3話 国境の街

 イルバニア王国の外交使節団は、船での先発隊がほぼカザリア王国の首都ニューパロマの沖合に着いた頃に竜で合流するはこびになっていた。


 皇太子殿下とユーリに同乗者はいなかったが、ジークフリートは外務次官のマッカートニー卿を乗せ、ユージーンやフランツも外交官を乗せていた。


 一行はイルバニア王国とカザリア王国の国境の街で一泊して、次の日の昼にはニューパロマの沖に停泊中の先発隊と合流する予定だ。


 特使一行を泊める名誉を拝したルーベンス伯爵は、皇太子殿下に粗相があってはと気の毒なぐらいの心配りで接待してくれた。


「ユーリ! 何処へ行くのだ?」


 自分の部屋に案内されたが、まだ夕食までは時間があるだろうと、街の様子をちょこっと見に行こうと、階段を降りていたユーリはユージーンに見つかった。


「ちょっと、国境の様子を視察に……」


 見る見るうちにユージーンの眉が上がるので、ユーリは首を竦める。


「見知らぬ街を独りで彷徨くだなんて、言語道断だ!

 それに晩餐会の為にドレスに着替えなくてはいけないのだぞ、忘れたのか?」


 ユーリは初めて訪れた街に興味深々で、伯爵の舘から抜け出して見に行こうとしていたが、ユージーンに見つかって叱られてしまった。


「夕食会かぁ……、ユージーン達は略礼服なのよねぇ。旅の途中なのに、わざわざ着替えるの面倒ね。ねぇ、私も竜騎士の略礼服で良いんじゃない?」


 ユージーンも旅の途中で夕食会など迷惑だとは感じていた。


「仕方ないだろ、一生に一度あるか無いかの名誉に浮き足立っているルーベンス伯爵は、晩餐会を催して皇太子殿下をもてなしたいと希望していたんだ。外務省に特使の途中だからと断られて、夕食会ならと許可されたのだからな」


