無かったのね』




 目覚めた瞬間は、変な夢をみたと寝ぼけていたユーリは、イリスの言葉と指に燦然と輝くダイヤモンドに気絶できるならしたいと願う。




「大変だわ! 皇太子妃なんて無理だわ……私ったら、なんてことしたのかしら。ローラン王国に、戦争の理由を与えてしまうわ」




 イルバニア王国も、自分自身も、ルドルフとの結婚など認めて無かったが、ローラン王国は未だに皇太子妃呼ばわりしているのにとユーリは困惑する。ガバッと立ち上がると、今ならまだ朝早いし、婚約の許可も貰って無いだろうと、グレゴリウスに婚約破棄を願いに行こうと思う。




 屋敷に帰ると、メアリーにお風呂を大至急でお願いして、超特急で入る。急いでいたが、どうにかして指輪を抜いてグレゴリウスに返そうと、石鹸を指輪の周りにこすりつけて頑張ってみたが、くるくると回るものの抜けなかった。




「抜けないわ……」




 とにかく、一刻も早くグレゴリウスに会って、婚約破棄を伝えなくては大変なことになるので、急いで階段を駆け下りる。




「おはようユーリ、早いなぁ」




 マキシウスも起きて朝食を食べようと食堂へ行こうとしていたら、ユーリが階段をすごい勢いで降りてきて、急いでいるのと挨拶もろくにせずに出て行くのに呆れる。




 だが、マキシウスはユーリの薬指にダイヤモンドの指輪がキラリと光っていたような気がした。




「まさか……」マキシウスは朝食を出してきた執事に、ユーリ付きの侍女メアリーを呼んで来るように命じる。




「メアリー、ユーリの指にダイヤモンドの指輪がはまっていたようなのだが……」




 マキシウスは嫌な予感がして、背中がゾクゾクっとする。




「ええ、私も気づいて、驚きました」




 誰と婚約したのかと聞くのは恐ろしくて、マキシウスは固まってしまう。




『昨夜はアラミスに乗って帰って来たから、イリスが嫉妬してうるさくて眠れなかったよ』




 マキシウスの疑問をラモスが解消してくれたが、あの急ぎようは婚約解消を言いに言ったのだろうと察して、朝から頭痛がしてきた。




「セバスチャン、頭痛薬を持って来てくれ。今日は、大変な一日になりそうだ」




 竜騎士として如何なる時も、食べれる時に食べておかなくてはと、マキシウスは食欲を全く感じなかったが頑張って口にする。




「嘘であって欲しい……あの娘に皇太子妃は無理だろう」




 これからおこる大騒動を考えると、北の砦に籠もりたくなったマキシウスだった。


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