令嬢とザクスハウル国の異変 5

「それなら、まずは可能な限り迅速に彼を助け出しましょう」

 迷いなく言ったアルマニアに、ノイゼが目を見開き、周囲の人々がざわつく。

「……アルマニア嬢、確かに私は、彼がいれば貴女の作戦に実現性が出てくるだろうと申し上げましたが、同時に、冒す危険に見合った成果が得られるかは判らないとも言いました」

「ええ、聞いたわ」

「失礼ながら、貴女はあの監獄の恐ろしさを判っておいでではない。あの場所は、私を含む賢人全てが全身全霊をこめて設置した魔法がいたるところに隠れているのです。たとえ賢人だろうと、一人で侵入して無事に出てくることは不可能だと断言できる、そのような場所なのですよ?」

「つまり、団長を助けようとして侵入したとしても、助けられずに終わるどころか、侵入した者まで全滅する可能性が高いと、そう言いたいのね?」

 アルマニアの言葉に、ノイゼは硬い表情をして頷いた。

 確かに、賢人ですら脱出不可能な監獄だと言うのなら、その中から誰かを助け出すなど夢のまた夢なのだろう。そしてそれが事実だからこそ、ノイゼはこれまで強力な味方になり得る団長を助けようとしなかったのだ。それくらいは、アルマニアにも想像ができる。

 と、そこで不意にヴィレクセストが声を上げた。

「ひとつ訊きたいんだが」

「なんでしょう」

「その団長さん、監獄に入れられたのはいつ頃だ?」

「二年ほど前の、実験体の選定方針が変わったときです。それまでは秘術のことは賢人たちの間だけの機密事項だったのですが、軽犯罪者の扱いを変えるとなると魔法師団の警邏方針なども変化するため、団長と副団長だけには真実を話すことになったのです」

 話がされたその場で団長は反逆罪で監獄に連れて行かれ、その数日後にノイゼもまた賢人たちに離反することとなったため、その後については定かではない、とノイゼは言った。

「二年、ねぇ……」

 目を細めたヴィレクセストはそう呟いたが、それ以上この件について何かを言うことはなく、アルマニアへと視線を落として首を傾げた。

「で、どうするんだ、公爵令嬢」

 問われ、アルマニアは少しだけ沈黙したあとで、すくりと立ち上がった。

「私の方から持ち掛けた話だというのに恐縮なのだけれど、貴方たちに力を貸すという話、一旦保留にさせて貰うわ」

 唐突に告げられたそれに、ノイゼは少しだけ目を開いたあとで、拳を握って顔を俯けた。

「……それは、私たちでは貴女のお眼鏡には適わなかった、ということでしょうか」

 滲み出る失意を隠し切れない声で言ったノイゼに、しかしアルマニアは首を横に振った。

「いいえ、その逆よ」

「逆……?」

 訊き返したノイゼに、彼女は変わらぬ強い光を宿した目で彼を見て頷いた。

「私は、貴方の覚悟と想いと願い、そしてレジスタンスの人々のそれらを見たわ。賢人たちに逆らってでも国を正そうとする貴方も、そんな貴方につくことで己より遥か高みの存在を敵に回すことを選んだ彼らも、等しく尊いものだと私は思う。けれど、それなのに私は貴方たちに何も示せていない。そんな状態で貴方たちの力になりますだなんて、それはあまりに失礼というものだわ」

 そう言ったアルマニアが、ノイゼを見て微笑んだ。

「だから、こうしましょう。私とヴィレクセストが無事にオートヴェント団長を救い出すことができたら、そのときは改めて貴方たちに力を貸すと約束するわ」

「ア、アルマニア嬢! 何を仰っているのですか!? 私の話を聞いてい、」

「勿論聞いていたわ。だからこそ決めたの。貴方も異論はないでしょう、ヴィレクセスト」

 ノイゼの言葉を遮って言ったアルマニアに、ノイゼはヴィレクセストを見て止めてくれと言いたげな目をした。だが、そんな彼の思いも虚しく、ヴィレクセストは面白そうに笑って頷いた。

「ああ、あんたがそうするって言うなら付き合うさ」

「なっ! 貴方まで何を言い出すのですか!? いかに貴方が大賢人様に及び得ると言っても、あらかじめ用意された無数の魔法が相手では通用する保証などないのですよ!?」

 ヴィレクセストの返答に驚いたノイゼが叫んだが、それに対して彼は肩を竦めて返した。

「ご主人様の判断だからな」

「……主が過ちを犯す前に止めるのも、また臣下の務めなのではないですか」

「そりゃあそうだ。それが過ちならな」

 そう言ったヴィレクセストが、話はこれで終わりだと言うようにノイゼから顔を背けて、アルマニアに向かって手を差し出した。

「それじゃあいったん帰りますか、公爵令嬢」

「ええ」

 アルマニアが向けられた手を取ると同時に、ヴィレクセストが魔法を構築する。と、そこでふと思い出したような顔をして、ヴィレクセストはノイゼを見た。

「言い忘れてたんだが、もしも今後呼ぶ機会があったら、俺のことはヴィって呼んでくれ」

「……は?」

「ヴィレクセストって名は、公爵令嬢にだけ許した特別な名前なんだ」

 レジスタンスのメンバーにもきちんと言い含めておいてくれよ、とだけ言い残し、ヴィレクセストが魔法を発動させる。圧倒的な魔力を以て行使された空間魔法は、未だ混乱の残るレジスタンスの拠点から、二人の存在を掻き消したのだった。

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