閑話 幽霊と女の子

 沙織はちょっと困ってしまった。

 目の前には赤いスカートを履いた女の子がいる。毎日毎日砂場で穴を掘っているからずっと気になってたのだ。今日思い切って聞いてみたらなんと沙織の墓穴を掘っているのだという。

 たしかに沙織は幽霊だが……。

 自分のために女の子が毎日毎日墓穴を掘ってくれるってのは嬉しいと思うべきだろうか。実のところ、あまり嬉しくはない。


「あのさ、お姉さんはちょっと思うんだけど」

「なあに?」

「砂場に幽霊を埋めたらいけないと思うなあ」

「どうして?」

「だって別の日にほかの子が砂場を掘って遊ぶかもしれないでしょう?」

「あっ。そうかー」


 女の子はがっかりした顔をして、それからあたりをきょろきょろ見回しはじめた。どうやらもっとお墓にいい場所がないかと探しているようだ。けれど小さな公園に墓になりそうな場所はないし、沙織も今この状態で埋めてほしいとは思わない。


「ねえ、お墓よりももっといいものを作らない?」

「えー。さっちゃん、あまりむずかしいのはつくれないと思う」

「お名前、さっちゃんって言うんだね」

「そうだよ。おねえちゃんは?」

沙織さおりだよ」

「さおりおねえちゃん。どうして死んだの?」

「さっちゃん、ズバッと聞くねえ」

「うんっ」


 なかなか遠慮ない子だ。とはいえ、幽霊だと怯えられても面白くはない。沙織は女の子と話すのが楽しくなってきた。


「どうして死んだのか、あまり覚えてないんだよ」

「ふーん。おぼえてないならいいよ」

「いいの!? あっさりしてるなあ」

「でもどうしてここにずっといるの?」

「えーっと、……なんとなく?」

「ふーん」


 少女はいかにも子どもらしいというか、いろいろ聞くわりにはあまり答えには執着しない。沙織のほうが聞かれていろいろ考えてしまう。

 なんとなくここに居たけど、他の場所に行けるんだろうか。

 少なくとも公園の端から砂場までは移動できた。試しに付近を歩いてみる。砂場からブランコのところへは問題なく移動できた。ブランコのところから公園の出口に行こうとすると足が止まる。


「公園の外には出られないみたい」

「そっかー。じゃあいっしょにあそぼうよ」


 小さい公園だけど、ブランコと滑り台と砂場がある。他にすることもないし、女の子と沙織は一緒に遊んだ。

 幼児向けの小さいブランコは足が地面に着いてしまって乗りにくい。……ような気がする。なにしろ沙織は幽霊なので、ブランコに乗っているような雰囲気で浮かんでいるだけだから。

 それでも女の子は隣で楽しそうにブランコを漕いだ。

 滑り台もちいさくて、階段なんて五段しかない。万が一にもケガをしないような安全設計だから子供たちも大きくなったら来なくなる。今だって女の子と沙織の貸し切りだ。


「この滑り台、懐かしいなあ」


 ふとそんな言葉が沙織の口からこぼれた。


「おねえちゃん、ここに住んでたの?」

「……そうみたい」

「ここであそんでたんだね」

「うん。そう。今は別のところに住んでるけど、小さいときにここに住んでたんだった」


 おぼろげな記憶が少しずつはっきりしてくる。

 この滑り台は昔からあった。ブランコはキレイなのに取り替えられてる。砂場は昔のままで、そしてその向こうの植え込みは……。


「おねえちゃん、どうしたの?」

「ここに」

「このきのねっこ?」

「そう。この木の根っこのところに昔、穴を掘ったの」


 小さい穴だった。硬い地面を子供が掘れるくらい、小さい穴だった。


「なんのあな?」

「お墓だよ。ハムスターのお墓」


 ある日飼っていたハムスターが死んだ。

 昨日まで元気だったのに。泣いて、泣いて、それからここにきて埋めた。

 沙織の目にうっすらと涙が浮かんだ。


「おねえちゃん」

「ここに埋めたの。ハムスターのフワちゃん。だから私、一緒に行こうと思って迎えに来たんだよ」

「いま、ここにいるの?」

「ううん。もういない」

「さみしい?」

「ううん。フワちゃんはもう行っちゃったし、私もはやく行かなくっちゃ」

「かえるの?」

「うん。お姉さん、もう帰らなきゃいけないみたい。さっちゃん、遊んでくれてありがとう」

「さっちゃんも、もうかえる。さおりおねえちゃん、ブランコたのしかったね」

「うん」

「じゃあまたね」

「うん、またね。ずーっとずーっとあとでね」


 沙織は女の子と別れて顔を上げる。

 空の低いところが夕焼けに染まっていた。


 空のてっぺんはもう暗い。その真ん中に一つ星が見えた。明るくて大きな星だった。

 沙織は星に向かって手を伸ばす。星の光はどんどん大きくなり、いつしか月よりも明るく輝く。


「ああ、あれは穴なんだ」


 夜空に開いた穴の向こうから、まぶしい光が漏れてきているのだ。

 沙織は穴に向かって手を伸ばす。体は軽くて、ふんわりと浮いた。

 そのまま行こうとしたけど、ふと何か感じる。下のほうで女の子が、一生懸命手を振っていた。

 沙織も満面の笑みで手を振りかえす。

 もう沙織を引き留めるものはここにはなかった。だから輝く穴へと入っていく。

 懐かしい誰かのところへ。


【了】

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