27話 昼食会

「おはようございます。明日は、同盟締結式典ですよね。なんだか、長かったような、短かったような」


 一ヶ月のカザリア王国滞在もあと数日になり、同盟締結の達成感にイルバニア王国の大使館はお祝いモードになっていた。


 朝食を食べようと席についたフランツは、先に席についていた大使夫妻と朝の挨拶を交わしながら、朝食が出てくるのを少し待つ。


「今朝は、シェフ達が寝坊したのかな?」


「まさか、今日はエドアルド皇太子殿下や学友方をお招きして、昼食会があるのですよ。きっと、昼の仕込みに熱中してるのでしょう。でも、こんな不手際、珍しいですわね」


 先に席についていた大使夫妻にも朝食のサービスが未だなのをフランツは不思議に思って、腰の軽さから台所を覗きに行く。


 台所では早朝から昼食会の仕込みをしていたシェフと見習い達が、真っ青な顔をして流しに吐いている。


「どうしたんだ」


 フランツは台所の惨状に驚いた。


「食あたりみたいです……でも、食中毒になるような物を食べた記憶が無いのですが……」


 フランツは食堂に帰り、大使にシェフ達が食中毒になったようだと報告する。


 急いで医者を呼び、食料品を納めている商人も呼び出す。


「これは食中毒ではありません。毒を盛られたのです。この肉に毒が混ぜられています」


「毒! 皇太子殿下が滞在中に、なんたる事だ! 毒の混入された肉を売りつけたのか」


 医者の言葉に、顔を青ざめさせた大使は出入りの食品商を睨みつける。


「滅相も御座いません! ただ、うちの手代が一人朝からおりません。昨夜は居たのですが、朝はベットがもぬけの殻なのです。雇い入れて半年の若者で、真面目に働くので信用していたのですが。まさか、彼が? 私は破滅です!」


 皇太子殿下に毒入りの肉を納めたとなったら、死罪! とブルブル震える商人を厳しい視線で眺めていたが、医者からの言葉に緊張感は解ける。


「この毒は吐き気だけで、命に別状は無いものですね。シェフ達は肉の周りに塗られた毒の濃い部分を切り落として、朝食のまかないを作ったから、これほどの吐き気に襲われたのでしょう。普通に調理されたら、少し不快になったり、吐き気を覚えたりする程度だったと思いますね。多分、私も軽い食中毒だと診断したかもしれません」


「エドアルド皇太子殿下を招いた昼食会で食中毒! そんな不名誉、堪えれませんわ」


 毒と聞いておとなしくしていたセリーナは、食中毒をおこさせる陰謀と知って、逆に怒りが燃え上がる。


 グレゴリウスを狙った暗殺未遂ではなく、イルバニア王国の名誉を傷つける為の陰謀としり、どこが仕掛けたかは明白になる。


 グレゴリウスとエドアルドと一緒に、自国の皇太子妃に望んでいるユーリを暗殺するわけにはいかなかったのだろうと、忌々しくローラン王国の追放された外交官ヘーゲルの置き土産だと悟る。


 真っ青になっている商人に護衛官を付けて、逃げ出した手代を見つけるように指示すると、昼食会の中止をカザリア王国側に伝えなくてはいけないだろうと、クレスト大使は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


「イルバニア王国から運んできた食物以外は、全て廃棄処分するように。エドアルド皇太子に昼食会の中止をお知らせしなくては。何たることだ! 明日の同盟締結式典を前に、特使一行を歓待してくださった皇太子達を招いて感謝を現すつもりだったのに」


 大使の嘆きに、夫人は殊に昼食会とか大使館の内々を取り仕切るのも奥方の仕事のうちと考えていたので、身の置き場のない気持ちになって、貴婦人らしくハンカチで涙を押さえる。


 ユーリはセリーナにはとても親切にしてもらったので、夫人の嘆きを見ていられない。


「大使、昼食会をしましょう! まだ朝ですもの、今から食材を買い求めても間に合いますわ」


 ユーリの言葉に大使は、シェフ達がこれではと首を振る。


「カザリア王国側が8人、こちらが8人。たかだか16人でしょ。シェフ達みたいな料理は出来なくても、16人やそこらの料理なら作れますわ。もともと、デザートは私が作る予定でしたから、私の手料理でもてなす事にすれば、少々お口に合わなくても我慢して下さるでしょう」


 ユーリにぞっこんのエドアルドなら、炭のように焦げたステーキでも美味しいと食べるだろうと全員が考える。


「ユーリ嬢、料理が出来るのですか?」


 セリーナは名門貴族に生まれ育っていたので、料理をした経験がなかった。


「ええ、夏の干し草刈りや、収穫の時は手伝いの近所の人達をもてなしてましたから、20人前ぐらいなら大丈夫ですわ。侍女達に手伝って貰えば、間に合うと思います」


 全員が顔を見渡して、ユーリに任せてみようと決断する。


「シェフのように凝ったソースとかは自信ないから、食材の新鮮さで勝負するわ。フランツ達は海へ行って、オマール海老とか、新鮮な魚や、貝を買ってきて。そして、ユージーン達は侍従達と田舎の農家に行って、新鮮なミルクと、肉を買ってきて下さい。後は、そうだわ! 氷を氷室から、いっぱい買ってきてね」


