40話 悩む祖父達

 マウリッツ公爵家の庭で早めのお茶を飲みながら、マリアンヌはユーリにタレーラン伯爵家の舞踏会での注意をする。




「今まで王宮や、大使館での舞踏会が多かったけど、普通の貴族の舞踏会は少し事情が違うのよ。ここでの舞踏会では自室で休めたけど、普通の舞踏会では控え室も他の方と共同ですからね。他家の侍女達もいますから、控え室でもお行儀良くしてね。皆、よその令嬢をチェックしてるのよ」


 


 ユーリがマリアンヌに細々とした注意を受けているのを、老公爵達はやれやれと思いながら聞いていた。普通の令嬢なら社交界にデビューする前から常識として知っている程度の事を、今更言い聞かせているのにご苦労なことだと思う。




「それと、他の令嬢と揉めないように気をつけてね。


グレゴリウス皇太子殿下に思いを寄せてる令嬢は多いから、ユーリは嫉妬されているわ。今夜はエドアルド皇太子殿下がエスコートされるけど、こちらもハンサムで人気だから意地悪されるかもね。同じ控え室だと、少し心配だわ~。なるべく一緒に控え室に行きましょうね」




 ユーリは舞踏会に行く前から、ウンザリしてしまう。




「やはり、パス出来ないかしら? 私が欠席すれば、皆様はグレゴリウス皇太子殿下や、エドアルド皇太子殿下と踊る回数も増えて良いんじゃない」




 またユーリの社交界嫌いが出たと、ユージーンとフランツは頭を抱え込む。




「駄目よ! ユーリが欠席すれば、グレゴリウス皇太子殿下もエドアルド皇太子殿下も御学友達も欠席されるかもしれないわ。タレーラン伯爵夫人に、殺されちゃうわ。エミリー嬢の披露の舞踏会に、二人も皇太子殿下が出席されるのを、凄く喜んでらっしゃるのだもの」


 


 ユーリは、意味がイマイチわからない。




「何故、私の欠席と、皇太子殿下達の出席が関係あるの。もともとエドアルド皇太子殿下が出席されるから、社交の相手で私が行くんじゃないの」




 皇太子が、一々令嬢の披露の舞踏会に参加されるわけが無いのを、ユーリは理解していない。ユーリが行くから、両国の皇太子が揃って出席されるのだ。




「タレーラン伯爵家は名門だから、グレゴリウス皇太子殿下は出席されたかも知れないけど、普通はそうそうお出ましにならないわ。家の舞踏会に招待した令嬢方の舞踏会にユーリが出席するので、グレゴリウス皇太子殿下とファーストダンスが踊れると皆様喜んでいらっしゃるのよ」




 ユーリは社交界について無知なので、公爵夫人の話に驚く。




「皆がグレゴリウス皇太子殿下と、ファーストダンスを踊りたいと思っているの? もしかして、グレゴリウス皇太子殿下と結婚したいとか、思ってたりするの?」




 公爵家の全員がユーリの無知さと、非常識さを改めて認識する。




「普通、令嬢なら若くてハンサムな皇太子殿下に憧れるだろう!」




 ユージーンは、ユーリに常識は通用しないと知ってはいたが、ここまでとは思ってなかった。




「なら、私なんかほっといてくれたら良いのよ。早く令嬢方に目を向けて欲しいわ。エドアルド皇太子殿下も、ニューパロマでモテモテなら断っても平気ね」




 そんなに簡単にいかないだろうと、全員が溜め息をつく。




「叔母様、今夜の舞踏会は地味なドレスにしましょう! エミリー嬢が主役なのだし、控え目にしておかなきゃ。でも、マダム・ルシアンのドレスは豪華過ぎるわ。叔母様の古いドレスでも借りて行こうかしら?」




 ユーリを着飾らせるのを楽しみにしているマリアンヌは激怒する。


    


「私のお古のドレスなど、着せませんよ! 貴女が皇太子殿下達に興味が無くても結構ですが、素敵な結婚相手を探さなきゃいけないのよ。気合いを入れて、殿方好みにしなくては」


 


 ユーリは叔母様に気合いを入れて欲しくないと切々と訴えたが、誰も味方にはなってくれない。


 


 男性陣はユーリがみっともない格好をするのは嫌だったし、綺麗なドレス姿のユーリを見るのは楽しみだ。フランツとユージーンは、ユーリに群がる子息達にウンザリしていたが、綺麗な従姉妹を自慢にも思っている。それに、マリアンヌにこの件で逆らうのは無駄だと、全員が知っていた。




「少し休んでおきなさい。今夜の舞踏会では、余り休憩は出来ませんからね」


 


 マリアンヌの気合いに押されて、ユーリは寝室に向かう。






「何だか複雑だわ~! エミリー嬢より、ユーリの方が綺麗で可愛いのに、皇太子妃を譲るのよねぇ。ユーリは皇太子妃になりたがってないし、普通の家の方が幸せになれるとわかってはいますけど。タレーラン伯爵夫人の勝ち誇った顔も見たくない気もしますのよ」




