第10話 最後の質問

 殺人鬼レディ・ジャック。

 最近この辺りを根城にして殺戮を繰り返す殺人鬼と、よもやこんなところでエンカウントするとは思うまい。

 レディ・ジャックは予想通り――子供の背格好をしていた。子供の方が証拠は残りにくいだろうな、とは思う。何故なら、大人を傷つけることが出来るのはやはり大人しか出来ないだろう――などといった固定観念があるからだ。固定観念を薙ぎ払ってしまえば、やはり一つの帰着点として子供でも殺人を行えてしまうということに辿り着く。

 まあ、子供でも中学生以上の年齢かつ背格好が充分であれば犯行は不可能ではないだろう。かつては十代の若者がハイジャックや大量殺人を行った結果、『キレた十代』などと一括りにされてしまったことがある。

 僅かな異常者のお陰で全員が落伍者の烙印を押されてしまった訳だ。

 レディ・ジャックはそんな『殺人者の固定観念』からは大きく外れた存在だと思う。子供であり、女性であり、小柄である。最初はもしかしたら小柄故に違うのかもしれないけれど、しかしながら小柄な女性は非力であるイメージがあまりにも大きい。

 そんな存在だからこそ、警察はレディ・ジャックを捕まえられないし、レディ・ジャックも好き勝手に犯罪を実行出来るのだろう……多分。


「……で、あたしの正体を知って何がしたいんだ? 週刊誌にでも売りつけるか?」

「週刊誌なら、最早自分の思うがままに記事が書けなければ意味がないノンフィクション小説に成り下がっているからね……。そこにネタを提供するのは無意味だろう。悪くて採用されないか、良くて色々脚色されちまうのがオチだ。それに安心してくれ、ぼくにはそんなコネはないし……それをしたって何のメリットもないからね」


 それは事実だ。

 一学生がそれをやろうとしたって、結局は無意味だと思う。レディ・ジャックの正体を突き止めた――そんなセンセーショナルな見出しで記事を出したところで、どれぐらいの人間が真実だと思ってくれるだろうか?

 マスメディアはここ十数年であっという間に求心力を失ってしまい、今やインターネットのニュースサイトに立場を追いやられている状況だ。

 一日多くても二回しか更新されない新聞に毎月数千円も払うのなら、毎日定期的に更新される無料のニュースアプリが良いに決まっている。別にニュースには関心がなかったとしても、天気予報に混雑情報、はたまたクーポンまで配られているのだから。


「じゃあ、何故あたしの正体を突き止めたかった? あたしのことをすんなりとレディ・ジャックだと認識していたのなら、もっと何かするべきことでもあったんじゃないのか?」

「逃げるとか、か?」


 人間は、明らかに自分では敵わない存在と立ち向かった時――当然ではあるけれど、逃亡を図る。それが成功するか失敗するかなんてこの際どうだって良い。結局のところは、その場から逃げ去ってしまいたいのだから。

 レディ・ジャックは頷いて、さらに話を続ける。


「あたしが今まで殺してきた人間は、ほぼ百パーセントそうだったよ。あたしに恐怖して、逃亡して、拿捕されて、引き裂かれて、そして、懇願する。助けてくれ、誰にも言わないから、何もしないから、おれが何をしたって言うんだ、ってね。……それは最後の望みであり、祈りであり、或いは諦観からの行動なのかもし」ないけれど、それがまた滑稽な訳だよ。今まで自分を殺そうとしている相手に、祈るんだぜ! 助けてくれ、ってな。だが残念、この世に神も仏も居ないのさ。だからあたしは呆気なく殺してしまう。心臓を一突き……これで人間の活動は終わっちまう。呆気ないもんだろ? でも人間というのはそういうもんなのさ。人生で、何億回か忘れちまったけれど、鼓動を繰り返して全身に血液を送る装置である心臓は、外部からの衝撃に弱いのさ。そりゃあそうだよな、ポンプのような働きをしているんだから、素材が柔らかくなけりゃあ意味がない」

「……そうやって、人間を殺したと?」

「ああ、そうだよ」


 あっけらかんと、言い放った。

 まるで、それが自分の中では当たり前に存在していることだ――とでも言いたげに。

 瑞希は、こんな人間に――殺されたのか。


「なあ、レディ・ジャック。最後に一つ教えてくれ」


 これが最後の質問。

 それはぼくにとってでもあり、レディ・ジャックにとってでもある。

 或いはダメ押しとでも言えるかもしれないけれど。


「お前は昨日、人を殺したな? 女子大生を……引き裂いて」


 それを聞いたレディ・ジャックは首を傾げた。表情は見えない。しかし、レディ・ジャックは忘れているのか、それとも――別の何かがあるのか、ゆっくりと答え始めた。


「昨日……だって? いや、昨日はあたしは活動していないけれどな」

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