7話 お説教!

 あくる朝、ユーリは早寝早起きのハンナに起こされた。


「おはよう、よく寝ていたわね。朝食ができたわよ! 顔を洗っていらっしゃい」


 懐かしい家には朝食の美味しそうな香りに溢れている。


 ユーリは井戸の冷たい汲みたての水で顔を洗おうと、タオルを持って庭に出た。ちょうど、グレゴリウスがふたご達と顔を洗っている。


 ビリーとマックは顔を洗うというより、水をバシャバシャしているだけに見え、ちゃちゃっと顔に水をかけて、シャツで顔を拭いて終わらせてしまった。グレゴリウスがキチンと顔を洗い、ふと困った顔をしてるので、ユーリはタオルを差し出す。


「ありがとう」グレゴリウスはユーリにタオルを返しながら礼を言う。


「顔を洗ったなら、朝ご飯食べてね。食べ終わったら、ユングフラウに帰らなきゃ……ああ、怒られるだろうなぁ」


 気持ちの良い朝にもかかわらず、どっと落ち込むユーリの気も知らず、グレゴリウスとふたご達は食欲満開だ。


「それ以上食べたら、私達の分がなくなるわ」

   

 男の子達はキャシーに止められるまで食べた。食べ過ぎの男の子達をテーブルからどかして、使った食器を流しに運ぶと、ユーリとハンナとキャシーで朝食を食べだす。


 生みたての卵の目玉焼きに、カリカリベーコン、焼きトマト、新鮮な野菜のサラダ、バターをたっぷりぬったトーストと、女の子達も朝からカロリーオーバーだ。


「ユーリ、もう帰らないといけないの?」


 三人でお皿を洗いながら、もっと居れたらいいのにと心から言いあう。


「また、手紙を書くわ。夏休みに来れたら良いけど、多分、お祖母様の家で過ごすと思うの。私もお祖母様に相談したいと思ってることがあるから、ヒースヒルには来られないかも」


 ユーリは自分がフォン・フォレストの跡取りなのか、祖母様に聞きたいと考えていたし、シルバーにも会いたかったので、夏休みはフォン・フォレストに帰るつもりだ。


『ユーリ、ラモスとパリスが来た。マキシウスはとても怒っていると、ラモスが言ってる』


 パリスという竜は知らないが、お祖父様が怒っているとのラモスの警告にユーリは首をすくめる。


「お祖父様が来たみたい! 私、黙ってここに来たから怒っているわ」


 ユーリが黙ってここに来たと聞いて、ハンナとキャシーは驚く。


「黙って来ちゃ、駄目じゃない」


「そりゃ、怒られるわよ」


 女の子三人が恐る恐る庭に出ると同時に、二頭の竜が舞い降りる。ハンナとキャシーは慌てて家の中に駆け戻り、ユーリはグレゴリウスと庭で、マキシウスともう一人の竜騎士が竜から降りるのを待った。


 マキシウスは上空にいる時から、イリスとアラミスがのんびり挨拶してくるのを聞いて、ユーリと皇太孫殿下の無事に安堵したが、そのぶん怒りがこみ上げた。


「皇太孫殿下! 貴方はどれほど皆様がご心配なされたかご存知ですか? ユーリ! お前は、何故皇太孫殿下を勝手に連れ出したのだ」


 マキシウスはユーリが女の子でなければ、殴りつけただろう拳をぷるぷると震わした。


「私が勝手に付いて来たのだ。ユーリを怒らないでくれ」


 グレゴリウスの懇願にも、マキシウスの怒りはおさまらなかった。昨夜はマキシウスはユーリが自分に何も言わずに、両親の墓参りに来たことで、配慮不足だったと自責の念を感じていた。しかし、人間の心は不思議なもので、心配したり、配慮不足を反省した反動が、呑気そうに朝食を食べたユーリを見た途端に怒りへと転じたのだ。


