第4話 胃潰瘍
ここ半年くらい、たびたび腹が痛くなる。
夕方、仕事から帰る頃はとくに酷い。歩けなくなってうずくまると、同僚が心配してくれるんだけど、しばらくしたら良くなるからまあ大丈夫かなって思ってる。
だけどどす黒い血便が出て、さらには吐いたものに血が混じり始めたから、さすがにヤバいかもしれない。
それでも病院嫌いだしなあって渋っていたんだが、ついに同僚が勝手に病院を予約しやがった。
それで俺もようやく重い腰を上げて病院へと向かったってわけ。
「前日の夜九時過ぎたら何も食べないでくださいね。水は飲んでもいいですよ」
予約したときにそんなことを言われた。
不安しかない。
案の定、胃カメラだと。
検査室に向かう足が重い。
いろいろ怪しげな機械が置かれている部屋でベッドに腰掛けると、看護師が紙コップに入った変なドロッとしたのを飲めという。
うへえ。
軽く麻酔をしますからねーと言われた。いっそ寝るほど重く麻酔してほしいって要求したら笑って流された。
固いベッドに横になると、さっそくおっさんの指くらいはある管を飲み込まされる。
「じゃあゴックンって飲んで。はいはい。上手ですね。じゃあ管を中に入れていきまーす。なるべくゲップしないでね」
「おぅえっ、うぉ、ぅおええ」
「おえって言わないでねー長くなりますからーはいはい。今見えてるのが食道ですよ。食道はまあまあきれいですね。ほら、胃に入りましたよ」
医者はやけに良く喋る。検査結果なんぞ後で聞けば十分だ。実況やめろ!
そう言いたいがオエっとしか声が出ない。
カメラが胃を映し始めると、医者が一瞬黙った。
なんだなんだ。実況はどうした。
「うーん。あ、ゲップしないで。空気入れますからねー。うーん穴が開いてるなあ」
カメラには胃の内部が赤く映っていて、その一部が赤黒く変色していた。
「これはマズいですねえ」
「お、おえぇぇ」
まずいってなんだよ。実況しろ!
「胃に穴が開いてますね。ここ、ほら分ります?」
見えてるから。涙目だけど見えてるから!
はよ説明をしてくれよ。
「うーん。もう少し早く病院に来てくれたらよかったんですけどね。穴がブラックになってますねえ」
悪いのか。もしかして癌なのか。
「ブラックホール、分かります?これ、もうすぐブラックホールになりますよ」
……はあ?
「知ってるかもしれませんが、ブラックホールって周りの物をみんな吸い込んじゃいます。ブラックになる前だったら良かったんですけどね。僕も目の前でブラックホールができるのを見るのは初めてだなあ」
そ、そんなものが体の中にできて大丈夫なのかよ。
「ああ、大丈夫ですよ、心配しないでください。ブラックホールはある程度のものを吸い込んだら消えちゃいますから。仕組みはよくわかってないんですけどね」
なるほど。
「だから、あなたが吸い込まれてしまっても、私とか看護師には何も問題ありませんから。あ、このカメラが吸い込まれたらまずいんで、抜きますね」
「お、おぇええっ」
それどういうことだよ!言いたいけど管が邪魔で声が出ない。
ずるずると、管が喉を通る気持ちの悪い感触と、胃を締め付けられるような痛みが同時に来た。
胃カメラの管は抜けたが、腹の痛みで気が遠くなる。
視界の端に、立ち上がって俺から距離を取る医者の姿が見えた。
【了】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます