9話 ストレーゼンの公園

 ユーリはローズとマリーをつれてストレーゼンのマウリッツ公爵家の別荘に着いた。


 途中でユングフラウとストレーゼンの間にある氷室にイリスで運んだ氷を置きに行ったりしたし、竜に不慣れな二人を気遣って休憩をとっていたのでお昼を過ぎていた。


「凄く大きくて立派なお屋敷ね」 


 ローズとマリーはハンナ経由でキャシーからユーリが凄い身分の高いお嬢様だとは聞いていたが、実際に親戚だというマウリッツ公爵家の別荘を目にすると、驚いてしまった。


「私も此処に来るのは初めてなの。確かに100人でも泊まれそうね。やだ、緊張しないで、叔母様はとても優しい方よ。お世話になる挨拶をするだけだわ」


 ユーリは侍女達にサロンに案内されている間に、緊張しきっているマリーとローズに声をかける。


 マリアンヌは、ユーリがストレーゼンに来るのを首を長くして待っている老公爵の機嫌をとるのに苦労していたので、やっと来てくれたと安堵する。


 ローズとマリーを暖かく出迎えて、離れを使うように指示した。ユーリが幼なじみを心配して離れに付いて行くのを、今日は仕方ないと許したが、離れにべったりは困ると溜め息をつく。


 離れといっても普通の農家よりも立派で、小さな台所も付いているし、お風呂やトイレもある。


「素敵ね~、寝室も4つもあるわ。私達はいつもは二人でベットを使ってたのよ。一人で部屋を使えるの初めてだわ」


 ローズとマリーが用意されているベットルームのどちらを使うか決めている間、ユーリもここで寝たらアイスクリームの準備も出来て便利なのにと愚痴る。


 二人の部屋にはマダム・ルシアンに依頼した制服がタンスに掛けてあった。


「これが制服なの? 素敵なドレスじゃない。こんな可愛い制服なんて見たこと無いわ」


 二人にアイスブルーの制服に着替えて貰うと、金髪のローズにも、栗色の髪のマリーにもよく似合う。


 髪の毛を両サイドでお団子にして、アイスブルーのリボンとレースのヘアーヘッドを付け、白いエプロンを付けると凄く可愛くて、ユーリはやはりマダム・ルシアンに任せて良かったと感激する。


「いやだ~可愛いわ~」

 

 二人がお互いに見ては、誉めたり、はしゃいでるのをユーリも嬉しく思ったが、する事だらけなのでいつまでもはゆっくりしてられない。


「アイスクリームの試作品を作ってみましょ。あと、屋台だから、ワッフルコーンにアイスクリームをのせて売りたいの。ワッフルコーンもいっぱい作らなきゃ。台所があるけど、食材はないから、母屋から運んで来なきゃね」


 そうだったわとローズとマリーも、汚してはいけないと制服を着替えて、アイスクリームの試作品作りを始める。


「ユーリ様、お茶の時間です。皆様がお待ちですよ」


 やっとアイスクリームができたと思ったら、離れに籠もっているユーリに業を煮やしたマリアンヌからのお呼びがかかる。


「まだ、ワッフルコーンの作り方が決まってないのに。でも、アイスクリームの試食をして貰えるわね。

ローズとマリーもアイスクリーム食べてみてね」


 侍女にアイスクリームの容器を持たせて、ユーリは母屋のサロンへ向かう。




 お茶の席には、老公爵がユーリを待ちわびていた。 


「お祖父様、別荘を使わせて頂き、ありがとうございます。友達のローズとマリーと一緒にアイスクリームを作ったの、食べてみて」


 冷やしたガラス食器に盛られたアイスクリームを皆で試食する。


「まぁ、とても美味しいわ」


 ユージーンとフランツはニューパロマで一度食べていたから驚かなかったが、老公爵や公爵夫妻は初めて食べるアイスクリームに感嘆の声をあげる。


「これならユングフラウのパーラーも大盛況だよ」

 