「何故、お前はこんな事をしたのだ。私に墓参りをしたいと言えば良いだけなのに! その勝手な行動が、皇太孫殿下に悪影響を及ぼしたのだ」


 マキシウスは心配のあまり昨夜から何も口にしていなかったので、小屋の周りに漂うベーコンの良い匂いが怒りに油を注いだ。マキシウスとユーリの間の緊張は、もう一人の竜騎士に和らげられた。


「まあまあ、アリスト卿、そんなに叱らないようにと王妃様が仰られていたでしょう。皇太孫殿下、ユーリ嬢、パリスの絆の竜騎士のジークフリート・フォン・キャシディと申します。以後、お見知りおきを」


 優雅にお辞儀する竜騎士が、ジークフリート・フォン・キャシディと名乗ったので、ユーリは優しい竜騎士のハインリッヒを思い出した。


『私はジークフリートの騎竜のパリスです。ジークフリートはハインリッヒの甥です。ユーリのことはキリエからよく聞いていましたが、聞いていたよりももっと可愛いですね』


 竜の情報網の凄さに驚きながらも、パリスとジークフリートの雰囲気があまりにも似ているので、竜は竜騎士に似るのかしら? とユーリは疑問を持った。


 ジークフリートやパリスが呑気に挨拶しているのを苛々して聞いていたマキシウスは、このままでは埒があかないと出立を急がせる。


「ユングフラウに早く帰らなくては! 国王陛下も王妃様も皇太子妃も、皇太孫殿下がご無事に帰られるのを心配しながら待っておられるのだ」


 マキシウスの言葉にユーリとグレゴリウスも首をすくめたが、ジークフリートはユーリに「お友だちにお別れの挨拶をして来なさい」と家から覗いてるハンナとキャシーとの時間をくれた。


「国王陛下や王妃様や皇太子妃も、少しぐらい待って下さいますよ。アリスト卿も、ウィリアム卿のお墓参りしてきては如何ですか?」


 ジークフリートの言葉に「もう、空から挨拶しましたから」と配慮に感謝しながらも丁重に断るマキシウスに『ウィリアムのお墓に行こう』とラモスが後押しする。ラモスは絆の竜騎士のマキシウスの息子を亡くした悲しみを知っていたので、ここまで来たのにお墓参りせずに帰ったら、きっと後悔すると思ったのだ。


「ユーリ、お祖父様がグレゴリウスを皇太孫殿下って呼んでたわ! いったいどうなってるの?」 


 あちゃーと言いたいユーリだったが、簡単に説明する。


「グレゴリウスは竜騎士学校の同級生なんだけど、皇太孫殿下なのよ。私が黙って此処に来るの気づいて付いて来ちゃったの。ごめんね、皇太孫殿下だといえなくて! でも、殿下が付いて来なければ、お祖父様にもバレなかったのに」


「ユーリの通う竜騎士の学校ってなんかすごすぎ」


「皇太孫殿下って、素敵よね! ついて来るなんて、ユーリのこと好きなのかな?」


 キャシーの問いに「ないない! 絶対ない!」と全面否定のユーリだが、ハンナとキャシーは好きでもない女の子を心配して付いて来ないよねと囁きあった。


「お祖父様が急いでるから、もう帰らなきゃ。詳しいことは手紙で書くから、変な想像はしないでね」


 クスクス笑っている二人に釘をさして、ユーリは待たせているお祖父様達のもとに走る。


「ユーリ、もう一度、ご両親のお墓に参って帰りましょう。皇太孫殿下もご一緒されますか?」


 ジークフリートはアリスト卿は言い出し難いだろうと、さっくりと話を進める。もちろん、ユーリには願ったり叶ったりで、グレゴリウスも同意したので、短い時間だけど両親のお墓に参ってユングフラウへと帰還した。



