彼女と出逢った当時の僕は、父を亡くし母を亡くし、人間との諍いに巻き込まれたりして、正直、何もかもが嫌になっていた時期だった。若い吸血鬼にはどうしてもそういう時期があると言われてる

『この世には吸血鬼だけがいればいい』

 その考えがどれほど傲慢なものであるか、僕は、伴侶となった女性から教わった。

 彼女と出逢った当時の僕は、父を亡くし母を亡くし、人間との諍いに巻き込まれたりして、正直、何もかもが嫌になっていた時期だった。

 若い吸血鬼にはどうしてもそういう時期があると言われてる。

 吸血鬼である自分と人間との間にあるあまりにも深くて遠い<溝>に打ちのめされて、空虚な気分になる時期が。

 はっきり言ってしまえば、

『どうして人間なんていう愚かな生き物と関わらなくちゃいけないんだ!?』

『どうして愚かな人間なんかに僕達吸血鬼が気を遣わなきゃいけないんだ!?』

 っていう<想い>だ。

 だってそうだろう? 人間みたいな、ひ弱で、そのくせずるくて、ひがみっぽくて、自分よりも優れた者は妬み、自分より劣ってると感じた相手にはどこまでも尊大に振る舞うような生き物。

『そんな生き物なんか、さっさと滅ぼしてしまえばいいんだ! そうすれば地球は穏やかで平和な惑星ほしになる』

 そういう考えに囚われてしまうんだ。

 だけど、僕の母は、それを良しとしなかった。僕に、繰り返し何度も、

「生きるというのは、自分の思い通りにならない現実と向き合って、折り合いをつけていくこと。これは、吸血鬼も人間も同じ。

 私達吸血鬼は、確かにとても強い力を持つ生き物だけど、だからってこの世界の全てを思い通りにできるわけじゃない。

 かつて、それを目指した吸血鬼も何人もいたけれど、誰一人、理想を成し遂げた者はいないの。

 誰もが皆、志半ばで命を落としてる。

 吸血鬼は、寿命以外では限りなく不死に近いとはいえ、決して<不滅>の存在じゃない。人間よりは遥かに長寿でもしっかりと<寿命>もあって、いつかはこの世を去るんだよ。

 もう、これだけでも『自分の思い通りにはならない』というのが分かるよね。

 だからミハエルもそれを分かっていてほしいの。吸血鬼である自身の力に奢ることなく、何もかもが自分の思い通りになるわけじゃないことを理解してほしい。

 その代わり、お母さんが生きている限りは、あなたの辛い思いを受け止めてあげる。

 それが、あなたをこの世界に送り出したお母さんの役目」

 と言い聞かせてくれた。

 母の言葉が、僕を支えてくれたのは事実。

 たぶん、それがなかったら、僕はとっくに、人間にとって危険な存在に変わっていたと思う。

 それでも、疲れてしまって、いろいろな煩わしいことから逃げたくて、ジェット旅客機の車輪格納庫に潜んで日本にやってきたんだ。

 仮の身分を使えば普通に入国もできたけど、それだと足跡が残ってしまうからね。

 あと、自分がどこまで耐えられるのかを、試したかったというのもある。

 低温についてはシベリアで経験済みだけど、そこにさらに低酸素が加わるとどうなるのかっていうのを。


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