 ユージーンは近隣の紳士や貴婦人を集めての晩餐会より、一族の者との夕食会の方がマシだろうと言う。


「まぁ、晩餐会よりはねぇ。でも、その為にドレスに着替えなくてはいけないの? ルーベンス伯爵は、とっても親切な方だけど……」


 有り難迷惑とは口にしなかったが、特使一行は全員がそう感じていた。


「夕食会に、令嬢が着るのはドレスと決まっている。

サッサと着替えないと、ルーベンス伯爵や伯爵夫人を待たせることになるぞ」


 ユーリはまだ自分だけドレスなのが不満だったが、ユージーンに睨まれて自室に上がる。


 見習い竜騎士の制服から、船便で送らず持参したドレスに着替え、髪はルーベンス伯爵夫人から寄越された侍女に結い上げて貰う。


「どのような髪型に致しましょう?」


 侍女に問われても、普段は自分で編み込みにしているだけなので、アップにする時はメアリー任せだ。


「あまり凝った髪型にはしないで、夕食会が終わったら明日に備えて直ぐに眠りたいから」


 コテを使ってカールを付けたり、複雑な髪型にすると、髪をほどくのも時間がかかるのだ。


 腰の下まで伸びた金髪はくるくるとカールしているので、侍女は結い上げるのが簡単だと喜んで、ふんわりと優雅に結い上げる。


 マダム・ルシアンがマウリッツ公爵夫人の好みで作ったフワフワのロマンティックなドレスも、少しリフォームして甘さを押さえたスッキリしたものになっている。


 それに、コルセットを付けて着ると少し胸ができるので、前よりは大人っぽく見えてユーリは満足した。


 前に礼装訓練の時はアクセサリーをユージーンにダメ出しされたので、母親のロザリモンド姫の形見の真珠のロングネックレスを付けると、侍女はうっとりと溜め息をつく。


「ユーリ様、とても素敵ですわ」


 髪を優雅に結ってくれた侍女に礼を言って、ユーリは夕食会が開かれる食堂に下りて行くと、もう殆どのメンバーが隣室に集まっていた。


「すみません、遅れたかしら」


 まだ夕食会の時間ではなかったはずだとは思ったが、食堂の控え室にいた全員に注目されて、遅刻したのかと慌てた。


 レディの入室に座っていた紳士は席を立つのがマナーだったが、ユーリの可憐な姿にちょっと見とれて立つのが遅れた人もいるぐらいだった。


「いえ、まだ夕食会の時間ではないですよ。皆、着替えがすんだので、下で雑談していただけです。そのドレス、前よりも似合ってますね」


 ジークフリートに遅刻ではないと言われ、ほっとしているユーリはグレゴリウスが自分に熱い視線を送っているのも気づかなかった。


 ルーベンス伯爵の夕食会は和やかに終わり、次の日はいよいよカザリア王国に行くので、ユーリやグレゴリウスやフランツは早めに自室に戻った。


 ジークフリートとユージーンは書斎で最終の打合せをマッカートニー卿としてからの解散になった。


「それにしても、今夜のユーリ嬢はお美しかった。皇太子殿下はユーリ嬢から目が離せないご様子だったが、ジークフリート卿は注意したのだろうね」


 ジークフリートが頷くのを見て、マッカートニー卿は溜め息をつく。


「お若いから仕方ないが、夕食会に出席した全員が皇太子殿下のお気持ちに気づいたことだろう。ああ、肝心のユーリ嬢だけは気づかなかったみたいだがね。このままでは、カザリア王国に滞在中にユーリ嬢をめぐっての騒動になりかねないので、もう一度ご注意しておくように」


 最終打合せを終えると、マッカートニー卿は皇太子殿下の指導竜騎士のジークフリートに釘をさして自室に引き上げた。


「皇太子殿下には、もう一度ご注意しておこう」


 ジークフリートは溜め息まじりに呟く。


「ユーリ嬢もこんなに急激に綺麗にならなくても良いのに……」


 先日の礼装訓練の時もドレス姿のユーリは可憐で可愛く思ったが、ほんの数週間なのに大人びた美しさが加わったのに驚いた。


 これではグレゴリウスが目を離せないのも仕方がないと、固い蕾がひらいていくように美しさを開花させていくユーリに、カザリア王国に行く時でなければジークフリートは単純に美姫の誕生を楽しめたのにと複雑な思いだ。


「まだ、内容は子供ですよ。ユーリは見た目と内容が違いすぎます。確かに、この数週間で外見はかなり女性らしくなりましたが、目を離すと何をしでかすやら」


 ユーリの指導竜騎士のユージーンは外見が女性らしくなったのなら、行動も年頃の令嬢として慎み深くなってくれれば苦労しないのだがと怒りがこみ上げてくる。


 二人はお互いどちらが指導の竜騎士として苦労しているのかと考える。やはり、ユーリの指導竜騎士は引き受けたくないとジークフリートは結論を出した。


「私にはユーリ嬢の指導は無理です。どうしても可憐な姿に惑わされて、厳しく指導できそうもありません」


 ユージーンはユーリという問題児を押し付けた大伯父のマキシウスに抗議したかったが、明日にはカザリア王国に到着するのに愚痴っていても仕方ないと割り切る。


「ジークフリート卿、ユーリはフランツにも見張らしてエドアルド皇太子と二人きりにはさせないようにします。ですから、皇太子殿下にカザリア王国滞在中はユーリへの恋心を押さえるよう申し上げて下さい。皇太子殿下があからさまにユーリへの恋愛感情を示されると、エドアルド皇太子もライバル心をかき立てられるかもしれません。お二方とも、お若くていらっしゃるから、気をつけなくては」


 恋心が押さえようとして、押さえられる物なら話は簡単なんだがと、ジークフリートはグレゴリウスの一途な思いに心を悩ませた。


 問題ある見習い竜騎士を指導する二人は、明日からのカザリア王国訪問が無事に同盟締結で終わることを祈りながら眠りについた。

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