 皇太孫殿下の帰りを心配して待っている方々のことを考えて、慣れていないユーリとグレゴリウスはそれぞれラモスとパリスに乗せられての帰還になった。


『急いで帰らなきゃいけないのはグレゴリウスだけなら、ユーリは私とゆっくり帰れば良いのに』身勝手なイリスの愚痴はラモスにもアラミスにも無視されたが、パリスは『そうだね』と言葉すくなく同意してくれた。




 熟練の竜騎士のマキシウスとジークフリートはお昼前には、ユングフラウに帰還した。


 グレゴリウスはお祖父様、お祖母様、母上にみっちり叱られた。特に、アルフォンス国王には「どれほど、王妃や、皇太子妃が心配したかわかるか?」と諭され、グレゴリウスは自分の行動を反省した。


 王妃様のとりなしにもかかわらず、ユーリはマキシウスにきつく叱られた。


「何故、皇太孫殿下を巻き込んだのだ! どれほど、国王陛下や、王妃様、皇太子妃が、お心を痛められたか解らないのか」


「皇太孫殿下が私をつけてきたの、本人も認めていたでしょ」


 ユーリは一応言ってみたが、マキシウスの怒りに油を注ぐ結果になった。


「だいたい、お前が勝手な振る舞いをするから、皇太孫殿下が心配されて付いて行かれたのだろう。墓参りなら、私と行けば良かったのだ」


 口を挟めばお祖父様の説教が長くなると悟ったユーリは、黙って耐えた。


 フォン・アリスト家の執事は書斎でユーリお嬢様を説教している主人に「昼食のご用意ができました」と告げるのに、かなりの勇気を要した。しかし、昨夜から王宮に行ったきりで食事を取っていないだろう主人の健康を案じて声をかけた。


 執事に説教のこしをおられて腹をたてたが、マキシウスも自分が空腹であるのに気がついた。昨夜、王宮に極秘の召還を受けてから、夜食も心配で手をつけなかった。その上、早く朝食は急いでたので食べてないし、もうお昼はとうに過ぎていた。


「ユーリ、お前も昼食を取ったら、リューデンハイムに帰りなさい。校長先生は酷く立腹されて、退学だと言われたが、王妃様が取りなされて、退学だけは免れた。何か罰則が下されるだろう。自業自得なのだから、しっかり反省して罰を受けなさい」


 ユーリは昼食も怒られるお祖父様とでは喉も通らない気持ちで席についていたが、リューデンハイムの校長にこれからまた説教をされると思うと食べる気持ちも失せた。


 マキシウスは竜騎士として激務をこなしているので、テキパキと説教しながらも食事を進めていたが、ふとユーリが皿をつつくだけで殆ど食べていないのに気づいた。


「ユーリ、しっかり食べておきなさい。校長が、継承権1位の皇太孫殿下と2位のお前とが行方不明になったと知った瞬間、どれほど衝撃を受けられた事か。多分、怒っているから説教も長くなるぞ。食べておかないと耐えられない。竜騎士たるもの、食べられる時に食べておかないと、緊急時に空腹では役に立たないぞ」


 自分も夜食も朝食も食べなかったくせに、マキシウスの説教じみた忠告にユーリは従って、少しずつ昼食を口にした。


「そんなに校長先生がお怒りなら、来年は、優等を取れそうにもないわね。命日にお墓参りに行けそうにないわ」


 ユーリの悲しそうな言葉にマキシウスは溜め息をつく。


「校長は公正な方だから、今回の件で来年のグループ学習の評価をどうこうはなさらないだろう。だが、優等のご褒美の外泊が取れなくても、外泊の許可を取れば良いだけだ」


「でも、お祖父様、予科生は外泊が許可されてないのよ」


 お祖父様もリューデンハイム卒だが、遥か昔のことだから校則など忘れられたのだわと思って溜め息混じりにユーリは告げた。


「両親の命日に墓参りするという理由があれば、外泊許可は予科生にも許されるよ。第一、今回もユーリが私達大人に秘密にして、勝手な行動をしなければ何の問題にもならなかったんだ。誰も、お前が両親の墓参りに行くのに反対などしないだろう。今回の件は私も配慮不足だった。しかし、前から感じているがユーリは思いついたら、大人に相談せずに勝手に行動するきらいがある。まだ子どもなのだから、もっと大人に甘えて……」