 ユーリは竜騎士なんだからさっさと買ってきてと言いつけると、イルバニア王国から運んできた食材のチェックに食物庫に急ぐ。


 幸いにも農業王国のイルバニアからは、穀物、ジャガイモ、根菜類は船で輸送してあり、他にも生ハムや、調味料、主な輸出品のワインやシャンパンは勿論イルバニア産だった。


 ユーリは庭の菜園から新鮮な野菜やハーブを採り、雄鶏を4羽潰すことにした。


 竜騎士ではあるが、食料品の買い出しなどしたことのないメンバーは、一瞬困ったが、侍従達や侍女達の助けを借りて初めてのお使いをどうにか終える。


 大使館に帰ると、庭のバラ園にテーブルが運び出されており、木から木にレースの布を結んで日陰が作ってある。


 テーブルには白いテーブルクロスの上にバラが飾ってあり、夏の昼食会に相応しい演出がされている。


 ユーリは前菜の生ハムとメロンの用意を終え、サラダを作ったり、ジャガイモの冷製スープ、鶏の丸焼きの仕込みを終える。


 オマール海老がピチピチ活きているのを見て、庭の即席グリルで焼くことにする。


 デザートはもともと作る予定だったので用意は万全だったし、後は肉を赤ワイン煮にして、あらかたの準備を終えた。


 侍女達に盛り付けや、焼き具合を指示すると、あわただしく昼用のブルーのドレスに着替える。


「どうにか間に合いましたわ。使い慣れてない台所だから、少しモタモタしたけど、後は侍女達でも大丈夫でしょう」


 夏らしいブルーのドレス姿のユーリは貴族の令嬢そのもので、庭で飼っていた鶏を調理したとはセリーナには信じられない。


 ユーリがさすがに鶏を潰すのは侍従に任せたが、臓物を抜いたり、中に詰め物をしたりと手早く調理したのに驚いていた。


「世話をなさっていた鶏を、調理するのですか……」


 大使も大使館の庭で鶏の飼育は如何なものかとは考えていたが、ユーリが世話をしていたのにと、少し微妙な気持ちになった。


「私が帰国したら、世話する人も居なくなるのだし、雄鶏は若いうちの方が美味しいわ」


 農家育ちのユーリは、大使夫妻の微妙な表情に気づく。


「ああ、そうか! 鶏はペットじゃありませんわ、家畜ですのよ。ハーブを食べさせたから、とても美味しいはずですわ」


 美味しいと言われても、セリーナはさっきまで庭を歩いていた鶏を食べるのかと躊躇いを感じる。




 エドアルド、ハロルド、ジェラルド、ユリアンと、それぞれの親戚の令嬢方、そしてお目付役のマゼラン卿が到着した頃には、料理はほぼ出来上がっていた。


「今日は風も気持ちが良いので、庭で昼食会をいたしますのよ」


 シェフの作る料理と違い野趣にあふれた料理だから、大使館の食堂より、風の吹き抜ける庭の方が相応しく思った。


 ハロルドの妹のジェーンに、ジェラルドの従姉のアン、ユリアンの姉のレジーナと令嬢方が加わると華やかな雰囲気になる。


 生ハムとメロンの前菜、ジャガイモの冷製スープ、オマール海老の炭火焼き、レモンシャーベット、鶏の丸焼き、サラダ、牛肉の赤ワイン煮とユーリの料理は、シンプルだけど美味しくて、若い出席者が多いいせいもあり次々と皿が空いていく。


 イルバニア王国側は、ユーリの料理が美味しいのに驚く。


 特に鶏の丸焼きは、セリーナは食べれないだろうと感じていたが、他の方々がとても美味しいと賛辞するのに負けて一口食べてみると、ハーブの香りが鶏の肉にもしみついていて香ばしい。


「イルバニア大使館の料理は、美味しいですね」


 エドアルドの誉め言葉で、イルバニア王国側はホッと胸を撫で下ろす。


「エドアルド皇太子殿下、この昼食会はユーリ嬢が料理したのです。皆様方の御歓待に対する感謝を表したいと言われましてね」


 大使はユーリの料理が美味しいのにホッとしたのと同時に、度々席を立っているユーリが無作法に思われているのではないかと心配して、カザリア王国の方々に昼食会の料理人を紹介する。