 出資者の公爵に太鼓判を押されて、ユーリはホッとする。


「ユーリが作ったのか? お前が料理をするだなんて、知らなかった。凄く美味しいよ」


 老公爵は令嬢が料理をするものだとは考えても無かったので、真底驚いていた。


「お祖父様、ユーリの鶏の丸焼きは絶品ですよ。ニューパロマでエドアルド皇太子殿下を招待した昼食会の料理をして、絶賛されたのですから」 


 ユージーンの言葉は衝撃を与えた。


「まぁ! ユーリは料理ができるの?」 


 驚く母親にフランツは笑いながら、海で魚を取って捌いて焼いてくれたと教える。


「あれにはエドアルド皇太子殿下も驚いていらっしゃいましたよ。易々と魚を取って、さばくのですから。でも、凄く美味しかったな~」


 ユージーンは昼寝をしたのは聞いていたが、魚を取ったとかは聞いてないぞと内心で毒づく。


「あら、ユーリは何処でも生きていけそうね~」


 公爵夫人の言葉で、老公爵は未だに腹の底では許し難く感じているウィリアムを思い出す。


 竜騎士として優れていただけでなく、公爵家からの追っ手を退けて逃げおおせたウィリアムの影響を、可愛い孫娘のユーリの中に見いだしたのだ。


 だが、不思議な事に、前のような憤りは感じず、ユーリを逞しく育ててくれた感謝の気持ちが沸いてきているのに驚きを感じる。


 普通の令嬢には不向きな逞しさではあるがと、老公爵は苦笑する。


『ロザリモンドに、ユーリ程の我が儘を言い切る逞しさがあれば、ゲオルク皇太子との縁談など断ったのに…… お前がが嫌っているのは察していたが、お淑やかで感情を表に出さない完璧なレディだったので、そこまで思い詰めているとは知らなかった。ユーリみたいに泣いて嫌がってくれたら、愚かな自分でも気付けたのに……」


 大切に育てたが、母親のキャサリン王女を誕生の時に亡くし、後添えのリュミエールの母親に一緒に育てられたロザリモンドは自制心を子どもの頃から身につけていたのだと、可哀相なことをしたと思い出す。


「これも美味しいけど、他の味のアイスクリームは作らないの? 屋台だと無理かな」


「フランツ、まだアイスクリームを乗せるワッフルコーンのレシピを作ってないの。レシピができたら、山ほど焼かなきゃ駄目なのよ」


 ワッフルのコーン? とフランツがわかってないので、簡単に絵に描いて説明する。


「それと、幾つ作るかも迷っているのよ。此処には小型の容器3個だけなの、パーラーには大型の容器があるけど、この小型容器だとワッフルコーンに1個のアイスクリームでせいぜい60個から70個なのよ。でも、どの位売れるかわからないから、最初は容器1個分にしようかしら?」


「そんなぁ、こんなに美味しいんだもの70個ぐらい直ぐに売り切れるよ。どの位の時間、屋台を開けておくつもりなの?」


 フランツの言葉で、ユーリは考え込む。 


「私はストレーゼン初めてだから、よくわからないけど、公園には皆はいつ頃行くの? ユングフラウのパーラーもセントラルガーデンの側にしたのは、あそこに散歩や乗馬に来られる人達を対象にしたからなの。

パーラーは10時から4時を営業時間にしてるけど、屋台は1時から4時かな。でも、暑い時間だし、散歩する人達がいないと意味ないわよね。午前中の方が良いかしら?」


「ストレーゼンはユングフラウと違って暑くは無いし、昼からそぞろ歩きをする人達も大勢いるよ。それに少し暑い方がアイスクリームは美味しいんじゃない? でも、70個だと少なすぎるよ。3個容器があるなら、200個は売れるよ。それと公園のどこで屋台を開くか決めなきゃね」


「そうね! フランツ、悪いけど公園を案内してくれる? ワッフルコーンは夜でも焼けるし、どこに屋台を開けるか決めないと。明日は王妃様に挨拶に行かなきゃ駄目だから、場所を決めておきたいしね」



 ユーリがフランツと公園に出かけている間に、夜にワッフルコーンを焼く為に離れに籠もられては寂しいので、マリアンヌはシェフに手伝わせる。


 シェフはワッフルコーンを焼くのは初めてだったが、ユーリの作ったアイスクリームは試食していたので、これを乗せても溶けない固さと、美味しさのバランスのとれたレシピを完成させ、ローズとマリーに作り方を教える。


