19話 バークレー商会
カザリア王国は優れた陶磁器を生産している。ニューパロマのバークレー商会はその中でも一流だ。
突然のエドアルド皇太子の訪問に慌てて、経営者が歓迎の言葉を述べに現れた。
ユーリは工房に飾ってある数々の食器の見事さに圧倒される。
「とても素晴らしいですね、こんなに色々なデザインがあるとは知りませんでした」
エドアルドが同伴してきた可愛らしい令嬢の感嘆の言葉を、経営者のバークレーは当然だとカザリア王国一の陶器を作っているというプライドを持って頷く。
「ユーリ嬢がお土産に特注の品を注文したいと望まれているのだが、1ヶ月で造れるでしょうか」
エドアルド皇太子の妃候補の噂はニューパロマでもちきりで、バークレーも知っていたから、この令嬢がそのお方なのだと驚いた。
「どのような品かにもよります。一から造る品だと、1ヶ月では難しいかもしれません」
経営者の言葉は当然なので、ユーリはスケッチを見せる。
「今ある品で絵付けだけ変えて貰えれば良いのですが、帰国までに間に合うでしょうか? 間に合わなければ、船で送って頂いても良いのですが、祖母と叔母へのお土産なので、できれば持って帰りたいのです」
経営者はデザイン画を見て驚いた。
「これは貴女様がデザインされたのですか? とても可愛らしいデザインで、製品にしたら良い物ができますよ。今ある品で絵付けだけの特注なら、帰国されるまでに間に合うと思います」
経営者の言葉にホッとして、ユーリは陳列されている製品から、最高級の薄手のティーセットを選ぶ。
「流石にお目が高いですね。この品に、このデザイン、とてもロマンチックなティーセットができますよ」
今ある豪華なデザインより、可愛らしいロマンチックなティーセットは、貴婦人や令嬢方に好まれるだろうとバークレーは考える。
「このデザインを我が社で販売することを、お許し願えないでしょうか?」
ユーリが簡単に許可を与えるのを、エドアルドは呆れて止めた。
「ユーリ嬢、デザインの権利を簡単に手渡してはいけませんよ。バークレー氏も何も知らないユーリ嬢に付け込まないようにして下さい」
エドアルドの非難に慌てて、デザイン料をお払いするつもりでしたと言い訳する経営者に、ユーリは大丈夫ですよと笑う。
「あと、祖母にはこちらのデザインの品を作って頂きたいのです」
もう一枚のデザインは個性的でエキゾチックな物で、オレンジ地に南洋の白い花が大胆に描かれた物だ。
「これも素晴らしいですね。凄くエキゾチックで、個性的です! 貴女様はデザインのセンスに恵まれていらっしゃる」
経営者の絶賛に個性的すぎるかしらと、こちらのデザインには少し自信が無かったユーリはホッとする。
「良かったわ、少し奇をてらいすぎてるかもと、心配してましたの。バークレーさんに、そう言って貰えると自信を持って祖母にプレゼントできますわ。祖母はとてもセンスが良いから、少し心配でしたの」
これならお祖母様も満足できる品になりますよと太鼓判を押され、ユーリはホッとした。
「それから、これらのデザインの品は、お手数ですが一個づつ作って頂けないでしょうか? 見本ですので、後から100個ほど発注したいのですが、どのくらいの日数がかかるのでしょう?」
今度は厚手の実用品のティーカップを選んだユーリの不可解な言動に、エドアルドと経営者は何故だろう? と疑問を持つ。
「それと、これは別の請求書にして頂けませんか。 10個のデザイン違いの物になるので、割高になりますか? かなりシンプルなデザインにしたつもりですけど、100個でおいくらぐらいでしょう?」
今まで最高級品のティーセットを値段を気にしないで特注していたユーリが、急に値段を気にしだしたのでエドアルドは訝しく思う。
バークレーは10個のデザインが、全て単色でシンプルなデザインで、凄く可愛らしい物なのに驚きを隠せなかった。
「この手の厚手の実用的なタイプは無地のまま出荷してましたが、単色のシンプルなデザインなら、さほど手間もお金もかからないし、中流階級の普段使いには良いかもしれませんね。アイスブルーのストライプ、紺の小さな星、ピンク地に白い水玉、赤のチェック、青のチェック、小さなハート……これなら、どのデザインでも可愛い物ができますよ」
