12話 東家でお茶会
舞踏会の翌朝、ユーリはいつの間にか自分のベッドに寝ていたのに驚く。
『ユージーンが運んでくれたのね、子供みたいだと呆れてるかしら?』
ばつの悪い思いをしながら、モーニングルームに降りて行った。
朝からの会議に出席するメンバーは既に朝食を終えようとしていたので、ユーリはユージーンに謝る。
「昨夜はご迷惑をおかけしました」
ユージーンは珍しくお説教は免除して「気をつけるように」と簡単に答えて書斎に向かった。
「おはよう、ユーリ、何があったの? ユージーンに謝っていたけど」
叱られると思っていたのにスルーされて、ラッキーと思うべきなのか、見放されたと悲しむべきなのか、悩んでいたユーリはフランツに昨夜の件を話した。
「ええっ? だって君は早々に帰ったじゃないか。僕達はあれから夜明け近くまで舞踏会にいたんだよ。まぁ、ユージーンは君を運び慣れてるから、何とも思ってないさ。忙しいから説教しなかっただけさ、ラッキーだよね」
ユーリはフランツの言葉に、そう何度も寝てないわと怒ったが、お説教されなくてラッキーだったのね、と気持ちを切り替えて朝食を食べだす。
二人の従兄同士の会話を、グレゴリウスとジークフリートは、驚いて聞いていた。
『ユージーンは氷の意志を持っているのか!』
いくら身内とはいえ、可憐なユーリを平然とベッドに運ぶ自制心を持ち合わせていない二人は、ユージーンがユーリの保護者として理想的だから、アリスト卿に指導の竜騎士に選ばれたのだと納得する。
「皇太子殿下とジークフリート卿は、今日の会議には出席なさらないのですか?」
メンバーが書斎で会議の打合せをしているのに、参加しないのを不思議に思う。
『エドアルド皇太子が貴女と親密にならないようにガードする為に欠席しますとは、口が裂けでも言えないなぁ』
ジークフリートは国王が出席される会議にだけ出席するのですと誤魔化した。
「それなら今日、海水浴に行けば良かったのね。そしたら、皇太子殿下もジークフリート卿も一緒に行けたのにね」
ユーリの無邪気な言葉に同意しながら、会議の控え室にいないといけませんけどねと釘をさす。
「私やフランツが控え室で待つのは、何か雑用を言いつかった時の為ですけど、皇太子殿下やジークフリート卿はなぜでしょう?」
グッと返事に困ったが、外交官だけに誤魔化すのもお手の物だ。
「皇太子殿下は特使として、国王陛下が出席される会議には出席されますが、本来は見習い竜騎士なのだから雑用も覚えて貰います。私は皇太子殿下の指導の竜騎士として、外国で失礼のないように指導する必要があるので、一緒に控え室に待機するのです」
グレゴリウスはユングフラウで聞いていた話と少し違うと思ったが、細かい条約の折衝には興味が湧かなかったので、雑用だろうとユーリとフランツとする方がマシだと口を閉ざす。
会議に出席しなくても、控え室で待機するので、ユーリ達もさっさと朝食を切り上げて王宮に向かった。
馬車の中でユージーンが深刻な顔をしているのに、フランツは訝しく思ったが、他の出席したメンバーも難しい顔をしていたので、細かい条件の交渉でも考えているのだろうと思った。
ジークフリートも少し大使の態度に不審を感じたが、グレゴリウスがユーリを無意識に眺めているのに気づいて、そっと注意したりしているうちに王宮へ着いた。
会議の控え室にいた外務省員や大使館員は、見習い竜騎士と一緒に待機するグレゴリウスとジークフリートに怪訝な目を向けたが、外交官なので余計な質問などはしないで自分達の仕事を始める。
彼らの疑問は、エドアルドの入室で直ぐに解消された。
「おはようございます。ユーリ嬢、昨夜はとてもお美しかったですね。お疲れではないでしょうか? 庭の東屋は、気持ちの良い風が通り抜けるのです。少し休憩なさったら如何でしょう」
恋するエドアルドには、ユーリしか目に入ってないのか、無視したのかはわからない。
『ちょっと、私は無視か! それにユーリに馴れ馴れしいぞ』
部屋に入るなりユーリの手にキスをして、東屋に案内しようと口説くのを、グレゴリウスが黙って見ている訳がなかった。
「エドアルド皇太子殿下、おはようございます。昨夜は歓迎の舞踏会を開いていただき、ありがとうございます。感謝の言葉を国王陛下にお伝え願います」
『げっ、何でグレゴリウスが控え室に居るんだ! 会議に出席しているんじゃあ無いのか?』
声を掛けられて、驚いたがさっと気持ちを入れ替える。
「グレゴリウス皇太子殿下、失礼しました。皇太子殿下も、ジークフリート卿も、会議に出席されているものだとばかり思っていましたので。どうですか、東屋でお茶でもしませんか?」
『もろに邪魔者扱いですね。しかし、ここでユーリ嬢とエドアルド皇太子だけで東屋などに行かせられません。鉄仮面め! 私達が会議に出ている隙を狙いましたね』
ジークフリートはにこやかにご一緒させて貰いますと答える。
王宮の庭もバラが咲き誇っていて美しかった。
ホストとしてエドアルドが唯一の令嬢であるユーリを東屋までエスコートするのは、礼儀正しい行動であるから文句のつけようは無い。
