第16話 情報収集のはじまり

 朝、ぼくは無機質な電子音のアラームで目を覚ました。

 カーテンを開けて、陽射しが入って来ることを確認して、買ってきておいた菓子パンと牛乳を取り出したところで、何か違和感に気付いた。


「あっ、そっか」


 可憐でキュートでポップでクールで清潔で清廉で愛らしくて究極で最高な、ぼくの唯一の幼馴染が居ないじゃないか。

 そういえば瑞希は毎日こうやって起こしに来てくれたんだっけな……。ぼくはそんなことを思いながら、漸く瑞希が居ない世界を実感した。

 いつも一緒に居る夫婦の片割れが亡くなって、朝食をついつい二人分作ってしまったり事あるごとに声を掛けたりしてしまって、現実を直視してしまうのと、何ら変わりはない。

 結局のところ、ぼくも瑞希に依存しているところはあった訳だし――そう思うのは致し方ないのかもしれない。

 とにかく、やるべきことをやらなくちゃ。

 ぼくはそう思いながら、通学の準備を進めた。



 ◇◇◇



 ざっくばらんに言ってしまうと、ぼくが通っている大学は都心部より少し離れている。最寄駅から十分ほど歩くことになるのだけれど、そこまでは商店街が軒を連ねているために、あまり夜道に気を付ける心配はない。

 しかし、朝遅く出る学生にとってはこの道は面倒臭い。何故なら大半の人間は世話焼きが大好きだからだ。お節介をかけることに人生の何十パーセントを費やしているのか――などと思ってしまうが、人間の感性なんてそれぞれだしそこについて猛反発こそすれど全否定するつもりはない。

 朝九時半というぼくにしては早起きな時間で家を出る。ここから大学までは歩いて十分ぐらいで、繁華街から若干離れているためにここに入ったぐらいだ。

 大抵、不便なところであればそれに乗じて家賃も下がっていく。

 学生は大抵がお小遣いで何とかやりくりをしているのであって、このように少しでも安いところから通おうというのは、結構考えておくポイントでもあったりする。まあ、その分のお小遣いに反映されるかと言われれば、大抵は反映されないのだけれど。

 何とも世知辛い世の中だ――今に始まった話ではないが。

 大学のキャンパスに入ると、高徳が声を掛けてきた。


「おはよう。……まさかちゃんとキャンパスに来るとは思いもしなかったぜ。しかも、早くねーか? 今日の講義って、確か午後からだったろ?」


 何でぼくの講義スケジュールを把握しているのかといえば、高徳もぼくと大体同じ講義を受けているからである。違うところといえばサークル活動に熱が入っていることぐらいか。


「お前も何でこんな早く来ているんだよ、サークル活動でも忙しいのか?」

「忙しいってもんじゃねーよ。まあ、月末にはイベントもあるしそこについて猛スピードで追い込んでいるってところかな」

「コミックセンターは盆と年末の恒例行事だからな」


 高徳は漫研に所属している。とはいえやっていることは漫画を描くことよりはマネージメントに近いことをやっているらしい。高徳は何だかんだ相手を気にかける性格であることはぼくも重々承知していたけれど、それに高徳の友人である漫研のリーダーが目を付けたらしく、今は高徳はマネージャーとして活躍しているのだとか。

 人は見かけによらない――というよりかは、適材適所をちゃんと使っている良い事例とも言えるかもしれないな。

 漫研の部室は、いつも夜遅くまで電気が点いているらしいし。……流石に部室で寝泊まりはしていないよな?


「そこまではしていないかな。どちらかというと、昼夜逆転みたいにやっている人も居るからな。十一時ぐらいに起きて、午後講義受けて夜中まで原稿をする猛者も居るし。それできちんと単位も取れて進級出来るんだから大したもんだよな。まあ、おれが言わないとその辺りのマネージメントが上手く回っていないんだけれど」


 意味ないじゃん。


「……で、おれの質問には答えてねーぜ。何でこんな早い……と言ってももう十時か。そんな時間に来るんだ? 試験やレポートには未だ早いと思うけれどな」


 痛いところを突いてくる。

 実は殺人鬼の模倣犯を探していてその情報収集のために来た――なんて言える訳がないしな。

 取り敢えず考えておいた適当な嘘を並べておくこととするけれど――。


「ちょっと調べ物があってさ。ほら、来週日本史の課題が出されるだろ? 範囲的に江戸時代の中期、つまり大塩平八郎とかが出てくる辺りだよな、そこを下調べしておこうかな――って思って」

「あー、あの教授は細かいところに注目して、重箱の隅を突くような人間だもんな。性格悪いって誰も思わねーのかな……いや、思ってはいるけれど指摘出来ないか理解出来ないかのいずれかか。そりゃ納得。おれも後で調べに行くかな。今日は忙しいし」

「そっか。それじゃあしょうがない」


 嘘だ。実際には一人の方が都合が良い。

 ぼくはそんな嘘を捲し立てて、図書館へ一人向かうのだった。

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