ユーリはバークレー氏と値段の打合せや、スプーンの柄に陶器で同じ柄を付ける交渉をした。
その際、スラスラとスプーンのデザインを描いたユーリに、経営者はうちの工房のデザイナーに雇いたいと褒めた。
細かい打合せをしているのを、不可解に思って見ているエドアルドに気づいたユーリが「後でお話します」と言ったので、待つのも苦にならない。
『後で……良い響きだなぁ、まだまだ一緒にいられるってことだ』
最後にユーリは、実用的な無地の食卓セットを買った。
「これは、定番の商品ですか? 割ったりしたら、同じ品を買い足せますか?」
経営者はこの商品は何十年もの人気がある実用品で、これからも生産し続けると請け負う。
「なら、良かったわ! この秋に友だちが結婚するから、お祝いに贈りたいの。使って割れたら、買い足せる物が良いと思っていたの」
「失礼ですが、結婚のお祝いなら、この手のタイプより、あちらの方が喜ばれると思いますが」
経営者が上等な美しい絵が描かれた食卓セットを勧めるのを断ったユーリを見ていて、エドアルドは最高級品のティーセットを二組買ってお小遣いが乏しくなったからでは? と勘違いする。
「ユーリ嬢、私がプレゼントしますから、お好きな品をお選び下さい」
エドアルドが誤解しているとユーリは気づいて、焦って否定する。
「エドアルド皇太子殿下、私がこの商品を選んだのは、実用的で、割れにくく、買い足せるタイプだからですわ。私の友達は農家のお嫁さんになるから、実用品を喜ぶはずです」
皇太子妃候補の令嬢のお友達が農家のお嫁さん? エドアルドと経営者は不思議に思い驚いたが、流石にそれ以上は差し出がましいと口をつぐみ、ユーリの買い物はやっと終わった。
バークレー商会でかなりの時間を過ごしお昼の時間が過ぎていたので、ユーリはエドアルドを付き合わせて悪かったと謝る。
「申し訳ありません、長い間お待たせしてしまって。もう、お昼の時間を過ぎてますよね? 私は朝が遅かったから大丈夫ですけど、エドアルド皇太子殿下にはご迷惑お掛けしましたわ。どうか、お食事にいらして下さい。エドアルド皇太子殿下が案内して下さったお陰で、お土産も、注文もできました。ありがとうございます」
感謝して別れようとするユーリを、エドアルドがやすやすと逃がすわけが無い。
「そうですね、買い物に付き合ったのですから、今度は食事に付き合って頂けませんか?」
こちらが望んだわけではないが、エドアルドを何時間も買い物に付き合わせたし、彼がいたから話もスムーズに進んだのを感じていたユーリは申し出を断り難く感じて躊躇った。
交渉の場で躊躇ったりしたら、相手に押し込まれるのは当然で、エドアルドは拒否されなかったのを承諾と解釈して、話をすすめていった。
「美味しい昼食をだすレストランがニューパロマにもあると貴女に教えないといけませんしね」
エドアルドの言葉で昨日案内して貰ったパロマ大学の強烈に不味いサンドイッチを思い出して、ぷっと吹き出す。
「あれはどうすれば、あんなに不味くできるのか不思議ですね?」
笑いだしたユーリに、笑い転げてエドアルドは、ニューパロマで有名な店に行くように御者に告げる。
笑っていたユーリはユングフラウでカザリア王国の講習を受けていた時に聞き覚えた店の名前に、ハッと笑うのをやめた。
「エドアルド皇太子殿下、やはり行けませんわ。だって、私は今日サボってるんですもの。本来なら控え室で待機しとかないといけないのに……」
ユーリが何故サボっているのか、エドアルドは昨夜マゼラン卿から聞いた内容を思い出して赤面する。
「学校をズル休みしてるのに、人が集まる場所に行けないのと同じ気分ですの。見習い竜騎士の制服も着にくかったし。仕事をサボってるのに、有名な店でランチなんて出来ませんわ。私は帰りますから、皇太子殿下はお昼を食べに行って下さい」
ユーリが生真面目に仕事をサボってるいるから、人目に立つ場所に行きたくないという気持ちは理解できたが、お目付役がない状態で会える機会を逃す気はないエドアルドは「パロマ大学へ」と御者に行き先の変更を告げる。
「貴女がなんとなく人目に付きたくないのはわかりますよ。今はパロマ大学は夏休みですから、学生も少ないですし、お昼休みも終わる時間ですから、学食も空いてるでしょう」
