24話 招かざる客

 ユーリとセリーナが名残惜しんだり、好みの男性像を話していると、侍女が来客を告げた。


「奥方様、ローラン王国のロンメル大使がお越しです。大使夫妻とユーリ嬢にお目にかかりたいとのことです」


 セリーナは、一応はまだ終戦協定が守られているローラン王国の大使を追い返すわけにもいかない。


 午前中だけの会議の予定なので、じきに大使が帰ってくるだろうと、応接室に通すように命じた。


「ユーリ嬢、貴女は熱で寝ていることになっているのだから、きっとローラン王国の大使もそう思ってるわ。自室で休んでいなさい」


 ユーリはどうしてもパパが戦死したのが忘れられないので、ローラン王国には良い感情を持てない。


 大使に会う気も無かったから、大使夫人に従う。


 楽しい雰囲気は消え失せて、セリーナはわざわざ大使自らユーリに会いに来る目的は一つしか無いだろうと、憂鬱な気持ちになる。


 早く帰って来れば良いのにと、大使の帰還を苛々しながら待ったが、実は大使はマゼラン卿に捕まって困った状況に追い込まれていた。


 これ以上待たせるのは、あまりにも非礼だとセリーナは判断して、深呼吸すると応接室ににこやかに入る。


「まぁ、ロンメル大使、お越し頂き感謝しますわ。お待たせしてすみませんが、大使はまだ王宮から帰っていませんの。いつになるか解りませんので、お待たせするのも気がひけてしまいます。またお越し頂いても宜しいかしら」


 愛想は良いものの、とっととお引き取り下さいと暗に言われたが、そのくらいで引き下がるロンメル大使では無い。


「大使夫人はいつも麗しいですね、こうして御尊顔を拝しているだけで、時間のたつのも忘れます」


 何時までも、こちらの用件がすむまで帰りませんと腰を据えた大使に、根負けしたセリーナは侍女にお茶の支度をさせる。


 お茶でも飲んでないと、不毛な会話を続けるのも困難に感じたからだ。


「ところで、ユーリ嬢は王宮には出かけておられないようなので、お会いしたいと思うのですが。お呼びいただけませんでしょうか」


 気候の話や、近頃のニューパロマで流行っているダンスの傾向を嘆いたり、お互いに障りのない話をしていたが、やんわりとユーリに会いたいと言われ、熱で寝ておりますのと断る。


 ユーリが昨夜熱を出したのはロンメル大使も知っていて、エドアルドも熱を出したのは偶然なのか不思議に思う。


「おや、ロンメル大使自ら、何の御用ですかな? お待たせして申し訳ありません」


 午前中の会議の後で、マゼラン卿から断りたいけど、断れない難問を押し付けられて、ぐったりして大使館に帰った大使はロンメル大使が訪問しているのに溜め息をついた。


 絶対に飲み込みたくない悪臭プンプンしている毒のような縁談をロンメル大使が持ち込んだのを、本気でウンザリしながらも、素知らぬ顔で対応する大使だ。


「ユーリ・フォン・フォレスト嬢を我が国のルドルフ皇太子殿下の妃に頂きたいとの、ゲオルク国王陛下からの親書をお届けに参りました」


 どうせ、その件だろうとは思っていたが、正式に申し込まれると、やはりウンザリする。


「おや、ルドルフ皇太子殿下は、カザリア王国のコンスタンス姫と結婚なさっておられるでしょう。 確か、二人も王子様に恵まれたとお聞きしておりますが」


 離婚が正式に成立したのは知ってるくせにと、素知らぬ顔のクレスト大使に内心では毒づきながらも、残念なことに離婚されたのですよと、白々しくも沈鬱そうに告げる。


「このような申し込みは国王陛下にされるのが慣例ですので、出先の大使風情では扱いかねます。お引き取り下さい」


 少しでも時間を稼ごうと、ゲオルク国王の親書の受け取りを拒否しようとしたが、アルフォンス国王にも親書が届いている頃ですとロンメル大使に言われて怪訝に思う。


「これはユーリ・フォン・フォレスト嬢への国王陛下からの親書です」


 令嬢に縁談を直接申し込むなどという非常識さに、クレスト大使が受け取りを拒否する。


「何を仰るやら! ユーリ嬢は絆の竜騎士だから、本人が望まない結婚はさせないと騎竜に宣言させたそうではありませんか。国王陛下はユーリ嬢がローラン王国とイルバニア王国との友好の掛け橋に自ら望んでなられるようにと、わざわざ親書をお書きになったのです。二度と不幸な過去を繰り返さないように、二国の友好関係を築き上げる重要な婚姻になりますぞ」


