ベランダキャンプとカップ麺

水崎 湊

第1話 テント

奴は何やらニヤニヤしていた。

ベランダで、ニヤニヤしていた。


「何してんの?」

「テント。ぽくない?」


私の彼氏は、ベランダで手すりと物干し竿の間に布を張りご満悦だった。

緑のレジャーシートを、ベランダの手すりと物干し竿に大きめの洗濯バサミで留めて屋根にしている。

下にはダンボールを敷いているようだ。

キャンプでよく見る銀色のカップや折り畳みの小さなテーブルもあって、それっぽく見えなくもない。


「洗濯物はどうした」

「邪魔だったから、コインランドリーで乾燥機かけた」


邪魔なのはレジャーシートであって、決して洗濯物では無いはずだ。


「キャンプしたいなって」


ベランダでか。


「ベランダでもいいじゃない」

「心を読むな」


私はとりあえず、カバンを置きにクローゼットを向かった。カバンを置き、簡単に化粧を落として髪を解く。服もスウェットの上下に着替えた。


「ゆいちゃーん、早くおいでー」


彼氏が、窓から顔だけ出して呼んでいる。


「晩御飯もそこで食べるの?」


私は寒そうだなと思いながら訊いた。


「座れるようにダンボールは2重に敷いてあるし、2人分のスペースは余裕であるよ」


それは見てわかる。

私が問題にしたいのは、仕事帰りに寒風に晒されて帰ってきた私をまた外に出すのかという1点のみだ。


「そんな寒そうなとこで晩御飯は嫌だぞ」


今何月だと思ってるんだ。

もう2週間もしない内に年明けだぞ。

私は心の中で悪態をつきながら、心底楽しそうな彼氏を睨みつけた。


「まぁ、いいからこっち来てよ」


私の半纏を広げて見せながら、奴はニヤリと笑った。

卑怯者だ。

卑怯者がいるぞ。


「お前がこっちに来てそれを返せ」

「着せてあげるからゆいちゃんが来てよ」


しばらく睨み合って、結局私が折れた。

窓を開けてベランダに出る。

レジャーシートがしっかりしているのか、帰り道あれ程恨めしかった冷たい風は感じない。足の下のダンボールは温かかった。


「それでも寒いな」


私は半纏の前をしっかり合わせて、奴を見た。

レジャーシートで風邪は防げている、外からも見えない。足元はダンボールでしっかりしているし温かい。しゃがんでいるので、2人でも狭くは感じない。

しかしだ。


「晩御飯はどうする気だ。1日働いた私はもう腹ぺこだぞ」


ふっふっふ、と憎たらしい笑顔だ。


「ばっちり用意してあるさ」


そう言って、奴はビニールの袋を掲げた。

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