第29話 ※アレクシス視点(5):真実が何だとしても
「どうした。相変わらずの無愛想顔で」
ディオンが私の肩を抱きながら、部下へとひらひらと手を揺らしながら挨拶をする。この言動も相変わらずだ。
「い――」
「いや、何でもないの前に言ってみろって」
相変わらずの顔だとディオンは言うのに、長い付き合いのせいか私の変化に気付いて尋ねてきた。しかしこの男は私の部屋にいる時間が多いが、いつ仕事をしているのだろうか。
私はため息をつく。
「少し妻のことで気にかかることがあって」
「何だよ。やっぱり不仲になったとか!?」
だから嬉しそうな顔をするなと思う。
「いや。そうではなく。彼女宛にご家族から手紙が来たんだが」
「ああ、家族と手紙のやり取りね。それが? 単なる近況報告だろ」
「家族から手紙が来たら普通は嬉しくないか?」
「いーや」
ディオンは両手を開いて身をソファーに投げ出した。
「俺は全く嬉しくないね。内容は結婚しろの一点張りだからさ」
「お前のことはともかくだ。彼女は慣れぬ家に嫁いできているわけだから、ご家族からの連絡は嬉しくないか?」
「ああ。そう言われてみればそうだな。喜んでいなかったのか?」
私は頷く。
むしろ無理に笑顔を作っていて、強張った顔をしていた。喜んでいる表情には到底見えなかった。だからと言って、結婚式での様子は決して家族仲は悪いようには思わなかったが。
「ああ、それはあれだ。元婚約者からの手紙」
「は?」
「ほら。お前、言っていただろう。彼女には元婚約者がいるって。しかも好き合っていた相手かもしれないって。その元婚約者からの手紙だろう」
そういえば自分の前で読めばいいと言うと、さらに顔色を失っていたような気が。彼女には家族ではなくて彼の字だと気付いたから……なのか?
「しかし結婚した相手の家に手紙を送るなんて大胆なことをするか?」
「ひそかに二人だけの暗号で書かれているんじゃないのか? 誰に見られてもいいようにさ。今も君を愛しているとか何とかの内容をこっそりと秘めて」
彼女は手紙を開くまで硬い表情だったが、読み始めて見る見る内に表情が柔らかく明るくなっていった。その後、彼女はとても落ち着いていて嬉しそうだった。一昨日の夜の落ち込みようとはまるで正反対だ。それは手紙で彼から変わらぬ愛を誓われたからなのか?
「なーんてな。冗談。そんな物語みたいな話が現実にあるかっ……って、おい。ちょっと聞いてる? 顔が怖いんだけど!」
午後からの鍛錬で、部下から今日は一段と私の指導が厳しかったと不評を買ったらしいが、どうでもいい。
それでも部下から懇願されたディオンが部屋にまたやって来た。
「俺が悪かった」
「何がだ?」
「いや。茶化しすぎたなと思って。悪かった」
口元を引きつらせながら謝罪するディオン。
「気にしなくていい。真実だ」
「いやいや。早まるなって! 真実かどうかは分からないだろ。彼女の話より俺の話を信じるのか?」
彼女を信じたいとは思う。
しかし。
「……分からない」
そう答えると、ディオンは頭に手をやってがしがしと掻いた。
「あのさ。俺を信頼してくれるのは嬉しいけど、俺の推測もお前の妄想も真実じゃない。彼女の真実は彼女しか知らないんだ。だけど、今の彼女が口にする言葉を信じてやってもいいんじゃないのか。先入観なく、真っ直ぐ見ていたら嘘かどうか分かるはずだろ」
「先入観なく真っ直ぐ」
「そうだ。今のお前は彼女に対して余裕がないんだろうから、物の見方がぶれているんだろうけどさ」
「……分かった。ありがとう、ディオン」
肩の力が少し抜けた私が分かったのだろうか。ディオンは頑張れよと笑った。
昨日はせっかくの休みだったが、彼女の体調を思って別々に過ごすことを提案した。その時の彼女は青白い顔をさらに白くさせていたように思う。責任感の強いことは分かるが、いつか無理がたたって倒れるのではないかと不安になる。
だから。
「お帰りなさいませ、アレクシス様」
顔色の優れないブランシェが笑顔で出迎えているのを見た時、ボルドーに鞄を押し付けるや否や彼女を抱きかかえた。
「ア、アレクシス様!?」
ボルドーはなぜこんな彼女の状態でも出迎えを強いたのか。
彼女が私に触れられることは嫌がるかもしれないが、それでもこんな状態で部屋まで歩かせるわけにはいかない。
「アレクシス様」
再び名を呼ばれて見下ろすと、青白かった彼女の顔に赤みが戻っている。
やはり無理をしていたらしい。
「わ、わたくし、一人で歩けます。大丈夫です」
「そうか」
構わず歩き出すとまた彼女はおそるおそる私の名を呼んだ。
「どうぞお離しください。わたくしは月役の期間ですから、アレクシス様が穢れます」
「穢れなどしない」
「ですが剣は血を嫌うと」
「血を好む剣もある」
そう言うと、さっきまで赤みを取り戻していた頬がまた白くなった。
怖がらせてしまったのだろうか。それとも私に触れられるのが嫌だからなのだろうか。
「……私に触れられるのは嫌かもしれないが我慢してくれ。君は大丈夫だと言うが、私が君を見ていられない」
「え? 嫌? い、嫌ではありません!」
きっぱり言い切る彼女に、思わず足を止めて見つめる。
「た、ただ恥ずかしいだけです」
私の胸元を少しつかみ、瞳を潤ませた彼女の言葉通りまた頬に赤みが差した。
これは彼女の本音だと考えていいのだろうか。
……だとしたら。
たとえ彼女に想いを寄せる相手がいたとしても、真実が何だったしても、この手を離したくないと思った。
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