12話 ユーリを取り巻く思惑

 イルバニア王国とカザリア王国の同盟締結の条約はほぼ決定し、後は細かい言い回しだとか締結手続きだけとなった。


 グレゴリウスは名目だけの特使ではあったが、得るものがあった。


 基本的にイルバニア王国、カザリア王国、ローラン王国は旧帝国から分裂したので、宗教、言語、民族は同じであったが、やはり国ごとに特徴があり、初めての外国訪問で気づくことも多かった。


 ニューパロマでの特使として大使館の日々は、若いグレゴリウス、フランツ、ユーリに多大な影響を与えていた。



 ユーリはニューパロマで声楽に目覚め、人生の師と仰ぐ人物に出会う。


「今日は、楽しみにしていたアン・グレンジャー講師の授業なんです」


 朝から機嫌のよいユーリに、セリーナもほっとする。


 ユーリは王妃主催音楽会からというもの、週に3回の声楽のレッスンにその後のプライベートな王族だけでの食事や、音楽会への参加を要請されていた。


 それでなくても過密な社交スケジュールなのに、特にユーリは満杯になってしまい少し疲れ気味だった。


 嬉しそうなユーリとは違い、フランツは女性人権派の講師と聞くだけで腰が引けている。


 顔には出さなかったが、グレゴリウスも、ユングフラウでも一二度は女性人権派の貴婦人に会った事があり、男というだけで敵視するような考え方に困惑していたので、ユーリがそんな影響を受けたらと心配する。


「前から思ってたけど、皇太子殿下もフランツも受けたくない授業なんか出なければ良いのに……とても失礼だし、迷惑だわ」


 機嫌よく朝食を食べていたユーリは、フランツとグレゴリウスが微妙な感じなのに気が付いた。


『女性学だなんて、受講したくないさ! でも、王妃様の音楽会や、その後のプライベートな食事会で、ユーリの周りにエドアルドが出没しているのに……サマースクールなんて、向こうのホームグランドにユーリ一人で参加なんかさせれるか!』


 グレゴリウスの恋心に前から気づいてはいたものの、9才の時に一目惚れしたと告白されて、フランツはうわぁ~気の毒と不器用な恋を応援する気持ちに傾いた。


『ユーリは皇太子妃に向いてないけど、外国の皇太子妃になるより、グレゴリウス皇太子妃の方がユーリには少しは楽だよ! 国王陛下はユーリの大伯父に当たるし、王妃様は後見人として幼い頃からユーリを可愛がっていて、皇太子妃として望んでおられる。それに、アリスト家、マウリッツ公爵家、サザーランド公爵家という後ろ盾がついているユーリに、面と向かって逆らえる強者はなかなかいないだろう』


 外務省での見習いとしてでなく、マウリッツ公爵家の次男坊として、従姉妹のユーリを外国に嫁がせるのに反対の立場をとる。  


「確かに女性人権派の講義は、男としては受講するのに勇気がいるよね。なんとなく男を敵視している気がするからさ。でも、パロマ大学で講師まで勤めているアン・グレンジャー女史がどんな意見を持っているのかは興味あるんだ」


 フランツの言葉にユーリは納得したが、テーブルで聞いていたメンバーは、半分真実、半分嘘で、エドアルドのお邪魔虫として参加するというのを上手く誤魔化したと評価する。



 フランツも大使館でほかの外交官との共同生活で得たものは多い。


 ユーリの結界を張る能力や、緑の魔力を知っても、素知らぬ顔で今まで通りに接しているフランツを、ジークフリートやユージーンもまぁこの位は出来て当然とは思いつつも評価する。 