「この料理を全てユーリ嬢がなさったのですか?」


 エドアルドもカザリア王国の全員が驚いた。


 ここの出席者全員が名門貴族出身だったので、料理はおろか台所に立ち入った経験すらない。


 イルバニア王国側はそれどころか美味しかった鶏も育てたのですよと、一口目を食べるのを少し躊躇した鶏のグリルの香ばしさを複雑に思う。


「素晴らしいですね。ユーリ嬢は前に海で魚を捕まえて料理して下さいましたが、これほどの料理もできるとは知りませんでした」


 もともとユーリにぞっこんのエドアルドは、料理上手な令嬢なんて素敵だと惚れ直す。


 ジェーン達も自分たちが実際に料理する必要性は別にしても、昼食会を見事に仕切ったユーリの腕前には感嘆しきりだ。


 ハロルド達はユーリが度々席を立つのを不審に感じていたので、シェフ達に指示をしに行っていたのだと納得したが、まさかユーリ自分で鶏の調理をしたとは考えもしない。


「ユーリ、火傷してるの?」


 グレゴリウスはユーリの指が少し赤くなっているのに驚く。


「ええ、でも大丈夫です。鶏のグリルの焼き具合をチェックする時に、少し油が跳ねただけですもの。近頃は料理をしてなかったから、どんくさい事しちゃったわ」


 セリーナは料理で火傷をしたと聞いて驚いていたが「ほら、大丈夫ですわ」とユーリが見せた人差し指は少し油が跳ねた跡がピンクになっているだけだったのでホッとする。


「え~、実際に料理されたのですか? シェフ達に指示されただけでなく」


 カザリア王国の方々は、ユーリが自ら料理したと知って心底驚く。


「お口に合えば良いのですが。エドアルド皇太子殿下、前にお約束していたデザートですわ」


 ユーリは、冷やしたガラスの器に盛り付けた三食のアイスクリームを皆に披露する。


「これは、何ですか? シャーベットに似ていますが、濃厚でとても美味しいですね」


 エドアルド以外の出席者も、ユーリの作ったデザートを口にして驚く。


「アイスクリームですわ。白いのがバニラ、ピンクのがイチゴ、緑のがチョコミントですの。どの味がお好みでしょうか?」


 どの味も美味しくて、皆は口々にどれが美味しいと言い合って、和やかな昼食会になる。


「これをパーラーで出すのですね。前に注文されていた道具は、アイスクリームを作る物だったのですね。それぞれ美味しいと思いましたが、私はチョコミントが好きですね」


 グレゴリウスは、自分が初耳のパーラーなんて計画を、エドアルドが知っていたのに衝撃を受ける。


「まだ計画段階ですの、皆様のお口に合えば良いなと思ってました。ユングフラウでアイスクリームを出すパーラーを開きたいのですが、お客様が来るでしょうか?」


 フランツはまだユーリがお金儲けをしようとしているのかと疑問を持ったが、他の方々は令嬢のおままごとだと感じる。


「ニューパロマでパーラーを開いていただけたら、毎日でも食べに行けますのに」


 ジェーンの言葉に、他の令嬢方も賛同する。




 朝はどうなることかと心配した昼食会は、無事に終わった。


 カザリア王国の客人がユーリの手料理での歓待に感謝して引き上げた後、グレゴリウスは何となく心に引っかかった疑問をぶつける。


「ユーリ、ユングフラウでしたい事って、パーラーを開く事だったの?」


 グレゴリウスは、ユーリが週末は忙しいから社交どころじゃないと愚痴っていたのを気にとめていた。


「ええ、これも一つね。パーラーには前のローラン王国との戦争で親を無くした女の子を雇うつもりなの。幸い私はお祖母様に引き取られたから、経済的な苦労はしないで済んだけど、父親を無くした家庭はやはり経済的に苦しいの。農家のお嫁さんになるのだって、ある程度の持参金は要るのよ。女の子が楽しくて、安心して働ける場所を提供したかったの。こんなの一部の女の子しか救えないのはわかってるけど、何もしないよりマシでしょ。夏の離宮があるストレーゼンで、デモンストレーションの屋台をして、主旨に賛同してくれる出資者を募るつもりよ」


 ユーリが令嬢のままごとでパーラーを開こうとしているのでは無いと知って皆は納得したが、計画書を部屋から取ってきてチェックしてみてと見せられると、本気だと知り驚く。


「これは、もうかなり考え込んでいるんだね。店の立地やら、店舗の外装、内装、食器、人件費、寮の費用まで」


 フランツやグレゴリウスは、ユーリの計画書を見て驚いた。


 ユージーンはユーリが本気でパーラーを開こうとしているのを悟って、氷の確保が大変なのではないかと危惧する。


「氷が無いと、アイスクリームは作れないんだろう。毎日、氷を買っていたら、利益はでないのではないか? それにユングフラウ中の氷を買っても、すぐに使い切ってしまうぞ」


 ユージーンの言葉に、全員が頷く。冬の氷を氷室で保存しているので、夏場の氷は高価な物だ。


「ヒースヒルで冬場に山ほど氷を作って、氷室に保管して貰ってるわ。 氷をユングフラウの氷室まで馬車で運ぶから、半分以上溶けて高価になるのよ。 竜で上空を飛べば涼しいし、あっという間だから氷も溶けないわ。 週末にヒースヒルから氷をユングフラウの氷室に運んでおけば、保存料は氷の一部で支払う契約なの」


 それで週末の社交界に嫌な顔をしていたのかと納得したが、体力が保つのだろうかと不安を感じる。


 ただ、グレゴリウスは長年誘い続けて断られていた夏の離宮にユーリが来ると聞いて、少し胸がドキドキする。

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