しかし、庭を案内しながらエスコートしているエドアルドの親密そうな態度に、後ろからついて行くグレゴリウスは勿論、ジークフリートもフランツも良い気はしなかった。
「同盟締結会議の相手側の控え室に、皇太子殿下が気楽に入室して良いものでしょうか?」
フランツは小声でジークフリートに苦情を言った。
「良いわけないでしょう、控え室の前には大使館の護衛を立たしていますが、皇太子殿下を撃退はできませんからね」
フランツは小声で返答を貰い、渋々納得した。
「今年は格別バラが見事なのです。きっとバラもユーリ嬢を歓迎しているのでしょう」
エドアルドのお世辞に、ユーリは緑の魔力がバレたのかと、ドキドキして庭の美しさを堪能するどころではない。
『こんなに親切なのは、政略結婚の相手だからかしら? エドアルド皇太子は嫌じゃ無いのかしら?』
外務相から縁談があると聞いていたので、ユーリはエドアルドの恋心に気づかず、政略結婚を受け入れるつもりなのかと不思議に思う。
『多分、皇太子としての義務感が強い方なのね。グレゴリウスも政略結婚を受け入れるのかしら?』
ユーリは子供の頃は喧嘩ばかりしていたグレゴリウスが政略結婚するのかしら? と考えて、少し胸がチクリとした。でも、それは気の毒だとの同情だった。
「さぁ、ユーリ嬢、あちらの東屋にお茶の用意をしてあります」
東屋にはお茶の用意がされていたが、二人分だったのでエドアルドがユーリだけを誘ったのはあきらかだ。
『チェッ、油断も隙も無いな! 二人っきりで、ユーリを口説くつもりだったな!』
召使い達が人数分のお茶の用意をする間、気まずい沈黙が降りる。
『ユーリ嬢とバラ……似合い過ぎる』
『ユーリの竜騎士の制服姿、可愛いし、ちょっと色っぽい』
二人の皇太子はバラを背景に東屋で寛ぐユーリの可愛い姿にぼおっとなっていたので、気にならないみたいだ。
『やれやれ、二人ともユーリに夢中だなぁ。私の初仕事がお邪魔虫だなんて、外交官の道は厳しいなぁ~』
『やってられませんね、この数年、同盟締結の為に尽力してきたのに……今頃は会議でどの条件を話し合っているのだろうか? 休憩時間にユージーン卿に教えて貰わなくては』
ジークフリートとフランツはこれから1ヶ月もこんな目に合うのかと憂鬱になったが、ユーリはもっと迷惑だろうと気の毒に思う。
『やっとお茶の用意ができたわ、これをサービスするのは……まぁ、私しか女性はいないから仕方ないわね。ええっと、叔母様に言われた通り、ポットやカップに重さを感じさせない優雅に持たなければ……』
お茶の用意が整ったので、ユーリは全員にお茶をサービスしたりと、唯一の女性なのでホステス役をする。
「いやぁ、ユーリ嬢はとても優雅にお茶を注がれますね」
『そりゃ、ユーリしか女性がいないから、お茶をサービスするのは仕方ないけど……何で、エドアルドとカップル扱いなんだ! 王宮には女官も山程いるだろう!』
グレゴリウスは女官や侍従に接待させれば良いのだと、エドアルドのやり方を不満に感じる。
マウリッツ公爵夫人に週末はよくお茶会に呼ばれているので、ユーリは優雅にお茶をサービスするのに慣れていた。
「へぇ、ユーリ、そうしているとお淑やかな令嬢に見えるね。いつも、そうしてたらいいのに」
思わず口に出したフランツはユーリに睨みつけられてしまった。
「フランツは自分でついだら? 私が礼儀正しいのは、礼儀正しい相手だけよ。でも、従兄だし仕方ないから、ついであげるわ。高そうな茶器を、粗忽な貴方が壊したら悪いから」
最後は笑いながら、優雅な手つきでお茶をサービスしてくれたユーリに、大袈裟に感謝したフランツを見て全員が爆笑する。
「フランツ卿、君は外交官じゃなくて道化師を目指すべきじゃないかな」
ジークフリートの言葉にフランツは酷いなと膨れたが、面白いかもと一瞬思う。
「そうですね、ユーリとコンビを組んだら売れっ子の道化師になれるかも」
半分、冗談のフランツの言葉はユーリに速攻で拒否された。
「嫌よ! 第一、フランツと私ではボケばかりでツッコミがいないわ。そうだわ! ユージーンとフランツで兄弟道化師になれば良いのよ! フランツがボケで、ユージーンがツッコミ」
「慇懃無礼なユージーン卿が道化師」
東屋は大爆笑になった。
「今時分、ユージーン卿はクシャミしてるだろうな」
グレゴリウスは気の毒だと思ったが、会議中にクシャミを連発して、失礼! と言っているユージーンを想像すると、笑いが止まらない。
最初の気まずい雰囲気が爆笑した結果吹き飛んで、その後は和やかに会話は弾んだ。
いつまでも東屋でお茶をしていたい楽しい時間を過ごしたが、午前中の休憩時間迄には控え室に帰ろうと促されて、イルバニア王国の特使一行は引き上げていった。
しかし、ユージーンは会議中にクシャミなどしていなかった。
呑気にユーリ達が東屋でお茶をしている時、イルバニア王国の提案で会議は紛糾していたのだ。
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