ユーリはパロマ大学と聞いて、微妙な顔をする。
「ユーリ嬢、パロマ大学はお気に召さないでしょうか?」
エドアルドが少し意地悪そうに聞いてくるので、ユーリもふざけてツンとして答える。
「私はどうもパロマ大学のサンドイッチとは相性が悪いみたいですのよ。だって、青魚、玉ねぎ、キャベツ、ニンジン、ヨーグルトを混ぜて発酵させた、あの匂い。一口食べただけで、当分、口の中に後味が残ったわ」
二人は顔を見合わして、ぷっと吹き出す。
「大丈夫ですよ、今日お連れしようと考えているのは、あの学食ではありませんから。教授専用の食堂は、普通に美味しい物がたべれますよ、ご安心下さい」
「あら、でも教授専用の食堂でしょう。良いのですか? 学生が使っても?」
リューデンハイムは教授も学生も同じ食堂だが、自然と教授達の席と、予科生、見習い竜騎士の席は決まっていて、他の席で一緒食べる事は無かったので、教授達専用の食堂を学生が使って良いのかと心配した。
「教授達専用の食堂ですが、何人か学生も使えるのですよ。その学年の成績優秀者や、自治会のメンバーは使える伝統なのです。私も一応、成績優秀者ですから、使えるのですよ」
エドアルドの言葉に笑いながら抗議する。
「あら、では何故なのかしら? 昨日、グレゴリウス皇太子殿下をそちらの食堂に案内なさらなかったのですか」
「だって、あの不味いサンドイッチはパロマ大学の有名料理ですから。あの不味さ、あの匂いに耐えてこそ、パロマ大学生なんです。それに、あれは完全食品なんだそうですよ。全ての栄養素が含まれていて、健康に凄く良い物みたいです。私も大嫌いですが、あれを食べないと女々しいと思われるので、たまに我慢して食べるのです。それに、あれを食べた後では、何を食べでも凄く美味しく感じますしね。皇太子殿下もフランツ卿も、次のカフェでケーキを3個も食べていたでしょ」
昨日、ユーリはエドアルドに案内されたパロマ大学の食堂で、お勧めのサンドイッチを出され、小さな一切れを飲み込むのがやっとで、二切れ目に手が出せなかった。
皿に残ったサンドイッチを気まずく眺めていたら、グレゴリウスとフランツで片付けてくれたのでホッとしたが、鋼鉄の舌を持っているのかと呆れもした。
「それは、あの後味を消す為では無いかしら? 私の分まで、食べて下さったから。やはり、私は外交官は無理ですわ。出された食事を残さず食べる根性はありませんもの」
カフェで3個のケーキを食べているグレゴリウスとフランツに、ユーリが「よく、あのサンドイッチが食べれたわね」と聞くと「外国で見た目がグロテスクな物や、不味い物を出されても食べないと礼儀に反すると習ったじゃないか」と反論されたのだ。
「そうですね、外国ではとんでもない物がご馳走とされてたりしてると習いましたね。牛の脳みそとか、蛇の丸焼きとか、目玉とか……オエッとなりそうな物ですが、現地では賓客をもてなす料理になっている所もあると聞いています。 私も、教育係のマゼラン卿に外国で、皇太子として出された食事を残さず食べないといけないと教わりました」
無理、無理とユーリは叫ぶ。
「駄目だわ、無理! 蛇とか大嫌いですもの。皇太子殿下は食べれますか?」
「そうですねぇ、あまり食べたくはありませんが、外国で賓客にもてなす料理として出されたら、食べるでしょうね。あっ、マゼラン卿からコツも伝授されましたよ。グロテスクな物や、不味い物は、その食べ物の成分を考えて食べれば良いそうです。例えば、蛇はタンパク質。あのサンドイッチは、タンパク質、ビタミン、その他諸々の身体に良い成分として考えて食べれば良いのですよ」
そこまでして、あのサンドイッチを食べなければいけない理由が無いでしょうと、ユーリは心の中で呟く。
「まぁ、あのサンドイッチの不味さは青春の思い出になってるみたいですよ。わざわざ食べにくる卒業生達もいるぐらいですから。ただ、久しぶりに食べた卒業生達は、当分パロマ大学に近づかないという噂ですけどね」
二人で笑い転げているのを、困ったものだと侍女が思っている間に、馬車は夏休みで閑散としているパロマ大学に着いた。
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