 にこやかに友好関係なんて白々しい言葉を発するロンメル大使に、カザリア王国の国王の姪を娶りながらも、国境を巡って小競り合いを繰り返してきたくせにと、こちらも素知らぬ顔で親書を受け取り、御用はお済みでしょうと丁重にお引き取りを願う。




 ロンメル大使が退出した後、クレスト大使は手もとにある親書を穢らわしいとばかりに、テーブルにほりだした。


「まさか、ユーリ嬢をローラン王国に嫁がせるなんてことは……」


 セリーナは外交官の妻なので、邪魔をしないように沈黙していたが、ロンメル大使が退出したので憤懣が抑えきれなくなる。


「そんな事ありえませんから、落ち着いて下さい。ユーリ嬢もショックを受けるでしょう。ですから、貴女には支えになって貰いたいのです。勿論、私たちもユーリ嬢をお支えしますが、同性のセリーナの方が話しやすいでしょう」


 大使はユーリが竜騎士として弱者を守る騎士道精神を持っているからか、基本的に女性に優しく、エリザベート王妃にあれほど振り回されて迷惑をかけられても悪く思っていないのを察知していた。


 なので、この様な親書に怒り大爆発するだろうと推察して、奥方の助力を願う。




「やはり、正式に縁談を申し込んできましたか?」


 ロンメル大使が退出したのを見計らって、応接室に外務次官が入室する。


「それは? アルフォンス国王陛下への親書ですか?

 親書なら、ユングフラウで直接お渡しするのが礼儀でしょうに」


 ふ~っと溜め息をついて大使は、ユーリへの親書ですよと、ローラン王国の言い分を説明する。


「相変わらずローラン王国のやり方は、無礼というか、気に入りませんな。年端もいかない令嬢に、国王自らプレッシャーを与えるつもりでしょうか」


 テーブルの上に投げ出された親書を、蛇が蜷局を巻いているみたいに薄気味悪く眺める。


 それでも、このまま放置もできないだろうと、こういう時は指導の竜騎士であるユージーンに任ようと、嫌な役目を押し付ける。


「ユージーン卿、ユーリ嬢にゲオルク国王陛下から親書が届いています。ユーリ嬢を呼んで来て下さい」


 大使館に帰った途端に、玄関にローラン王国大使館の馬車が目に入り、ユーリへの縁談だろうとは全員が察知したが、まさか本人への親書が届けられたとは考えもしなかった。


「本人に見せる必要があるでしょうか? 縁談があるとのみ伝えれば、良いのでは無いでしょうか?」


 ユージーンが大使にユーリを呼んで来るよう命じられて躊躇っているのを見かねて、ジークフリートは無理を通そうとした。


「ジークフリート卿、これはゲオルク国王陛下からユーリ嬢への親書なのです。お知らせする義務があります」




 大使の言葉でユージーンは仕方なくユーリの部屋に向かう。


 こんな知らせをユーリに伝えたくなと心では悪態をついていたが、ユージーンの顔はいつも通りの冷静さを保っていた。


「ユーリ、君にローラン王国からの親書が届いている」


 ユーリはローラン王国の大使から面会を求められた時から嫌な予感がしていたが、自分を呼びに来たユージーンの顔を見て、どのような親書なのか想像がついた。


 初めてリューデンハイムで出会った頃は、公爵家の御曹司として育ったユージーンが高慢で冷たいと、田舎で農家の娘として育ったユーリには思えた。


 でも、マウリッツ公爵家で何回も顔を合わせたり、指導の竜騎士として厳しく指導されているうちに、ユージーンの内面の優しさや自分への愛情に気づいた。


 いつも通りの冷静さを装っているユージーンも嫌なのだと、ユーリは渋々ついて大使達が待つ応接室に向かった。



 

 ユーリは手渡された親書を読むと、気分が悪くなった。


「ユージーン、ローラン王国のルドルフ皇太子殿下は結婚されているのでしょ?」


 やはり縁談だったと、嫌な予感が当たったのに落ち込みながらも確認する。


「ルドルフ皇太子殿下はコンスタンス妃と離婚されたそうだ」


「何も非のないコンスタンス妃を離婚して、私に縁談を申し込むの?」


 非道なやり口に怒りがこみ上げてきたユーリは、親書をビリビリに破り捨てる。


「クレスト大使、マッカートニー外務次官! 絶対! 絶対に、お断りします!」


 国王からの親書を破り捨てるのは非常に無礼な事ではあるが、誰も止めなかった。


 それより日頃のユーリなら怒り大爆発するだろうにと、さっさと退室したのを訝しく思う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る