第15話 家族としては

 お昼を過ぎた頃、俺は再び美涼の部屋の前にやってきた。


「入っていいか?」


 ノックをしても返答がなく、寝ていると思ったものの口頭で確認してから起こしてしまわないよう静かにドアを開ける。

 美涼はベッドの上に苦しそうに横たわっていた。

 タオルが落ちたおでこに手でふれようとして寸前のところで止める。


(あぶねえ、また日奈と同じようにやっちゃうところだった)


 布団を掛けなおし、氷水で冷やしたタオルに変えるだけにした。

 少し強張っていた表情がわずかに和らいだ気がする。


 なんだかほっとしてしまう。

 寝ている姿を見つめているのはどうにも恥ずかしくて、何気なく周囲を見回してみる。


 勉強机の上にはやたらとノートがひしめき合っていた。

 見開きになっている物に自ずと目が行ってしまう。

 今週、来週のレシピノートかな。材料や野菜の切り方など細かく読みやすく書かれている。

 その傍には4月から使う教科書もあった。予習済みなのだろう、重要なところに蛍光ペンですでに線が引かれている。


 ベッドの近くにある小さな丸机にはさっき渡したラノベが置かれていて、ファンレターでも出すのか面白かった場面がいくつか記してあった。


「たくっ、体調崩したら元も子もないのに……いつも一生懸命頑張って……家でも学校でも同じだ……やっぱりそういうところ、好きだからな俺……余計な無理させちゃったな」

「っ!? う~ん」


 美涼は少し寝返りを打った。

 俺の言葉に反応した感じだったので、目を覚ましているのかと思って一瞬ビックリしたが……。

 面と向かってだったら言えるかどうかわからないことだ。

 つい言葉に出して言ってしまったが、ある意味告白と同義かもな。

 振られたのにな……まだ考えちゃうな……。

 兄妹としては上手くやっていきたいし、やって行かなきゃな。


「あんまり一人で頑張りすぎるなよ……」


 油断したつもりはないけど、つい頭を撫でてしまった。

 寝顔を眺めているとなんだかドキドキしてきてしまう。


「ダメだあ……お、おやすみ」


 背中越しにそれだけ言って額を軽く叩きながら部屋を後にする。




 夕方になると、美涼はカーディガンを羽織りおずおずと下に降りてきた。

 台所で作業をしていた俺の方を見て、何か言いたそうに珍しくもじもじとしている。


「どうした、大丈夫か?」

「……その、体調も良くなってきたとおもう、わ……」

「そうか。ちゃんと眠れたみたいだな、顔色も少し良くなってる」

「おかげさまで。そ、その……」

「ああ、お腹空いたんだろ? 食欲が出て来たならよかったよ。今、何か用意する」

「えっ……あっ、うん」


 美涼が席に腰掛けると、ソファでお絵描きをしていた日奈もテーブルの方へやってきた。


「……お姉ちゃん、元気になった?」

「ええ、もう大丈夫だと思う……ごめんね、心配かけちゃって」

「うんうん、温かくしてないとダメだよ。寒くない?」

「……大丈夫。ありがとう、日奈ちゃん。テレビでも観よっか?」


 日奈と美涼がテレビを見ている中、俺はわずかな時間で鍋焼きうどんを完成させテーブルへと運ぶ。

 日奈も目を輝かせるようにしていたので、少し小分けにした。


 美涼は箸を持ったものの、食べる前に俺と日奈の方をやたらと伺って、そして……。


「……昨日はごめんなさい。せっかく迎えに来てくれたのに態度悪くて……」

「お姉ちゃんえらい、ごめんなさい言えた」


 俺が何か言う前に、日奈が美涼の頭を優しく撫でる。

 美涼の謝罪を聞いて俺もどこか安心した。

 悪かったことを認めてそれを言葉にするのは大事だ。

 迷惑を掛けるのはお互い様なとこあるし。


「おほん……頑張るのと頑張りすぎるのは違う。不服かもしれないけど俺たちはもう家族だ。手伝えることは手伝うし、もっと俺を頼ればいいんだよ」

「……もうちょっと分担するようにするわ……なに、その顔?」

「いや……」


 そういえば家族といいつつも、俺はまだちゃんと呼ぶことが出来ていない。

 いつまで恥ずかしがってるつもりなんだ俺は……。


「なによ……?」

「その、み、美涼。改めてよろしくな」

「っ!? その不意打ちはどう考えても卑怯でしょ」


 この日、美涼との家族の距離が少しだけ縮まった気がした。



 ☆☆☆



 数日後、俺と美涼は朝の台所に立っていた。


「樹、あなたちょっと早起きしすぎよ。ゴミももう出してるし、このままじゃあなたの負担が大きくなっちゃうじゃない」

「ならもっと早く起きることだな……」

「あなたこそもう少し寝てなさいよ。そんなんだからいつも学校で居眠りしちゃうのよ」

「うっ、それは確かにその通りだけど……」

「2人でやれば十分間に合うでしょ。あなたもあたしを少しは頼りにしてほしいわ。家族でしょ」

「……お、おう、了解……美涼」

「っ!? 溜めないでよ。まだ慣れないとか、ほんとあなたって……って、なんでそんなに赤くなるのよ!」

「しょうがねえだろ。お、お前、この恥ずかしさを少しはわかれよ」


 一応当番制にしているが、手伝える時は手伝うということで互いの意見は一致した。

 2人でやれば負担も減らせて効率も上がるからな。


「ほら卵が焦げちゃうわ」

「お前がごちゃごちゃ言うからだ」

「なにを言うのかしら、あなたがぼーとしてるからよ…………ねえ、あなたはあんなこと言ったけど、まずは家族……として。その先のことは……まだ……」

「んっ、なんだって? 今話しかけられても余裕ないぞ」

「あー、もうそういうとこ!」


 俺たちのやり取りは家でもあまり大差はない。

 というか口を開けばいがみ合う関係にどんどん戻りつつあった。

 それでも、ダイニングテーブルには次々におかずが並んでいく。


 とりあえず家族としては素直にものを言える関係になった、と思いたい。

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