6.蝶々の手紙
森の入口まで歩いた後、少年を適当な場所で降ろした。
意識は戻らないままだが問題は無いと判断した北条はその場を去り、泥だらけのまま屋敷へと戻った。
彼を出迎えたマリアは、驚いた表情を見せつつも風呂場で体を流してくるよう優しく言った。体に付いた泥と一緒に凝り固まっていた何かがふやけて排水口の穴に落ちていく。その様子をじっと見つめてしまっていた。
風呂から上がった後は、体もよく拭かず髪からは水滴を垂らしたまま書斎へと行き、体を横に膝を丸めて椅子に座った。
机の上に並べられている造花の中から適当に一つ摘み窓から差し込む夕日の中でソレをまたじっと見つめた。頭の中には少年の〝死ぬ気で探せ〟という言葉が繰り返されていた。だが、彼は散々探したのだ。
この状況を脱する方法を考え尽くした。
「髪くらいちゃんと拭きなさいよ」
北条の濡れた頭部と思考をバスタオルが覆った。
マリアが彼の髪の水滴を拭き取っていく。
その間も彼は造花を見つめたままだった。
「ねぇ、どうしちゃったのよ。アンタも街の人間もホント人が変わったちゃったみたいにさ」
彼女はとても静かな口調でそう言った。北条は返す言葉を造花に求めたが造花は何も言わなかった。過去は、現在に言葉をくれなかった。
「あそこのパン屋さんね、辞めちゃうって。今朝話してきたの。一緒に行ったレストランもね、気が付いたら無くなってた。仕方ないわよね、全部。馬鹿な女よ、思い出ばっかりで気がついたらアタシだけ、置いてかれてる」
彼女の手に力が入った。北条の手から
空いた手には
「―― ねぇ、なにか言ってよ。アタシを…… 置いてかないでよ…… !」
静かに涙ぐむ彼女の声。
北条はそこで初めて、自身の行動が彼女を追い詰めてしまっていたことに気が付いた。全て一人で抱え込んでいれば誰も傷つかないと思っていた。
だが違った。
マリアの手を握ろうとした。既に彼女はそこに居なかった。
湿ったタオルと残った体温だけ。
「手紙、今日届いてた」
鼻を少しすすった彼女は、北条に背を向けて机に並べられた造花の上に封筒を置いた。頭に掛かったままのタオルが床に落ちて、北条はしばらく項垂れていた。自身に対する嫌悪感に満ちていた。
もし、自分に完璧な魂があれば、完璧な心があればと考えてしまう。
らしくない考えに自傷気味に笑い風にでも当たろうと椅子から立ち上がった。落とした造花を拾い上げて机の上にまた並べる。
彼女の置いていった封筒が目に止まり手に取った。部屋を出て暗く
長い廊下を歩きながら封筒を確認する。中には紙だけでなく何か入っているようだった。封筒を裏返せば蝶々の蝋印の封がされていた。
封を開ければ中には小さな紙と―― 。
「眼鏡…… ?」
目は悪いが、視力は良い方だった。
不思議に感じながらも、廊下に差し込む夕日を頼りに紙書かれた文字を読んだ。
〝世界は色で出来ている〟
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