 ユーリが居なくなって、マリアンヌは複雑な心境を話す。




「母上、そうですよ。それにグレゴリウス皇太子殿下は、幼い頃からユーリに恋されているのですから。初恋の相手と結ばれるなんて、ロマンチックですよ」




 近頃のフランツはリューデンハイムの寮で、エドアルドと学友達がユーリを得ようと協力しあっているのに刺激されて、グレゴリウスの応援に力を入れていた。




「確かにロマンチックよね~。グレゴリウス皇太子殿下とユーリが幼い頃からの恋を育んで結ばれるなんて」




 おいおい! と老公爵と公爵は呆れてしまう。




「マリアンヌ! フランツの甘言に騙されてはいけないよ。ユーリが皇太子妃になったら、気楽にお茶も出来ないし、パーティーに連れていけないぞ。家に泊りに来れなくなるぞ」




「そうだったわ、フランツ、この裏切り者! 家の中に、裏切り者が二人もいるのね」 




 自国の皇太子妃にと言うだけで、裏切り者扱いされたユージーンとフランツは呆れてしまう。




「酷いですね、ユーリは確かに皇太子妃には向いてないでしょうが、では誰なら相応しいのですか? エミリー嬢? ミッシェル嬢? マーガレット嬢? エリザベス嬢? 何方も名門貴族の令嬢として、お淑やかでお綺麗ですが、グレゴリウス皇太子殿下に相応しいのでしょうか。私は、ユーリならグレゴリウス皇太子殿下のご負担を一緒に背負っていけると考えてますよ」




 ユージーンの言葉は臣下としては尤もだったが、ユーリを愛する親族としては負担など背負わしたくない。




「お前達の立場はわかったが、私達はユーリの幸せを最優先するよ。さぁ、舞踏会なのだから、お前たちも少し休みなさい」 




 息子二人をサロンから追い出すと、公爵は奥方に数人の候補者の名前を告げる。




「かなり国務相は、アンリ卿にプレッシャーを与えているみたいだ。言うまでもなく、これは国王陛下のご意志に沿っての事だ。ユーリに結婚相手を選ばせるという建て前を守りつつ、相手に辞退させようという戦略なのだ。早く結婚相手を見つけないと、国務相の網が狭められてしまうぞ。アンリ卿、リチャード卿、ライオネル卿辺りと、竜騎士のシャルル卿、サリンジャー卿、マイケル卿に候補者を絞ろう。アンリ卿とシャルル卿が、一二歩リードかな」




 公爵は舞踏会の席で、後見人の奥方が誰と優先的にユーリと踊らすべきなのかを指示する。




「皇太子殿下達は他の令嬢方と礼儀上一通りは踊られるだろうから、その間にアンリ卿とシャルル卿のダンスを何回かは挟みたいな。タレーラン伯爵家は、何人ぐらいの令嬢を招待しているのか知っていますか」




 マリアンヌは、タレーラン伯爵家のはっきりした招待人数は知らなかった。




「確か、伯爵夫人は最初から令嬢方を30人位招待していたはずですわ。エミリー嬢を沢山のパーティーに出席させたいと言ってましたから、人数が元々多かったのよ。その上、両皇太子殿下が来られるのを自慢してまわったので、何人もの令嬢方を追加で招待しなくてはならなくなったと愚痴ってらしたから、40人ぐらいに増えた感じだわね。控え室が満杯になるわね。二部屋にしてくれたら良いけど……」




 公爵夫人はタレーラン伯爵夫人と結婚前から同じグループで親しくしていたが、少し苦手だった。ロックフォード侯爵夫人や、アーセナル伯爵夫人、リッチモンド伯爵夫人は親友と呼べたが、少し高飛車なところのあるタレーラン伯爵夫人の令嬢を舞踏会に招待したのを後悔していた。




「ユーリの結婚相手の子息方の方は、親の性格まで調べて招待したけど、皇太子殿下の相手の令嬢方の方は少し手抜きだったかも。 招待されるのを考慮してなかったわ。タレーラン伯爵家は仕方ないけど……」




 老公爵は前からマリアンヌがタレーラン伯爵夫人を苦手だと思っているのに気づいていた。




「令嬢方はユージーンの花嫁候補でもあるのだぞ。タレーラン伯爵家と、親戚になるのは気が進まないな」




「そうですけど、ユージーンが変な令嬢に引っかかるわけがないと、自信を持ちすぎていたからかしら。エミリー嬢はお淑やかで綺麗だけど、母親に似ていたら私は息子の嫁には御免だわ。ユーリを見ているあの子達だから、取り澄ましていても意地の悪さに気づくと思うの。ユーリは優しい娘ですもの。少し恋愛に鈍いのが欠点よねぇ~。皇太子殿下の前でお淑やかに振る舞うエミリー嬢のテクニックを、ユーリには少し見習って欲しいわ」




 自国の皇太子に性格に難のある令嬢を押しつけるのは如何なものかと老公爵と公爵は思ったが、賢明な王妃は見抜かれるだろうとスルーする。




「皇太子殿下達も気づいておられるから、ユーリに執着されるのだろう」


   


