第8話 対面②

 余裕を見せているのは分かる。

 けれど、それをこちらが感じたと察してしまったら、逆転負けだ。

 だったら、こちらはまだ把握出来ていない――ただの人間であることをアピールすれば良い。


「……人間は人間であるが故に、弱い生き物だとは思わないか?」


 哲学を語り出した。

 その哲学はきっといつになっても解決することはないことだ――だからこそ、哲学と呼ばれているのだろうけれど。

 しかして、一つの結論を導くことだけが人生かと言われると、そうでもないと思う。

 人生というのは迷宮だ。すんなりゴールまで辿り着く人も居れば、迷い迷っていつになってもゴールに辿り着けない人も居る。ゴールまで辿り着いたとして、その先どうするかもまた人生だろうけれど――人生ずっと成長思考を持ち続けること自体がなかなか難しいことであったりする。


「じゃあ、弱い生き物をどうするつもりだ? 無理矢理強くするのか、それとも弱いが故に蹂躙するのか」

「肉を裂くというのは、とても気持ち良いことなんだよ」


 異常性癖だ。

 紛れもなく、普通の人間には持ち合わせていない感性だ。一般人が誰彼構わずそんな感性を抱いていたらそれはそれで問題だし、或いはそれを外部に惜しげもなく見せびらかすこと自体がぶっ飛んでいるのかもしれない。

 閑話休題――ぼくはどうすれば良いだろうか。ずっと考えているけれど、しかしながらその答えを直ぐには見出せない。蛇睨み、という言葉があるぐらいだけれど、正確にはお互いがお互いの動きを確認している――とでも言えば良いのだろうか。


「肉を裂く、というのは……やはり人間の?」

「他に何があるっていうんだ?」


 早過ぎる回答だ。

 或いは――相手にとっては愚問だったのかもしれない。


「分かろうともしないし、分かりたくもないな――何故なら、ぼくは人間の肉を裂いたことがないからだ。いや、大半の人間はそんなことした経験はないだろうね。経験がないからこそ、想像もつかないとでも言えば良いか――」


 一息。


「――何にせよ、ぼくはそれを是とは出来ないね。経験がないというのもあれば、常識的に考えてというのもある。或いはルールに則って考えたとでも言えば良いのかもしれないけれど……」

「そのルールというのは誰が決めたんだろうねえ。いや、或いは常識というのは誰から見た常識なんだろうねえ?」


 どうやら、相手の話術はなかなか巧みなようだった。

 高度だとは思うけれど、のらりくらりと避け続けるということは、何かしら裏があるのは間違いない。核心を突かれたくないからかもしれないし、それ以外の理由があるのかもしれない。

 だとしても、ぼくはそこで相手の興味を失わせてはいけない。それはマストだ。

 何故かと言えば、それは火を見るよりも明らかで――ぼくの命はないからだ。

 相手は――目の前の人間は――ぼくの予想が正しければ、殺人鬼だ。人間を殺すことを苦にも思っちゃいない、娯楽か何かの一つとしか捉えていないような人種だ。

 殺人鬼を同じ人間のカテゴリに収めていいのかどうかはここで触れるべき議題ではないのだろうけれど、しかしてぼくは今殺人鬼と話術で何とか攻防している。

 相手が殺人鬼ならば、確実に殺しのテクニックは上だ。

 だったら、相手の得意なジャンルでは争わない方が良い。

 少しでも自分の得意なジャンルに落とし込んで、少しでも勝率が高い方向に持っていく。

 勝率が零パーセントの項目と一パーセントの項目があるとするならば――当然、後者を選ぶに決まっている。

 現実はそこまで甘くはないけれど。


「……ここまで話で渡り合った人間は見たことがないよ。何故ならここまで行くには、なかなか難しいものがあるからな。話術がないというのもあるだろうし、怯えや恐怖が勝ってしまって何も出来なくなったりしてしまうからな。そうなったら――もうこっちのフィールドに引き摺り込むしかない」


 一息、少しだけ深く息を吸う。

 表情はあまり見えなかったけれど、ニヤリと笑みを浮かべたような――そんな気がした。


「殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して、殺しまくるのさ」


 純粋かつ無垢。

 或いは、無垢故の恐怖。

 人間はここまで恐ろしい化け物になれるのか――ぼくは舌を巻いてしまうぐらいだった。

 いや、そもそも――この殺人鬼はほんとうに、人間なのだろうか?

 ぼくは答えを見つけることが出来ないまま、殺人鬼に一歩だけ近付いた。


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