 エドアルドに対するガードも、おっとりしてるように見えて細かい所に気づくフランツは、最初の海水浴での昼寝以来、気を引き締めてお邪魔虫に徹していた。



 グレゴリウスはリューデンハイムでの男子寮と女子寮との厳しい規則でユーリと夕食後会えないのを寂しく感じていた。


 だから、イルバニア王国大使館で特使派遣期間は合宿生活みたいで、特にユーリと一緒に夕食後も過ごせるのが嬉しかった。


 それだけでなく、指導の竜騎士であるジークフリートには、結構厳しく意見されることもあったがお手本になった。


 武術、外交官としての知識、話術、そして優雅な物腰と、紳士的なご婦人への接し方は見習うべき点が多く、一緒に生活していくうちに少しずつグレゴリウスは身につけていた。


 グレゴリウスはジークーフリートの忠告を聞き入れて、嫉妬を表さないように努力している。


「男の嫉妬ほど、格好の悪いものはありませんよ。ユーリ嬢を失いたく無いのなら、エドアルド皇太子が親切にされているのを、鷹揚に受けとめなくてはいけません」


 それではユーリがどんどんエドアルドに好意を持つばかりなのではと、グレゴリウスは不平を顔にだす。


 口に出さなくとも、ジークフリートにはわかった。


 ふ~ッと溜め息をつきながら、恋愛の駆け引きの初歩から懇々と説教する。


「グレゴリウス殿下、エドアルド皇太子に嫉妬して、貴方が無作法な態度をユーリ嬢の前で曝されます。それでユーリ嬢が殿下に好意を抱くとお思いですか?」


 言われてみると、絶対にしてはならない行為だとグレゴリウスは思いしる。


「あちらが紳士的に下心を隠して親切に接しているのに、こちらが子供っぽい態度で無作法にして、ユーリ嬢をエドアルド皇太子に差し出す必要はないのです」


「それはわかったけど……ユーリは私のことは同級生としてしか見てないんだ」


 グレゴリウスはやっと同級生として見て貰えれるようになったはかりなのにと悄げかえる。 


「殿下は、ユーリ嬢とは過去の経緯でかなり不利なスタートです。しかし、ある意味で絆というか共通の経験を積んでこられたのですから、それを強化していくのを先ずは目標にされるべきなのです。一緒に色々なことを体験したり、考えたり、行動しながら、ユーリ嬢に常に親切に接して、少しづつ過去のマイナスイメージを払拭させてプラスに転じさせることですね、大人になりなさい」


 ジークフリートは、ユーリがエドアルドに好意を持ち始めているのに気づいている。


 でも、まだまだ恋には程遠いものだとわかっていたから、下手にグレゴリウスが嫉妬しては相手に有利なだけだと諭したのだが、言うは易しだが年若いだけに実行は難しいだろうなと憂慮する。


 カザリア王国にいる間は、大使館で一緒の生活をおくっているわけで、こんなに親密になれるチャンスはまたとないとジークフリートは考える。


 少しでもグレゴリウスとユーリの一緒にいる時間を増やしてあげたいと考えていたが、ここで王妃の邪魔が入るのはとても痛かった。




 声楽のレッスンだけでなく、プライベートな音楽会や、その後の王族だけの食事にもユーリはちょくちょく呼び出されていて、王妃の監督の下、香辛料抜きの味気ない食事を食べさせられていた。


 元々、カザリア王国からはユーリに縁談の申し込みがあったのだから当然ではあるが、ヘンリー国王がここにきて積極的になったのを感じる。


 国王はハロルド達の一件で、ユーリとイリスの竜騎士としての格段の能力の高さを身を持って知り、王妃がユーリを気に入っているのと、エドアルドが恋しているのもあり、積極的に話を進めようとする意図を持ってプライベートな食事にもユーリを招く。


 国王、王妃、皇太子だけという本当にプライベートな食事に、声楽のレッスン後のユーリを招くのだ。


 その度に香辛料抜きの食事をさせられてユーリは迷惑に感じていたが、たまにエドアルドがサッと皿を交換してくれるのを感謝していた。


 勿論、ヘンリーは気づいて、エリザベートに気づかれないように、目配せしている若い二人を微笑ましく思った。


 ユーリは皇太子妃としては自由奔放で、序列にうるさい宮廷人とは悶着が絶えないだろうとヘンリーも考える。


 しかし、カザリア王国の社交界を牛耳っている妻のお気に入りの相手に、意地悪なんて恐ろしい真似ができる者がいるとは思えなかったし、エドアルドが母の目の前でも皿を替えるぐらいユーリのことを想っているのだから庇うだろうと微笑む。


 その上、ユーリにぞっこんのエリザベートが機嫌が良いのは、政務に忙しく相手する時間がとれていないヘンリーとしても嬉しく感じる。


 エドアルドがいずれ国政を行う時に、それを支えるハロルド、ジェラルド、ユリアン達も、ユーリには感謝の気持ちを抱いているだろうから、皇太子妃として慣れない点はサポートしてくれるだろうともふんでいた。




 両国とも、自国の皇太子妃にユーリを望んでいたが、肝心の本人には全くその気は無かった。


 確かにユーリはエドアルドが良い人だし、親切だとも思っていたが、皇太子という立場を考えると、自動的に恋愛対象から外してしまう。


 ユーリはフォン・フォレストの跡取りはモガーナから唯一の血筋と説得されて受け入れたが、王族や名門貴族が知り合いにいるにもかかわらず、縁遠い物との庶民育ちの感覚が抜けていない。


 いずれ結婚する相手は、ごく普通の優しい人が良いなぁと、子供っぽい夢を持っているにすぎない。


 ただ、女性の竜騎士としての仕事と結婚がこの社会で両立できるものなのだろうか? と不安を抱いていたので、アン・グレンジャー講師の授業で質問したかったのだ。

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