 公爵は、エミリーに限らずお淑やかに見える令嬢や貴婦人達の中に冷たい心の持ち主が多いのにウンザリしていたので、マリアンヌやユーリのように、少し抜けていても優しい女性が好きだった。




「まぁ、ユーリは頭脳は優秀なので、抜けているとは言えないのかもしれないが、どこか抜けているのだ。


そこが可愛いと思うのだけど、皇太子妃には向かないだろう。モガーナ様は、恐ろしい程に完璧な貴婦人だし、姉上もお淑やかだったのに、どうしてユーリはバタバタしているのだろう?」




 公爵は、ぶつぶつ呟きながら部屋に向かう。






 舞踏会の為に各自が寝室に引き上げた後で、老公爵も部屋に向かいながら、ユージーンやフランツがユーリを皇太子妃にと考え出しているのに気づいて困惑する。前は国王が望んでおられるとか、グレゴリウス皇太子殿下が恋してるとかの理由だったが、皇太子妃として負担を一緒に背負えるのはユーリだけだと言ったのに心が揺らいだのだ。




 老公爵はアルフォンス国王と一時期はキャサリン王女を通して義理の兄弟だったので、王の孤独には気づいていた。その上、グレゴリウス皇太子は、父親を亡くしているので若くして国王の座につく可能性が高い。




 マリー・ルイーズ妃の実家の兄上であるロシュフォール侯爵は、竜騎士なのに医師になった変わり者で、政治的な後ろ盾にはなりそうにない。メルローズ王女はサザーランド公爵家に嫁いでいるが、ナサニエルは性格も良いし竜騎士として優れているが、皇太子殿下とは血縁ではない。


 


 ユーリが皇太子妃になれば、マウリッツ公爵家、フォン・アリスト家、サザーランド公爵家が、若い皇太子夫妻の後ろ盾に付くのだ。イルバニア王国の筆頭公爵として、キャサリン王女の夫として、国王を支えていた昔を思い出したが、それでも老公爵はユーリに楽で幸せな道を進ませたかった。




「ロザリモンド、ユーリを見守っておくれ」








 マウリッツ老公爵が孫娘の幸せを祈っていた頃、王宮でもう一人の祖父が皇太子の恋の成就を願っていた。




「マゼラン卿が、ユーリの緑の魔力に気づいたのか……拙いな」




 国務相の報告に、国王は大きな溜め息をついた。




「マゼラン卿がユングフラウに滞在しているのだから、いつかバレるのではと心配していた。それで、どの程度知っているのだ」




 額の汗を拭きながら、税収の変化を調べられてしまったと答える。


   


「特に、ストレーゼンは今年は例年に比べると大豊作でした。ニューパロマ一帯も大豊作だと聞いています」




「税収の変化まで調べられたなら、ユーリの緑の魔力の威力を知られたという事ではないか。何故、マゼラン卿は気づいたのか?」


 


「秋なのにバラが咲き誇っているのに私達は見慣れてしまってますが、マゼラン卿は不審に思ったみたいです。大使館の庭師に何年前からバラが秋にも咲くようになったのか、聞いたと報告されてます」




 国王と国務相は、二人して溜め息をつく。




「風と結界は、バレてないだろうな。ユーリはニューパロマで竜舎に籠もった際に結界を張ったそうだが、バレてないだろうな。ユーリが産む子どもが絆の竜騎士だという宣言だけでもカザリア王国は諦めそうに無かったが、緑の魔力持ちとバレたのは拙い。カザリア王国は、我国から小麦を輸入しているんだぞ。小麦を輸入するかわりに、ユーリを嫁に貰って、貿易赤字を解消したがるだろう」




 一方的に叱られていると、緊急に呼び出された宿敵の外務相が執務室に入ってきた。




「全て、外務省がユーリ嬢をニューパロマに行かしたからだ。鉄仮面をユングフラウで放し飼いにするから、ユーリ嬢の緑の魔力がバレたではないか」


 


 先制攻撃されて目を白黒していた外務相だが、勝手なことを言わせておくわけにはいかない。




「なんですと! 税収の管理は国務相の責任でしょう。大体、マゼラン卿のネズミがチューチュー鳴いてるのに、食堂ばかり見張っているからこんな事になるのですよ。猫なら、ネズミを捕りなさい」




 国王は、二人の重臣の低俗な争いを聞く気分ではない。




「二人とも黙りなさい! ユーリの緑の魔力は強力だから、いつかはバレただろう。それより、今後のことを話し合わねば!」




 温厚な国王に怒鳴りつけられて、国務相も外務相もおとなしくなった。グレゴリウスがユーリの心を射止めることが出来たなら、話は簡単なのだがと国王は溜め息をつく。




 駆け落ちした姪のロザリモンド姫を思い出して、どうかイルバニア王国を見捨てないでくれと頼んだ。自分亡き後、後ろ盾の乏しい皇太子を支える皇太子妃として、ユーリが必要だと国王は考える。






 


 祖父達の悩みも知らず、ユーリはすやすやとお昼寝していたし、グレゴリウスはジークフリートから舞踏会での効果的な褒め方を教わっていた。

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