 公爵夫人からユーリ様が老公爵と共に過ごせるように最大限の協力をするように命じられた家令は、侍女を2人離れに行かせて、ローズとマリーのワッフルコーン作りと、アイスクリームが垂れないように蝋曳きの紙で円錐形のカバー作りも手伝わすことにする。



 自分が公園に行っている間に着々と準備されているのを知らないユーリは、早く設置場所を決めようと馬を急がせる。


「ねぇ、どこにするか決めた?」


 ほぼ一周したので、フランツが尋ねると、ユーリはまだ迷っているのと答える。


「噴水の前は人が集まりそうだけど日陰がないし、東屋は屋根もあるし木立の中だから、椅子を数客置けば良い雰囲気だわ」


「う~ん、東屋は奥過ぎない? 普通の散歩道から外れているし」


 場所を話し合うために少し馬の足を止めたのが災いして、フランツは知り合いの子息達に捕まってしまう。


 公園に来た時から、フランツは知り合いに声をかけられていたが、ユーリが一緒なので、会釈ぐらいで早足でスルーしていたのだ。


 今日のユーリは白地に緑のプリントのカジュアルなドレスで、馬に貴婦人乗りしている姿は愛らしい上に、見事な手綱さばきが公園中から注目を集めていた。


 その上、立太子式の舞踏会でグレゴリウスとファーストダンスを踊ったので、顔も売れている。


 フランツは紹介を求める子息達を失礼のない程度に簡単に紹介すると、先を急いでいるからと、ユーリを促して早足で去る。


 残された子息達は舞踏会でチラリと見たユーリよりも、生き生きとして愛らしく、凛とした乗馬姿にぼぉっとしてしまう。


「ユーリ嬢はマウリッツ公爵家の別荘に滞在されているのだな。チェッ! フランツは、良いな~」


「ユーリ嬢の舞踏会の招待状が届いたんだ。ユーリ嬢とダンスできるんだ」


「え~え! 家には届いてないよ。招待されないのかな?」


「招待客は凄く厳選しているみたいで、プラチナチケットだと呼ばれているよ」


「実は私も招待状が届いたんだ。 母上はマウリッツ公爵夫人と仲が良いからね」


 後ろに置いてきた子息達から、悲喜交々の歓声があがるのをフランツは、何も知らないでと気楽で良いなと溜め息をつく。

 

 皆が招待されたがっている舞踏会の主役のユーリが、社交界を引退したいと駄々をこねているなんて、ここの誰が想像するだろうと苦笑する。


「フランツ、此処は野外音楽場? 劇場?」


 二人は馬を急がしているうちに、公園内の野外劇場へ行き着いた。


「ユーリ、ここで屋台を開くと良いよ。男の人はいいけど、令嬢や貴婦人は立ちながらアイスクリームは食べれないもの。ここなら座る場所に不自由はしないよ」


 夏の避暑地には王族だけでなく、名門貴族達もたくさん来ていたので、夕涼みを兼ねた音楽会や、素人劇などが連日催されている。


「でも、催し物の練習の邪魔にならないかしら?」


「大丈夫だよ、催し物の練習をわざわざ一番暑い時間にしないさ。午前中か、夕方だよ。それに練習がある日は舞台じゃなくて、あちらの木陰に屋台を置けば良いさ。音楽会かぁ、そうだね! 音楽があると良いよね。ユージーンにピアノ弾かせようよ、あの舞台横の倉庫にピアノが置いてあるはずさ。そうだ、屋台も倉庫に置かして貰ったら?」


「ユージーンがピアノを弾いてくれるかしら? でも、音楽を聞きながらアイスクリームを食べるのは良いかもね。ユージーンに断られたら、フランツに弾いて貰おうっと。明日、王妃様にピアノと、倉庫の件を聞いてみるわ」


 ここが公園でなければ、ユーリの歌で客が呼べるのにとフランツは残念に思う。  


 ユーリが歌ったら、バラが一斉に咲いてしまうので絶対に禁止だ。

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