 マキシウスはユーリが静かに泣いているのに気づき狼狽した。ユーリはお祖父様の言葉に、有里だった前世の記録を思い出して泣いていたのだ。


 両親を亡くし育ててくれた祖母を亡くした有里は、祖母の家に定年退職でUターンしてきた伯父夫婦に気兼ねして、大学の長期休暇にも帰省しなかった。自分一人で生きていく覚悟を決めて、都会での慣れない生活の中、頑なに伯父夫婦を無視していたが、有里が亡くなった時伯父が犯人に殴りかかったり、伯母が葬式の間泣き続けていたのを思い出したのだ。


 死んだ直後だったので自分の事で精一杯だったが、自分が伯父夫婦を自ら遠ざけていたのだとユーリは今更ながら気がついた。そして、今回の件も自分は悪くない、皇太孫殿下が付いて来なければ問題にならなかったのだと、お祖父様の説教を聞き流していたが、自分が大人に一言理由を言っておけば、このような事態にならなかったのだと反省した。


「ごめんなさい」


 前世と同じ過ちを繰り返しそうになっていたとユーリは気づき謝った。ユーリが心から反省しているのにマキシウスは気づき、涙を拭くようにハンカチを渡した。


「そんなに泣かなくても良い、今回の件は私の配慮不足も原因なのだ。お前は両親を亡くしたばかりだと言うのに、仕事にかまけて墓参りのことなど考えてもなかった。来年は一緒に行こう、スケジュールを調整しておく」


 ユーリはお祖父様の言葉に、泣きながら頷いた。




 お祖父様の説教は終わったが、ユーリとグレゴリウスはリューデンハイムの校長にこってりと絞られた。お祖父様の忠告に従って、昼食を少しでも食べておいて良かったとユーリは感謝する。


 怒りでアドレナリンが出ていた校長は夕食の鐘で我に帰り、疲れてミシッと椅子掛の背もたれによかりかかった。


「二人とも無期限の外出禁止! 無期限の罰竜舎掃除と食事の給仕! 今夜は夕食抜きです。反省文を毎日書いて提出しなさい」


 机の上の水挿しの水をコップに注いで一気飲みすると「出て行きなさい!」と長時間立ちっぱなしの二人を部屋から追い出した。


 グレゴリウスもユーリも既に各々、王宮や屋敷で説教された上に、校長から長時間立ちっぱなしで説教されたので疲労困憊だ。


「疲れた……。ユーリ、ごめんね。私が付いて行ったから、おおごとになってしまって」


「そうよ! 私だけだったら……」


 ユーリは謝るグレゴリウスに文句を言いかけたが、お祖父様にキチンと許可を貰わなかった自分のミスから皇太孫失踪事件を起こしたのだと考えて口を閉じた。


「私とは違う立場なのだから、行動に責任を持って下さいね」


「違う立場って……ユーリだって継承権二位じゃないか……」


 ユーリは、自分に都合の悪い継承権の事など話し合いたい気分ではなかった。


「そんなのいらないわ。それに、私は外泊許可を貰っていたのに、何故一緒の罰なのかしら? 皇太孫殿下は、許可なく外泊したから当たり前だけど……」


「ユーリ! 酷いよ。私一人で罰掃除を無期限にするのか?」


「だって……もう、いいわ! 校長先生は王族に弱いのよ」


「王族だからと贔屓されてはいないよ」


「そうかしら?」


 グレゴリウスはユーリに迷惑を掛けたの反省していたが、ツンとした態度に腹を立てた。その後は無言で寮に足を引きずりながら向かった。


「そう言えば無期限って……いつまで?」


 女子寮の扉の前でユーリは呟いたが、互いに考えたくもないと、無言で目的地のベッド目指してのろのろと進んだ。

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