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「で、三つめの議題ですが……」

 三つめは、一時的な外出禁止措置となっていた。文字通りの内容だろう。

「複数の住人の方から、これ以上の殺人事件発生を防ぐために、夜間の戸外への外出を制限してはどうか、という提案がありました。事件は二件とも、放火を含めれば三件ですが、夜から朝にかけて発生しています。ですので、戸締りをしっかりした上で、不要不急の外出は自粛いただくよう、要請しようと思っております」

「具体的に、何時から何時までですか?」衛生担当の玉木が問う。

「午後七時から翌朝六時くらいまでが目安になると思います」

 誰かが、いい案だ、と言った。

「でも、仕事から帰るのが七時以降になったり、朝五時から出勤する人もいるでしょう。私もですが」島本が言った。

「もちろん仕事や、やむを得ない事情で外出することを禁止するものではありません。あくまでも、不要不急の場合です」

「不要不急とは、どういうものですか?」福井が問う。

「たとえば、犬の散歩とか、緊急でない買い物とかになると思います。つまりそれらは、午後七時までに済ませておくか、朝六時を待ってから行くように、と」

 美咲はそれを聞きながら、仮にそうなっても自分にはそれほど影響はないだろうと判断した。もちろん不便になるには違いないが、出掛けるのはタバコや食料を買いにコンビニに行くくらいだから、きちんとタバコをカートン買いしておけば、それほど問題ない。カートンで買ってしまうと、タバコが切れる心配から解放されて吸い過ぎてしまうのが難点ではあるが。

 福井が、

「そんなこと、自治会が規制できるんでしょうか。移動の自由は大事な人権じゃありませんか」と言った。

 それを聞いた東が鼻先で笑いながら、

「また人権か。お前さん、人権が好きじゃの。人権さんとこに嫁に行ったらどうじゃ」嫌味っぽく言った。

 福井はもはや相手にしていないというふうで、涼しい顔をしている。

 五島が、

「あくまでも、住人の皆さんに対するお願いです。もちろん、強制力はありません。住人の皆さんの自主的なご協力により、外出を控えてもらうというものです」と言った。

「強制力がないなら、何の実効性もないんじゃないですか?」

「いちおう、役員で二人組の交代で見回って、外出してる人がいたら帰宅を促す、というふうにしようかと、防犯担当の佐藤さんとお話をしておりました」

「え、私たちが見回りするんですか?」鈴木が言う。

「はい、そうする予定です」

「そんくらいしたほうがええじゃろ。人殺しを防ぐためじゃ」東が言う。

 美咲はとなりにいる敏子の顔を見た。やはり、めんどくさそうな表情をしている。夜間の見回りなど、やりたい人はいないだろう。

 ほかの役員も難しい表情をしているが、班長のほうは特に感情を表していない。

「ちょっと、待ってください!」三班班長の金田一基の大きな声だった。

「なんでしょうか?」

「午後七時以降、この集落内では外出してはいけないということになるんですか?」

「ええ、そういうことです」

「困ります。皆さんご存知のとおり、うちは居酒屋を経営しとります。お客さんの半分以上は、集落のなかの住人さんです。午後七時と言えば、ようやく仕事が始まったところです。それは、うちに仕事をするなと言うとるのと、同じじゃないですか」

 金田一基のすぐ横に座っている未亡人の金田恵子は、一基の親戚ということで、班は違うもののすぐそばに住んでいる。美咲は酒を外で呑む習慣がないので、金田の居酒屋に行ったことは一度もないが、金田一基夫妻と金田恵子の三人で、店を切り盛りしているということだった。

「それは……、まあご協力いただくしかないと思います」

「冗談じゃない、なんでそんなもんに協力せにゃいかんのですか。わしらに飢え死にしろと言いよるんと同じじゃないですか」

「自治会としては自粛を推奨するだけ、実際に自粛するかどうかは各住人の判断にお任せしますので……」

「見回りまでするんじゃ、実質的に強制するんと変わらんじゃないですか」

 そのとき、美咲のすぐ横に座っていた酒本がその場に立ち上がった。

 そして、金田一基を指さして、絶叫する。

「あなた、甘えたこと言うんじゃないよ!」

 美咲は普段の酒本の態度とあまりに違うために、あっけにとられてしまった。

「あなたも商売人でしょう。良いときもあれば、悪いときもある。当たり前じゃない。悪い波がきたときのために備えておくのは常識。その備えができてなかったってことは、自己責任じゃない。泣き言を言うなら、商売人の資格はないわ」

「殺人事件が起こったっちゅうのは、わしの自己責任ですか?」

「当たり前でしょう。起こったことにはすべて結果に責任を負うってのが、リスクを取ってお金を稼ぐってことでしょう。私だって、借金して自宅をリフォームして店やってるのよ。いざとなったら飢え死にするくらいの覚悟がないなら、おとなしくコンビニでバイトでもしてなさいよ」

「おたくの商売は七時に閉めても何も影響ないじゃないか。安全なところにおるから、こっちに石を投げれるんじゃ。勝手なこと言うな」

「ちょっと、二人とも、不規則発言は控えてください」五島が言った。

 酒本が興奮し切った表情のまま、座布団の上に座る。

「金田さんのご懸念はじゅうぶんわかりますが、ここはひとつ、お持ち帰りのメニューとかを充実させるなどの工夫をしてもらって、なんとか凌いでもらえんじゃろうか。犯人が捕まるまでの、一時的なことじゃけん」

 金田一基は憮然とした表情で何も答えない。

「それでは、住人に対する夜間の外出自粛の要請と、役員による見回りについて決を取りたいと思います。賛成の方は挙手をお願いします」五島が声を張った。

 ゆっくりといくつか手が挙がり、そしてパラパラと続いていく。

 役員のなかでは、五島と東と佐藤が挙手をした。班長は自らは負担がないためか、福井を除く全員が挙手をしている。

「賛成多数となりました。本日の役員班長会議はこれにて散会といたします。役員の皆さまには、夜間見回りの割り振りなどを決めたいと思いますので、引き続きお残りください。ありがとうございました」五島が言った。

 酒本も含め、班長の面々が立ち上がって退出していく。五島宅のリビングが一気に広くなった。

 美咲は、混乱しながらも終わったばかりの役員班長会議を振り返りながら、臨時回覧板の文書に書くべき内容を頭の中で考えていた。

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